同盟
TURN WEI
大きな目標の達成には、大きな組織が必要だ。たった六人の組織での革命など、普通は不可能なのだ。
「先日は鬼くんを待機させておいたおかげで、大きな窮地を抜け出すことができた。しかし敵の策が少しでも巧妙だったら、非常に面倒なことになっていたに違いない」
軍導師の口調から察せられるように、多摩川水源林再生作戦の反省会は、いつも以上に真剣なものとなった。窮地に陥った理由が人員不足であることは明らかである。
「とはいえ、こんな世界に望んで飛び込む人間はそうそういないだろう」
鬼の正論、反政府活動という犯罪に望んで手を染める人間がどれだけいるのだろうか。
「他の組織と同盟を組むほかはない」
軍導師の意見に反対する声はない。どれだけ苦労しようと、犠牲者が無為に増えるよりははるかにましなのだ。
「青梅には隠蔽術式の専門家がいる。彼と組めれば潜入作戦のリスクが大幅に下がるだろう」
鬼が興奮気味に語るほどの人物がいるのか。勇は強い興味を持った。
「前に話してくれた人ですよね?会ってみたいです」
最初の交渉へと向かう車の中で、鬼が勇に要点を説明している。
「言っておくけどな、お前みたいなのと馬が合う人じゃないぞ」
曰く、隠蔽術式を極めた結果非常につかみどころのない性格になってしまったようだ。
「いいか、交渉というものはあらかじめ利害関係を調べ、最低限の妥協点を決めておくことが必要だ。昔ニュースでよくやっていた首脳会談も、ずっと前から関係者が調整を続けていたからこそ、すんなり進んでいたんだ。メディアに露出しているのはあくまで形式的な部分だけということだな」
現在では首脳と言える政治家が総司令官のみであるため、首脳会談は行われていない。
「かつての外交関係とは違って目指すものは同じですよね。なら比較的楽なのでは?」
「いや、同じレジスタンスといっても、武力行使の程度や革命後の統治方法なんかが違ってくる」
近くの組織とはいえ、目的の完全な把握はできていないようだ。
先日警備任務で訪れた五箇所の拠点、そのうちの一つに二人は案内された。しかし五つのうちのどれかは知らされず、飲食店で案内役と接触後、窓を塞いだ車で移動した。
「アジトというより研究所って感じですね」
「ここは科学兵器の開発もおこなっているからな」
様々なフラスコや試験管の間を進む。奇妙な色をした液体や、謎の発泡をしているスライムがあるが、とても近づいて調べる気にはならない。
「やあいらっしゃい奥多摩の諸君!」
よく通る声が耳を震わせた。そのおどけたような声は、確かに掴みどころのないという説明通りだ。しかしどこからのものなのか、周囲は散らかり人が座れるような場所はない。
「ここだよ。すぐに見つけられないと実践じゃあ危ないねえ」
何と天井に張り付いている。失礼な態度だが、かなりの偽装技術と身体能力があることは確かだ。鬼はまだまだ鍛錬が不足していると感じたようだ。
「やぁやぁ僕は偽幻の装荘手。知ってのとおり偽装術式が得意なんだ」
青みがかった癖毛の男は、首を左右に振りながら自己紹介をした。その目は見開かれ、強膜には充血がみられる。
「話は聞いてるよ。同盟だって?」
「ああ、これまでは依頼によって援助し合ってきたが、同盟を組めば迅速な状況の伝達が可能だろう」
先日の巡回任務では、奥多摩側は傭兵のような役回りだった。青梅側からの連絡も機密保持のため、依頼時と報酬送付時に限られていた。確かにこれでは緊急時の対応に遅れが生じるかもしれない。
「確かにそうだと思うけど、そーなるとこちらの情報も全部開示することになるねぇ。ちょーっとこちらも慎重にならざるを得ないねぇ」
何を言っているんだ。この男は近所の味方さえ信用できないのか。
「まったくの正論だ。非合法組織である以上、確固な信用は必要だ」
手の意見に理解を示した鬼は、利害関係を強調しようとする。
「青梅という土地は、山と平地の境目にある。敵が来るなら平地からだろうが、山からの奇襲も十分に考えられる。それに空爆を仕掛けてくる可能性もある。私たちが自由に使える、山地からの対空索敵の効果は高いはずだが」
「ハハハ。まったくその通りだ!そこで提案があるのだが・・・」
それから出てきた言葉は、少し時代錯誤しているようなものだった。
「双方が信頼を得るため、メンバーを一人ずつ交換して監視するのはどうかな?」
「何を言ってるんだ。そんな戦国時代の人質みたいなことを・・・」
「それなら精神術式でも使って探り合うのでもどうかな?」
鬼は蒼ざめた。側で聞いている勇にも、手が敵に回してはいけない人物であることは分かる。ここでその提案を出してくるということは、既にこちらの事情を把握し、その上での行動となる可能性があるのだ。
「・・・わかった。誰を出すかはすぐには決められないが、そちらの提案に乗ろう」
「感謝する!」
この考えは正しかったのだろうか。同盟を組むという目的には前進できたが、その過程は相手の意向へ完全に沿ったものとなってしまった。
「すげえ!やっぱりあの人はすげえよ!」
奥多摩へと帰投する車内での一言が、勇の危惧を吹き飛ばした。
「当然だがあの人も精神術式は使わない。なのに私の心を読んだ。やはり強者は違うなあ」
青梅での任務時、鬼は興奮した様子で手の紹介をしていた。そもそもこの交渉自体、鬼が憧れの存在と共闘したいという意味合いも込められているのではないか?
「交換要員はどうします?かなり任せにくいとは思いますが・・・」
「私がやる!これで文句ないだろう」
その晩行われた会議で、満場一致で鬼の交換が決定された。
Wei Resistance本部内のガレージ、シャッターが閉じ外部からの干渉が封じられたその場所で、両組織の取引は行われる。
「では行ってくる」
出発時に鬼が放った言葉からは、口調の気だるさより、興奮のほうが伝わってきた。
「では我が部下をよろしく頼むぞ」
手がそう言うと、青梅側の交換要員が車から降りてきた。
この娘はいくつなんだ?
髪はふわふわとした淡い桃色、顔立ちは非常に整っている。いや、そこまでは姫や姉のときにも確認したことだが、明らかに背が低い。140㎝台だろうか?
「こんにちは、近絶妃です。これから一週間よろしくお願いします」
丁寧な言葉でおじぎをする。その声は幼くも包容力があり、勇の心の中の何かが強く刺激される。これがヲタの連中が好むという「ロリ」なのだろうか。
「外見はこの通りだが、年は勇君と同じだ。名前の通り近接戦闘が得意な私の自慢の部下だァ!」
手が軽く紹介をすると、近絶妃は自慢げに口角を上げた。
鬼と手の出発後、近絶妃の検査が行われた。不審な物を体内に隠していないかレントゲンで調べた後、SASで能力値を測定する。
「向上性がA+(?)か・・・。手の言っていたことは本当なのだな」
勇の時ほどではないが、表示された高い向上性に軍導師は感嘆の声を出す。
「わたし、近絶妃は青梅レジスタンスの新星と言われています。ここでも役に立てるとうれしい」
「あ、今回はあくまで信用を築くための交換だから、任務への参加は同盟成立後ということになるけど」
軍導師は交換の条件を説明する。
「そういうところ、残念・・・」
どう見ても小学生の近絶妃だが、現在のレベルは勇のそれを100以上も上回っており、細かな言葉使いにもその可愛さが垣間見える。
「この組織の訓練メニュー、受けたい」
検査後、近絶妃は勇にそう提案した。
「任務に参加できない、つまりこの先暇。体、なまっちゃう」
勇は急な話に驚いた。
「そ、そういうことは軍導師の許可をもらった方が良いと思・・・うよ」
年齢関係が分からない相手のため、敬語を使うべきか迷ったその時だ。
「いいでしょ、勇兄ちゃん?」
―――脳が震えた。近絶妃は小さな手で勇が着ているシャツの裾を掴み、じっと見上げてきたのだ。腰には彼女の温もりが伝わり、視線は下へと釘付けになる。そうならない人間が果たしてこの世にいるのだろうか。
「わ、わ、わかったから。一緒に軍導師のところへ行こうな」
半ば義務的に勇は要求に応えた。
確かにそうだ。同盟を組み、共闘することを前提として考えれば、互いの訓練法や戦術は知っておくべきだろう。妃はただかわいいだけの幼女ではないようだ。
「もちろん了承だとも」
(当然だが)軍導師の許可は下りた。少しにやついていた気がするのは何故だろうか。
「私のこと教えてあげるから、いろいろ教えてね?」
人を狂わせるようじょだ。
事実上、他組織との合同訓練になるため、残った奥多摩側の五人全員が参加する形になった。
「近接戦闘ならやはり出るべきは俺か」
豪は愛用の竹刀を構え、殺気をたぎらせる。相手が幼女とはいえ、その気迫は勇の時と何ら変わりはない。
「豪兄ちゃん、強そう。でも簡単には負けない」
妃は練習用の木短刀を腰脇に据え、豪を凝視する。その美しさを伴う覇気は、勇が数か月前に見た姫のそれを彷彿させる。
「始め!」
軍導師の掛け声とともに、二人は同時に間合いを詰める。その距離が0になり、衝突による激しい轟音が鳴る。
第一の攻撃が終わり、二人は一旦間合いをとった。その厳しい構えは変わらず、なおも緊迫した空気は室内に満ちている。
「タンッ!」
妃は鋭い音をたてながら床を蹴り、低い姿勢での攻撃を行う。豪は下段からの迎撃態勢を整え、足掛けのような他の手段を使ってもおかしくはない様子だ。
―――飛んだ。妃は身長の数倍はあろうかという高さまで跳躍し、豪の頭上へと迫る。これには豪も驚いたのか、いつもの素早い対応ができない。
しかしそこは居合の刀豪である。木短刀が振り下ろされる寸前、妃の足を掴み、体術をかけたのだ。勝負あり、四人全員がそう思った。
何と体勢を立て直した。豪に投げられ回転する体を、まるで空気の流れを全て理解しているかのように操作し、足から着地したのだ。
「すごい、ですね・・・」
姫の驚愕、いや他の三人も同じ感想だ。まさに近絶妃、手の自信の持ちようも謙虚だったとすら思えるものだ。
約五分後、決着がつかないまま豪との訓練は終了した。なんと近絶妃は汗一つかいていない。驚愕と圧倒の数分間だった。この同盟、何としてでも組む必要がありそうだ、勇はそう思った。
「豪兄ちゃん、とても強かった。いい練習になった」
豪はとても充実した表情で言う。
「ああ、新たな戦術のいい参考になった」
なんと体力は豪より近絶妃の方が高いらしい。豪は少しの発汗を伴っている。
「両者見事だ!私にとっても貴重な観戦経験になったよ」
「狙撃中に妃さんみたいな敵に襲われても大丈夫なように鍛えないといけませんね」
「私も回復中は無防備だから気を付けないとね」
他の皆も称賛を繰り返す。妃の存在は、この組織にとって同盟以上の利益をもたらしてくれるのかもしれない。
昼食の時間になり、姉製の極厚サンドイッチがふるまわれた。
「いただきます」
全員が一斉に食べ始めたが、その分厚さになかなか苦戦している。
「少し大きかったかな?」
「大丈夫」
妃はそう言うと、その口を見た目からは信じられないほど大きく広げ、サンドイッチにしゃぶりついた。あっという間に吸い込まれていくその様子に、姉は幸せそうに、少し微笑む。
「この食欲が成長力の源なのでしょうか?」
そう言う姫も嬉しそうにしている。たくさん食べる小さな子供(?)は、周囲の人間を幸せにするものだ。
午後は全員で基礎訓練となった。各自思い思いに体を動かしている、何の変哲もない風景だが、どこか温かい空気が流れている。
食後のせいだろうか、近絶妃は眠気でウトウトしている。その小さな身体に、どのような夢を抱いているのだろうか。
「いや捗るなあ」
思わず勇の口から出た声に、妃は目を覚まし、笑顔を見せながら答える。
「勇兄ちゃんが元気になってくれて、うれしい」
心に熱いものがこみ上げ、優しい感情があふれ出す。勇はかなり厳しい筋トレを行っていたが、まったく疲労は感じられない。
その後の六日間はひたすら鍛錬に打ち込んだ。不思議と疲労の蓄積は少なく、日ごとに力がつく感覚がたまらなく強い。また食事での妃の食べっぷりと、その幸せな表情は、まさに至高の褒美となった。
一週間が経ち、勇は久しぶりに能力値を測ってみることにした。
「嘘だろ・・・」
今まで以上に急激な能力値の向上がみられたのだ。レベルは150に迫り、特に筋力値は軍の勲章持ちほどの数値をたたき出していた。
「すごいです!来てください!」
思わず他のメンバーを呼び寄せ、全員に測ってもらう。
「これは、すごいな・・・」
いつもは無骨な顔をしている豪が、その目を驚きに見開いている。長年鍛錬を続けてきた彼の能力値は、この強力な加速によって特殊部隊の上位クラスに達していた。
「勝てる!勝てるぞ!」
軍導師も珍しく興奮したのか、気の早い勝利宣言を上げている。しかしこの場の誰もがそう思えた瞬間だった。
「わたし、役にたてた?」
近絶妃はいつもと変わらない表情で首をかしげた。
上手く馴染めたようだな。
幸せな空気に包まれた一週間を過ごした奥多摩側、そして鬼のあこがれが叶った青梅側。両者勝利の様相を示した今回の交渉は、同盟の成立へと大きく前進した。
奥多摩側の地下室。厳重な干渉隔離のなか、双方の要員が集結している。
「これで当初の条件は達成されたなァ。信頼関係は築けたに違いない」
軍導師と手、二人の代表が最終確認へと入っている。もはや同盟への懸念は払拭され、それによる不利益もありえない。
「鬼君、一週間の間になにか怪しいことはなかったか?」
「とても楽しかったな。特に危険な目にはあっていない。戦闘員の数が多かったことが印象に残っている」
奥多摩側の確認は終わった。手も問いかけを行う。
「妃ちゃん、どうだった?」
「すごくよくしてくれた。みんな幸せそうだった」
青梅側の確認も終わった。
「利害一致」
「同盟成立」
大ヲタ国打倒への大きな、大きな前進だ。近距離戦闘、遠距離戦闘、攻撃術式、支援術式、情報術式の比較的強力な使い手が集い、高い向上性と将来性を備える若者もいる。
「バンザーイ!」
思わずそんな声が上がる。これで人員不足により、奇襲をくらうことも減るだろう。
その後、両組織全員の顔合わせが行われた。質の奥多摩レジスタンス、数の青梅レジスタンス、双方に別々の長所があり、かつ平地山地両方の戦法も心得ている。そうだ、とても上手く行っているじゃないか。確かに何回かピンチはあったが、その都度大きな損害は出さずに切り抜け、反省の上に完璧なまでの対策を立てられている。
「それでは同盟成立を祝って、乾杯!」
軍導師の掛け声とともに歓声があがる。顔合わせ終了後、奥多摩の六人がそろっての宴会が開かれたのだ。食卓には大ヲタ国の上層部が好むようなご馳走が並んでいる。
「これは?」
いつもとは異なる美食に、鬼は怪訝そうな表情を浮かべる。
「それはキャビアです。私が提案して作ったんです」
今回の料理は姫と姉の合同で作ったようだ。その味からは二人の、近絶妃とはまた違う温かな思いが伝わってくる。
「うわしょっぺ・・・」
「そ、そんなひどいですー!」
家庭料理に慣れているためか、鬼や勇にはその良さは分からない。
「ん、とても美味しいのだがなあ」
軍導師の舌は肥えているのか、とても美味しく感じられるようだ。
「本格派のカレーか」
豪は姉のカレーに舌鼓を打っている。
「豪くんは辛いの強いのね」
本格派なので、かなりスパイスが効いている。しかし豪は汗一つかかずに平らげているのだ。
最初はただ憎しみから決めた入団だった。しかしここで様々なことを学び、自分の価値を知ることもできた。そしてその反逆は新たなステージへ入ろうとしている。この先どんな苦難が待っていようと、勇は歩みを止めるつもりはない。
しかしこの世界の真実、その更なる奥を佐藤勇はまだ知らない。それを知るとき彼、そしてレジスタンスメンバーの心はどう動くのか。暗陽の闇のもと、世界は収束へと向かう。