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ウェイ✕ヲタ(再編集)  作者: General Commander
Rebellion Beginning
3/12

訓練

ウェイ✕ヲタ

Rebellion Beginning 3. 訓練(Turn Wei)

天生暗黒者


 翌朝、勇は軍導師の指示通り、七時に起床した。

「おはようございます」

 挨拶をして施設中央の作戦室に入ると、そこには朝食とそれを囲む五人がいた。

「おはよう。この組織では朝食と夕食はできる限りみんなで食べることにしているんだ」

 軍導師がそう言うと、他の四人も快く勇を迎えた。

「慣れない環境だとは思うが、調子を崩したりはしていないかね?」

「すごくいいベッドだったので、よく寝られました」

「聞き忘れていたが、昨日の一件でどこかケガをしたりとかは?」

「大丈夫です。優しく対応してくれたので」

「それはよかった。大切な新人を入団試験で傷つけたりしたらリーダー失格だからね」

 食事中の軍導師との会話は、勇のなかにあった警戒心を完全に取り払った。


 朝食後、メンバーの一日の予定が発表された。勇はこれから一週間ずつ五人の手伝いをし、仕事を覚えていくことになった。

「一週間よろしくお願いします」

 自己紹介の順番と同じらしく、(喜ばしいことに)撃殺姫が最初に回ってきた。

「勇さんは趣味とかはありますか?」

「スポーツと、ゲームを。友達に合わせるような形になっていましたけど」

「それもいいことです。大切にするべきものが真っ直ぐ見えているんですから」

 不思議な問答だ。姫には何が見えているのだろうか。


 午前中はSASの使い方や報告書の作成などの、デスクワークを中心に教わった。

「この通りの書式でいいでしょうか?」

「そう。それとこのコマンドがショートカットになるので便利です。効率的な覚え方はそれぞれのキーの要素をつかんで...」

 姫の説明はとても分かりやすく、新人の最初の教育係として理想的だと勇は思った。そして気づいたことが一つ、この人はプライベートスペースが狭い!説明のときに顔が触れ合うほど近くに来ていた。


他のメンバーが外出中だったので、昼食は姫と二人でとることになった。

「午前の訓練はどうでしたか?」

「覚えることはたくさんありましたけど、分かりやすくてなんとか習得できそうです」

「よく言われます。自覚はしていないですけどね。」

 姫は親しみを込めた笑みを浮かべた。


 午後は下層にある訓練場での基礎訓練だった。姫のアドバイスのもと、勇は筋トレを中心としたメニューをこなしていく。かつて趣味として行っていたものとは比べ物にならない負荷だったが、決意と姫の応援により、しっかりとこなすことができた。

 夕方になり、SASで訓練の成果を確認した。

「やっぱりすごい...」

 姫は驚きを隠せない。

「私の大体五倍の速度で上がっています」

「僕にもよく分からないんですよ」

「ここに来る前も筋トレはしていたんですよね?いきなり力が強くなった経験は?」

「なかったです」

「向上性が変わるということは有り得ません。…実験体にされちゃいそうですね」

「いやいや...」

 苦笑しながらも、冗談を言う姫の笑顔は、やはり美しいと思った。


今日の任務はなかったらしく、全員そろって早い時間に夕食となった。

「どうだね勇くん?大人の飲み物を知るのも大切だぞ」

 軍導師は酔った様子でビールを勧めた。突然の襲撃があったらどうするのだろうか。

「未成年飲酒などという理由で保安局に目をつけられるなんて御免だぞ」

 滅射鬼はお茶を飲みながら言った。

「そんなこと言わないでよ鬼くーん」

「酔っ払いは苦手だ!」

 そんな様子に、勇は安心感を得た。


翌日、勇はより実践的な訓練を受けた。

「これからレーザーポインターをあなたへと照射します。それを避けてください」

 姫はそう言うと、拳銃につけたポインターの電源を入れた。先ほどまでとは全く異なる、殺気をたたえた美しさを露わにする。

 まずい!勇の本能が叫ぶ。アパートの部屋での感覚がよみがえる。

 勇は走り、姿勢を変えて何とか避けようとする。しかし訓練場に遮蔽物はなし、幾度となく光に捉えられる。

「また...!厳しすぎませんか!?」

「保安局の戦略は巧妙です。これを遥かに超える苦境に追い込まれることも多いです」

 極限状態へと誘われていく。

「少数でヲタと戦う私達にとって、戦場では理不尽な状況が当たり前です。今レーザを避けられなくても構いません。大事なのは理不尽に立ち向かう心を手に入れることです」


「もう疲れました...」

「上司にそんなことを言っていいんですか?」

 午後からの戦法講義が始まる前、勇はひどい疲労に襲われていた。

「疲れてからの座学も訓練の内なんですよね...」

「疲労が溜まった状態で頭を働かせることは重要です。それができるだけで生存率が大きく上がります」

「よし頑張れ佐藤勇!」

 勇は眠気覚ましに自らの頬を叩く。

「この陣形のときに最も脆い箇所は...」

 やっぱり眠い。


 翌日は射撃訓練だった。訓練場は前日とは打って変わり、長机とはるか先に人型の的がある、射撃場へと変わっていた。

「あなたの能力値からして、近接戦闘を得意とするでしょうが、戦術の柔軟性は大切です。今日は拳銃での人型的の頭部への直撃を目標とします」

 拳銃の基本的な使用法を伝えられ、的へと銃口を向ける。照準を合わせ、トリガーを引く。

 確かに頭部を打ち抜いたはずだったが、弾は逸れ的の端にも当たらなかった。どうやら反動を想定し、自分の力で抑えなければいけないようだ。

 肉体的な疲労は前日よりはるかに小さいが、とにかく目が疲れる。頭痛に耐えながらの訓練だった。


「やった!」

 姫の(距離が近い)アドバイスを受けながら、夕方までかけてようやくクリティカルを決めた。


 その後四日間、勇は訓練では射撃武器への適性を高め、講義では実務や戦略のコツを教わっていった。


 最終日の講義終了後、姫は勇に提案した。

「私、味方に自分のことを深く知ってもらうのも大切だと思うんです」

「えっ...。」

 微かな期待が胸に浮かぶ。

「うそ、誤解しないでください!」

 焦った姫もかわいい。

「今からするのは私の身の上話です。あ、嫌だったら適当に聞き流してしまって構いませんので」


「私は大企業の社長の家に生まれました。自慢じゃないけどお嬢様なんです。だから幼いころから、世間一般的に偉い人たちと会話をする機会も多かったんです。

 私の親はお嬢様であることを強制せず、私の意思を尊重してくれました。だからこそ高校は公立に進んだんです。

 だけど、だんだんと違和感を覚えるようになったんです。深く考えずに進路を決めようとする周囲への卑下でしょうか。それとも自分へのコンプレックスでしょうか。よくはわかりません。

 だから高校卒業後、進学せずに旅に出たんです。親不孝者ですよね。その先で見ました、大ヲタ国による搾取を。とても悲しかったです。そしてやりたいことが決まったんです。軍導師さんと出会い、そしてあなたがここに来ました」


 姫は話し終えると苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべて去ってしまった。勇は何も言えなかった。


「強い覚悟を持って来た人に私は何を言っているの!?」

 姫は自室で後悔を感じていた。勇と違って家族を失ったわけではない姫は、自分の覚悟が曖昧であると、話の途中で意識してしまったのだ。

 ドアをノックする音が聞こえた。

「姫さん、どうしたんですか?」

 勇さんの声が聞こえる。応えなければ。

「ごめんなさい。私、あなたの気持ちも考えずに無意識なことを言ってしまって」

 許してもらえなくても、仕事を卒なくこなす仲程度には戻りたい。

「何も気にしていませんよ。ただ姫さんが辛そうな表情だったので、心配になって」

 この言葉には甘えたいけど、それでは私の幼稚なところは変わらない。

「姫さんはすごい実力と使命感を持っていることが訓練で感じられました。一週間ですごく成長できたと思っています」

 回避訓練のとき、勇さんは絶対に動きを止めなかった。私にはあそこまではできない。キツかっただろうに、やっぱり凄いなあ…。

 姫はドアを開けて、頭を下げた。

「一週間、お疲れ様でした。これからもよろしくお願いします」

 勇は笑顔で応えた。

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 少し名残惜しいが、姫のもとでの研修が終わり、居合の刀豪の番となった。

「勇、俺はこの一週間が君にとって、そして組織にとっても重要な物になると考えている」

 勇には近接戦闘に適性があることがSASで示されている。

「はい。近接戦闘を鍛える機会、鍛錬に努めます」

 勇は気合いを入れた。


 二週目の初日は、絵に描いたような剣術の訓練となった。

「幾ら能力値が高かろうと、敵の動きが把握できなければ勝てない。この訓練は感覚を掴むための物と考えてくれ」

 豪はそう言うと殺気立つ。姫のときと同様に、豪は勇をはるかに上回る実力者、戦闘状態での威圧感は恐怖を与えるに十分なものだ。


 勇は間合いを測り、攻めの体制に入る。豪は山のごとく不動を崩さない。

 機は熟した。大上段から豪の頭を狙う。俊敏に豪の竹刀を躱し、額数センチにまで迫る。

 取った。確信する。

 刹那、豪の口角が上がる。勇は危険を察知するも、対応する余裕はない。


「うわっ!?」

 豪の足掛けが炸裂し、勇は床に背中を打ち付けた。

「イタタ...」

「動きの把握とはこういう事だ、勇。今の動きに対応できる様になれば、まあそこらの保安局の連中と渡り合える様にはなるだろう」

 豪は付け加えた。

「とはいえ、俺が表情の変化を見せた時、あの状況でお前はそれに気付いていた。聞いてはいたがお前の素質は本物だ」

 勇は誇らしくも思った。


三日目、勇は真剣を渡された。

「武器に慣れるのは早いうちが良い。明日からはこれで訓練する。メンテナンスの方法を覚えておけ」

 勇は少しばかりの恐怖を感じた。

「しかしこれを使ってやり合うのは...」

「危ないとでも考えているのか?俺がお前にやられるとでも?」

 豪は笑みを交えて言った。

「いえ、真剣は重いなと」

「その重みこそがお前の力だ」


 自室に戻った勇の耳にその言葉が染みついて、消えなかった。重みの意味が分からなかったのだ。

「剣は重いほうが力は出るけど、そういう意味じゃないだろうしなあ…」

 訓練は今までこなしてきたが、実戦はまだ先である。自分には相手を斬る覚悟が足りないのではと思い、少し不安になった。


 豪の予告通り、四日目からは真剣を用いた訓練になった。

 勇は真剣の重みに振り回されることなく、力強い振りを見せる。しかし豪は不満げだ。

「どうした勇?昨日までの殺気が出ていないぞ!」

「間違えて豪さんを斬ってしまうのではと思って…!」

「俺がお前に斬られるわけないことは昨日言ったはずだ!何も怖がるな」

 勇の顔は真っ直ぐだが、手が震えている。それを見て豪は何かを察したかのように問いかける。

「勇、肉を切ったことはあるか?」

 豪の意図が分からない。

「じ、自炊をすることはありましたので、その際に」

「生きている肉を切ったことはないようだな。少し外出するから、素振りでもやっていてくれ」

 そう言うと豪は訓練場を出ていった。


 しばらくして帰ってきた豪の手には、生きたニワトリが握られていた。

「近所にいる野生のニワトリだ。盗んだわけではないから安心してくれ」

 問題はそこではない。豪は何を考えているのだろうか。

「今から勇には、このニワトリを〆てもらう。実戦では野生動物を食べなければならない時もあるから、屠殺の知識を知るのは重要だ」

 勇はひどく狼狽えた。

「怖がるな。俺の言う通りに切ればいいだけだ。まずは首を切り落として血抜きをする──」

 豪の言う通りにニワトリを解体していく。最初は不安だったが、見慣れた食肉の形になるにつれ、心は平穏を取り戻していく。

「上手くいったな!今夜はビールと焼き鳥祭りだ」

 楽しそうにする豪の姿を見て、勇の心にあった恐れは消えていった。


 その後の訓練で、勇は見違えるような斬り込みを見せた。

「勇は生き物を斬る感覚を知らずに怖がっていただけだ。一旦それを理解できれば心のつかえが取れると思ってな」

 豪は誇らしげに続けた。

「真剣を最初に持ったときの勇はその『重み』に振り回されていた。だが今のお前はそれを自分の力にしている」

 自分は戦える、勇はそう思った。


 あの鍛錬から三日、確かにトレーニング量は増えていたが、もはや今の勇に疲れを与えるには不足だった。豪の巧みな剣術や体術にも、対応できるようになっていった。

「勇、今のお前ならある程度の実戦なら楽にこなせるだろう。向上性にあぐらをかかなければ、保安局の人間だけでなく、ヲタ軍の部隊にも立ち向かえる様になるのも遠い未来ではないな」

 豪は驚愕を込めて言った。

 この一週間は、過去に類を見ないほど急速な向上を勇にもたらしたのだ。


 三週目、勇の教官は魔瘴の滅射鬼になった。

「これから私は、お前に攻撃魔術を教える。メインの手段にはならないだろうが、サブの攻撃手段は緊急時や不意打ちに使える」

 鬼はそう言うと、勇に目をつぶらせた。

「呼吸を止めてみろ」

「止めないとダメですか?」

「それぐらい集中しないと魔力を出せない」

 少しの恐怖を抱きつつも、呼吸を止める。

「指の先に何かを集めるようにイメージしろ」

 10秒ほど経ち、鬼は目を開けるよう促す。

 そこには小さな光があった。

「これが魔術の基本、魔力細光だ。今日はこれを大きくできるよう、ひたすら集中力を高める訓練をする。」

「疲れそうですね...」

「トップクラスの魔術師はプログラムのような術式を一瞬で組み上げるぞ」


 ただひたすらに意識を指先に集める。

 肉体が融解するような、しかし不思議な心地よさを感じる。

 世界と繋がるような感覚に身を委ねる。

 訓練の終了が伝えられたとき、勇の指先には、手のひら大の白光が輝いていた。

「お前の心は真っ直ぐだな」

 鬼はわずかな憧憬を込めて言った。

「私の光はこんなに明るくない。姉のも完全な白ではない」

「僕、そんな聖人じゃないですよ」

「聖人は戦うために魔術を習ったりしねえよ」

 ツッコんだ後、鬼は小さく言った。

「世界には、光が完全に黒い者もいるらしい。どんなやつなんだろうな」

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「駄目ですよ!!!」

 勇は叫んだ。

「急にどうした?」

「すみません。よくはわかりません。でも黒い光と聞いて、とても嫌な予感がしたんです」

「まあ黒い光なんて普通見ることないからな。怖いのも分かる」

 鬼は納得した。


夕食の時間となった。

「姉ちゃーん。膝枕してー」

 いつものように(?)酔った軍導師がセクハラまがいの行為をしている。

「もう、後で私のぬいぐるみを貸してあげますから、それで我慢してください」

「そんなー」

 確かに(素晴らしい太ももの)姉に膝枕はしてもらいたいが。

「そこまでだ軍導師」

 鬼は止めに入る。

「見逃してよオニオニー」

「酒臭っ!まだ十五分だぞ」

 鬼のこの組織でのポジションが、少し分かった気がした。


「そう、手に集めた魔力細光の温度を上げるイメージだ」

「んぐぅっ!」

 勇は力む。光は徐々に炎熱を帯びるも、火傷を負うことはない。

「目の前の人形を焼き払え」

 その玉を投げる。すると周囲は熱気に包まれ、人形は黒く焼け焦げた。

「これが三位、中規模火球だ。対人戦での不意討ちはこれで十分だな」

 二日目以降、勇は対人戦で有利な火属性魔術を中心に習っていた。


 もともと魔力型ではなかった勇だが、術式の構築はやはり上手く、週半ばには魔術体系で定められた、第三位階の魔法が使えるようになっていた。

「向上性の高さは本物のようだな。ただ魔力値が低いとはいえ、連続使用に課題がある」

 終了後、鬼は今後の方針を示した。

「集中力には自信がなくて…」

「感覚を覚えればやりやすくなる。集中力を上げるという術式もあるようだが」

「ドーピング!?」

 どうやら魔術の奥は、恐怖を感じるほどに深いようだ。


六日目の訓練終了後、鬼は勇にある話をした。

「勇、この世に禁忌があるとは思うか?」

「刑法に触れること、ですか?」

「言い方が悪かった。人を破壊する魔術と考えてくれ」

 勇はしばらく口を閉じ、三十秒ほどして答えを出した。

「洗脳?」

「そうだ」

 鬼の目はとても鋭い。

「魔術には四つの系統がある。俺が使う攻撃系、姉の支援系、軍導師の情報系、そして精神系だ」

 鬼は続ける。

「気づいているとは思うが、この組織のメンバーはバランスを重視した構成になっている。なのに何故精神系の使い手がいないのか、そう禁忌だからだ」

 なおも続ける。鬼の顔に怒りが浮かぶ。

「昔、私には仲のいい弟がいた。とても勉強ができて、将来は学者か官僚かと嘱望されていた。ある日のことだ、俺と一緒のスポーツ観戦からの帰り道のことだった。前から歩いてきた男が、弟に向かって何かブツブツと唱えた。するとソイツは俺に名刺を渡したんだ。困惑していた私が受け取ると同時に、弟の顔が真っ青になった。ソイツは弟に最高位の精神術式、統合失調化をかけやがったんだ」

 勇は悶絶した。

「それからの弟は引きこもって暴れまくり、精神病院に入れられた。今でも拘束されている。あの男の名刺を調べたよ。有名なメンタリストらしい。自分の実力を試すつもりだったのかもしれない」

 そんなことが許されるのか!?警察は動いたのか?勇の顔は硬直する。

 それから間を開けて、鬼は険しい表情のまま話した。

「大ヲタ国の世界統一があんなに早く終わったのは、精神魔術を使ったからだと私は考えている。鬼畜の所業だ。だからこそ、この組織に入ると決めたんだ」

 浄化、搾取、洗脳、大ヲタ国の行為に勇の怒りは一層強くなった。

「だから頼む。どんなことがあっても精神系の術式は覚えないでくれ、勇」

 僕がやっていることは、みんなの敵討ちでもあるんだ。勇は鋭い顔で、ヲタの世界首都の方角を向いた。


禁忌への焦燥と恐怖、勇はこの世界の真実を識った気がした。


入団四週目、これが最後の訓練だ。

「こんにちは、救光の援姉よ。一週間よろしくね」

 優しくも美しい顔、引き締まっていながらも出るところは出ている身体、その包容力は二週間の男訓練で疲れた勇に期待を抱かせるに十分だった。

「支援魔術は魔術師でなくとも、戦闘員全てが習得すべき分野よ。この一週間ではその中でも必修と言える、自己回復術式を教えるわ」

 姉はおおまかな内容を告げた。

「回復とは、傷の手当や疲労の回復などでしょうか?部位欠損や蘇生は?」

 勇は深く問う。

「後者は魔術だけでは無理。科学魔術並立法を使えば可能だけど、医学との両立は一人では困難ね」

「そんな都合が良いわけないですよね…」

 強力な回復術式を駆使して安全に戦う、そんな淡い期待が崩れた。


 二人が訓練場に着くと、机の上に安全カミソリと消毒用アルコール、そして脱脂綿が置かれていた。

「傷がないと効果がわからない以上、こうするしかないわ」

 …美女のリ○カを見てしまった。姉はそう言うと、カミソリで指先を小さく切ったのだ。

「魔力細光を傷口に集める感覚で。リラックスすることが重要ね」

 二人は傷口を見つめる。すると傷口が塞がるのはもちろんのこと、なんと血までもが元に戻った。

「血が、体内に戻った…!」

 マスターすれば生存率を上げられる、勇は俄然やる気が湧いてきた。


 とはいえ勇の魔力は他の能力に比べれば少ないため、短時間で連続しての使用は困難を極めた。

「少し厳しすぎたかしら。ごめんね、今日の訓練が終わったらお姉さんが膝枕してあげるから」

 同年代の男子が見たらどう思うのだろうか。勇は高い将来性と優しいお姉さん、二つをたったの一か月で手に入れてしまったのだ。


 指先を切って、治す。繰り返しの中で勇は効率的な魔力の使い方を習得していった。しかし繰り返すうちに勇は不思議な感覚に陥っていた。

「勇くん、今日は目に力がないわね。ちゃんと寝れてる?」

 姉は勇の小さな変化に気付き、慮った。

「寝れてはいるんですけど、何かフワフワしていて…」

姉は少し悩んだ顔をして、言った。

「魔力を使いすぎて、世界に引っ張られているのかも。鬼くんに教わったと思うけど、魔術は世界との繋がりをもとに発動するから、初心者が自己認識を曖昧にしてしまうことはよくあることなの」

 「自己認識」とは何なのだろうか。自分は間違いなくここにいる。

「勇くん、鬼くんとの訓練でフワフワすることはあった?」

「いえ、全くありませんでした」

 答えると、姉は後ろから抱きつくように勇の身体に腕を回した。

「この状態で回復を何回もやってみて」

 すごく柔らかい。元からのフワフワ感と合わさって、夢のような心地だ。いや、言われた通りにやらなければ。

 勇は切っては治しを繰り返した。繰り返すうちに、フワフワ感は消えていった。

「私の仮説は正しかったみたいね。治癒を行った後に残る余計な魔力を私の身体で吸い取ったの。スッキリした?」

 すごかった。全部絞り取られたようだ。

「攻撃魔術では魔力を外部に向けて放つからこの問題は起こらないけど、治癒魔術では内向きになるから身体に余計な魔力が溜まってしまうの。使う魔力量を完璧に調整すれば問題は起こらないけど、かなり難しいから──」

 そう言うと、姉はリストバンドのようなアクセサリーを勇に渡した。

「これは余計な魔力を空気中に放出してくれるアイテムよ。いわばアース線のようなものね」

 それ以降、勇の意識が混濁することはなくなった。でも何で最初からリストバンドを渡さなかったんだろう?姉さん、抱きついているときに少し嬉しそうだったような…。

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