入団
ウェイ✕ヲタ
Rebellion Beginning 2. 入団(Turn Wei)
天生暗黒者
勇は組織の拠点とされる住所へ向かった。
「廃墟じゃないか!」
外壁が崩れ落ち、柱がむき出しになっているアパートが佇んでいる。騙されたのだろうか。しかし目立たない場所こそアジトに向いているとも考えられる。
住所には部屋番号まで記載されていたため、勇は二階へと向かった。錆びて小さい穴が空いた階段が軋む。
勇がドアに手をかけると、簡単に開いた。どうやら施錠されていないようだ。靴がきれいに整えられた玄関、ほつれがないふかふかのソファー、食材が詰められた冷蔵庫、どう見ても一般家庭にしか映らない部屋の中、
「ハズレか...」
と落胆しながらも、そこが組織のアジトであるか探索をして回る。
ふと気づく。ここが一般家庭なら、なぜ鍵が開いていたのか。そもそもなぜこんな廃墟で、中流階級の水準の生活をしているのか。本当にアジトだとしても、
こんな家庭的なわけがない。
「罠か!」
そう気づいた勇は、すぐに部屋を脱出しようとする。しかしなぜか玄関の扉は開かない。窓から飛び降りようとするも、外からは気づけない高度な視覚偽装が働いているらしく、それが鉄格子だと知る。
(こんなところで終わるのか!まだ始まってもいないじゃないか!)
激しい焦燥感にかられるが、かつての自分では考えられない速さで落ち着きを取り戻し、解決策を考える。
「そもそもこれが保安局の罠と決まったわけじゃない。厳重なセキュリティーも保安局から何かを隠すためにつけたものじゃないのか?」
口にしながら、希望的観測を並べていく。
しかしそれ以上の決定打は出ず一時間ほど経過、さすがに焦りが出てきたときだった。
「ガチャリ」
不意に開錠音がした。勇の脳が死を察知し、思考が加速していく。
迫る足音。小さいが、今の勇に恐怖を与えるには十分だ。自分の鼓動音すらうるさく感じる。
足音が側に来る。痛みに備えるべく、歯を食いしばる。
「合格です」
透き通った、優しい声が聞こえた。
勇は声の主へ視線を向けた。その先には迷彩服を着た、勇と同年代と思しき少女が立っている。
「付いてきてください。話は後です。」
そう言い、勇の手を引いた。
比較的友達が多く、様々な人と面識を持つ勇だが、少女のエスコートに、先ほどまでとは異なる鼓動の昂ぶりを感じていた。
見惚れていたのだ。数十秒前まで死を覚悟していたにも関わらず、である。
少女は美しい黒髪を揺らしながら、部屋の押し入れへと勇を導いた。そこには一見すると単なる板の切れ目のようなものがあり、少女はその中の窪みに右手の人差し指で触れた。
音もなく板に穴が開く。その中には下へと続く梯子があった。
梯子を下りきった先には短い横穴が続いており、勇は少女のすぐ後ろをついていった。
狭い空間の中、魅惑的な香りを感じる。少女の香りだ。かつてない感覚に、勇の警戒心は自然と和らいでいく。
(何を魅了されているんだ!この人を信用してもいいのか?)
穴を進みながら、脳内で葛藤する。
穴の中から出ると、そこはアパートの一階の部屋だった。
「なんで外階段から降りないんですか?」
勇は尋ねた。
「外を通ると保安局の監視に引っかかるかもしれないので」
「じゃああの開錠音は?」
「あなたの警戒心を高めるためです。急いでください」
強い疑問を抱きながらも、自らの目的のため、今は彼女に従うことにした。
少女は部屋の畳を持ち上げた。そこには先ほどと同じような板の切れ目があり、同じく下への梯子が続いていた。
長い横穴で少女の芳香をかぎながら、この娘に迷彩服はもったいないと愚考した。
地上に出ると、アパートから数百メートルほど離れていると思しき河原に停まっている車の下だった。
「そのまま上の車に乗ってください」
「すごい仕掛けですね...」
勇は苦笑する。
「河原にまで監視が及ぶことはないです。心配する必要はありません自動運転の車の中で、勇は様々な疑問を投げかける。
「あのアパートは何なのですか?」
「組織の施設です。廃墟にカモフラージュしています」
「なぜ鍵がかかったのですか?」
「あなたを警戒させるためです」
「カモフラージュならなんで不自然に一般家庭の部屋に見せるのですか?」
「それもあなたを警戒させるためです」
少女の話を整理する。まずは廃墟として警戒をあおり、次に不自然な内装で警戒を強める。そして入口を封鎖し、絶望へと誘う。一見すると人を弄んでいるようにしか映らない。
「目的は何ですか!?」
勇は強い口調で問う。
少女は美しい横顔で、優しく言った。
「入団試験です」
車は奥多摩の山奥の施設に到着した。
停車した車の中で、勇はさらに問いかける。
「つまりあの空間での反応を調べていたのですか?」
勇は推察をぶつけた。
「その前の、ダークウェブの段階からそうです」
「それは知性と精神力、そして判断力を問う目的だったのですね?」
「はい。そして何よりも危険な状況で諦めを見せずに入団を求める覚悟を確かめました」
これが罠ではないという証明からくる安心と、本物のレジスタンスであるという実感を得た。
二人は廃墟に見える施設の奥へと進む。突き当たりには小さなモニターがあり、少女はその電源を入れる。
「合言葉を」
スパイ映画で見たままのやり取りの後、音もなく壁が開いた。その中は外とはうって変わり、白を基調とした綺麗な内装になっていた。
「連れてきたか?」
渋い声がした。
「素晴らしい人材だと思います」
少女はそう答えると、勇に自己紹介を促した。
「こ、こんにちは。佐藤勇と申します」
「よろしく。君には質問したいことが山ほどあるだろう。なんでも聞いてくれ」
椅子に座った、渋い声の男は親切にそう言った。
「不躾ですが、ここは本物のレジスタンスの基地なんですか?」
先ほど得た実感を、確信へと変えるべく問う。
「もちろんだ。疑いは組織の活動を見ていれば捨てざるを得ないだろう」
「川沿いのあの施設は?」
「組織の入団試験場と考えてくれ」
「組織の規模を教えてください」
込み入った質問をする。
「それは教えられないが、同僚と呼べる連中なら、普通の会社と同じようにいる」
そう言うと男は立ち上がり、施設の奥へと勇を促した。様々な部屋の扉が視界を横切るが、その中は見えない。
「入団準備が整うまで時間がある。それまでここで待っていてくれ」
そこは小さな執務室とホテルを合わせたような部屋で、大抵の生活とデスクワークはこなせるほどの設備が整っていた。
「こんな凄いの…使っていいんですか?」
勇は新人離れした待遇に遠慮した。
「いいとも。良い環境を整えるのも組織経営のコツさ」
男は明るく答えた。
待つこと小一時間、部屋のドアホンが鳴り、男は準備が整ったことを伝えた。
階段を地底へと下る。その先にある金庫のような扉を、男は静脈認証で開ける。
そこには近未来的に光るELモニターと机、そして無骨なヘッドギアがある。
「これはSASと言って、人の能力とスキルを解析、アルゴリズムによってレベルに変換する装置だ。レジスタンスは戦士だ。戦うために君の能力を調べ、強化する必要があるんだ」
男はそう言うと、ヘッドギアの着用を促す。勇は警戒と好奇を伴いながら、ヘッドギアを装着する。
「認証。佐藤勇、17歳男性。レベル35、筋力値約6000、魔力値約2000、頭脳値約5000、向上性Sランク」
モニターに表示される主要な値を、無機質な声が伝えた。
「君、何か特別な訓練を受けたことでもあるの…?」
男は驚愕を抑えられない様子で、勇に訪ねた。
「筋トレを少しだけですが…」
「一般的な人間では有り得ない数値が出ている。そしてパラメータの上昇速度を表す向上性もSランク、約5000万人に一人の割合だ…」
設定解説 SAS
SAS(Skill Analyzing System)は人の脳波を解析、分類、数値化するもので、組織の合法非合法を問わず戦闘員の強化指標として使われているアプリケーションである。
筋力値、魔力値、頭脳値の三つを基本三値と言い、筋力値と魔力値は1≦x<1000000、頭脳値は1≦x<10000の変域を持つ。
筋力値は文字通り身体の持つ力を指す。これが高いと殴打・斬撃などの身体能力が求められるアクションが強力なものになる。魔力値は脳が持つ魔力量の自然回復限界を指す。これが高いと高威力の術式を多く発動できる。頭脳値は対象の思考能力を指す。これが高いと作戦の立案や術式の構築などが効率的になる。
SASは基本三値を年齢や性別などに応じたアルゴリズムに通した解をレベルとして表示する。レベルは1から999までの整数を変域とし、その値によって後述するスキルへの耐性が得られる。これは戦闘において極めて重要な要素であり、如何にして敵のレベルを迅速に把握し、最適な戦略、戦術を組むかが勝敗を分ける。レベルが100異なれば高位の装備、魔術や特殊な効果なしでの勝利は不可能である。
能力値の上昇速度を示す指標が向上性である。これはSS〜Dのアルファベットで表示され、これを変えることは不可能であるとされている。
男の反応に勇は困惑した。
「そんなに凄い値なんですか?」
「ああ、筋力値は300、魔力値は100、頭脳値は200が平均だ。君の数値は異常といって過言ではないね」
僕にそんな才能があったのか...?
勇は疑問を隠せなかった。
夕方、組織のメンバーが任務から帰ってきた。
「彼が新人の佐藤勇君だ。よろしく頼む」
男は勇を紹介し、自己紹介をその場の全員にさせた。
最初は試験施設であった少女からだった。
「コードネーム、黒髪の撃殺姫です。能力値は平均型でスキルは射撃系を中心にしています。改めてよろしくお願いします」
先ほどの迷彩服とは打って変わり、淡い色彩の私服に着替えた少女は、また別の魅力を放っている。
「コードネーム、居合の刀豪だ。能力値は筋力型でスキルは刀剣系を主としている。少年、よろしく頼む」
大柄で顔に傷跡があり、和服が似合いそうな、剣豪のイメージを体現したような男だ。
「コードネーム、魔瘴の滅射鬼だ。能力値は魔力型でスキルは攻撃魔法系だ」
黒いフードをつけている。魔術師というが、アサシンに見えなくもない男だ。
「コードネーム、救光の援姉よ。能力値は魔力型でスキルは支援魔法系を取っているわ。よろしく」
やや長めのブロンドと優しい目、撃殺姫とは違い、癒しを感じる美しさだ。バブみとはこういうことを指すのだろうか。
最後に、リーダーとみられる、軍服で渋い声の男の番だ。
「コードネーム、軍導師だ。能力値は頭脳型でスキルは情報魔術系を取っている。よろしく」
いかにも経験豊富な容貌と仕草、リーダーとして信頼がおける。
自己紹介の後、軍導師は勇に今後の指示を伝えた。
「今後君はこの施設に泊まり込み、先輩となる四人の下で、実務訓練を受けることになる。といっても事務のような内容だけでなく、基礎や実戦の訓練の中で、能力値の向上を図る内容も含まれるね」
その後軍導師は真面目な顔になり、続けた。
「これは引き返すことのできない選択だ。この先に進めば、君はこれまでの生活や人間関係などを全て捨てることになる。今なら私の記憶操作術で組織のことを忘れ、これまで通りの生活に戻ることもできる」
「戻りません」
勇は即答した。失う覚悟はできている。
「ありがとう」
軍導師は微笑みながら勇と握手した。