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日中にて

「始まりは、ほんの些細な事なんだ。」


裕太の頭を撫でながら、祖父はそう零した。

蝉が鳴く、夏の日。

祖父の事が大好きだった裕太は、その日も祖父に遊んで貰おうと縁側に腰掛ける丸まった背中に抱き着いた。

己の孫を愛しそうに見つめ、頭を撫で、ほろりと零した祖父の一言は、裕太にとっては興味を引くものだった。


何が何がと問いかける裕太に、祖父は笑いながら語りかける。


「いつか、お前にもその時が来るさ。その時が来るまで、お前は人の言う事為すことを勘ぐってはいけないよ。じぃじとの約束だ。」


しわしわの優しい手に撫でられながら、裕太は少し不満げにも感じ取れる表情で返事をする。

それが幼い頃の、祖父との最後の記憶だった。





▷▷▷▶



「いただきまーす。」


カチャカチャと食器の音が鳴る。

ほうれん草のひたしは祖母、葉子の得意な料理で、裕太も馴れ親しんだ味。

田舎の食事は、都会で食べるジャンクフードのように油が惜しげもなく使われたりしないからか、あっさりとしていて運動をしていなくても健康になった気でいれる。


在郷。酉砂村。

東側に聳え立つ酉砂山に周囲を囲まれた小規模の農村。北側には村に沿うように海食崖が広がっており観光地として一部のマニア達からは絶賛されている。

だが近年、少子高齢化が進み、全盛期は一万人程の農民が住んでいたにも関わらず、現在では3000人と減少の一途を辿っている。


そんな村に誰が好きで住むものか。

両親の別居でこの地に転がり込んで来た裕太にとって、この現実は如何なものかと思う。

友人も知り合いもいないこの村で、祖母と二人だけで何日も何日も不変的な日常を送っていた。


「裕太。何もやらんば遊びに行き。運動ばやらんとほそっちょくなるべ。」


畳の上でぼーっとしている裕太に、座布団の上で猫を撫でながら言う。

そんか祖母の何気ない言葉に多少の煩わしさを感じることは如何せん擁護出来ない。

ただ、喧嘩なんてする気力なんて端から無いのだからと、裕太ははーいと返事をして、縁側の踏石に置かれていた自身の靴のかかとを踏んで外へと出掛けた。


田んぼ。

電柱。

田んぼ。

電話ボックスと郵便函。


田んぼ道ではそんな景色が終始広がる。

田んぼでは爺婆が作業などを行ってはいるが、それでも人なんて片手で収まるくらいにしかいない。


(村の子ども達は今頃学校か?)


(なんでこんな何も無いところで生活出来るんだろう。)


裕太は内心そう思いながら、田んぼ道を歩く。

日中は日差しが強く、多少歩いただけで汗が頬を伝い、滴り落ちる。

やけに煩い蝉の鳴き声が、嫌という程耳にこびりつく。

田舎が長閑かで静かなんて誰が言い出したのだろうか。

息も絶え絶えになりながら山麓の木々の影にそっと腰を下ろし、休息を取る。

その間、蝉はなり続けた。


ミーンミーン ミーンミーン

シュワシュワ シュワシュワ

ジージー ジージー

カナカナカナ カナカナカナ


呆けたようになりながら、聞き続ける。


ミーンミーン ミーンミーン

シュワシュワ シュワシュワ

ジージー ジージー

カナカナカナ カナカナカナ


なんとも風情のある、煩わしい声だ。

そんな蝉声を遮るかのようにサァッ、、っと風が裕太の頬を撫でた。


刹那、裕太の眼の前に現れた。

長い黒い髪と、白いワンピース。

なんとも美麗なその姿を一目見た瞬間、煩わしかった声も聞こえないほどに静かになった。

正しくは、その美麗なる姿に一瞬で惹きつけられ、すべての意識が、彼女に集中されたのだ。


「、、、綺麗。」


無意識のうちに発せられたその言葉は、裕太の心の内を表すには不十分であり、またその言葉が彼女に聞かれていないかと、裕太の思考を埋め尽くした。


蝉の声が聞こえ始めた。


彼女はまだ、目の前にいる。




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