通じ合いたいのです
『――くんに盛大な拍手を! いやーおめでとう! 我が校から未来の巨匠が誕生といったところかねぇ! ははははは!』
とある中学校。体育館の壇上に立つ彼はこれまでにないほどの高揚感、誇らしい気分を味わっていた。胸に抱える賞状には市の絵のコンクール大賞の文字が。そして背中のスクリーンいっぱいに彼の絵が映し出されていた。
マイク片手に誇らしげにする校長に肩を叩かれ、恐縮する彼。全校生徒の拍手が肌にビリビリ響く。あとで揶揄されることを気にし、ニヤけまいとするも頬は緩む。そして下半――
『いやー、立派な猫だ。あれだろ? エジプトのやつだろう? いい抽象画だなぁ。さあ、もう一度盛大な拍手を!』
校長がそう言った瞬間、ライターの火を手で撫でるような、そんな心の揺らぎを彼は感じ、渦巻く拍手もどこか遠くのことのように思えた。
「おーっす画伯!」
「おめでとう!」
「絵が得意だったんだなぁ」
体育館から教室に向かう廊下で彼は背を叩かれながら同級生からそう言われた。その間も、あの揺らぎは治まることなく、ブクブクと胸の内側から焼くようであった。
これは苛立ち。……いや、それだけじゃなく、どこかそう自分は今、悲し――
「あれ、猫じゃないんだろ?」
「え?」
「校長の目も節穴だよなー」
「あ、俺も思った」
「な、全然違うよな」
「あ、えっと、その」
と、彼はこの場にいない校長に気を使い、口ごもったが、その顔はパァっと明るくなった。しかし……
「樹海だろ?」
「ダリの中期っぽさがあったねぇ。好き嫌い分かれそうだけど俺は好きだね」
「あの漫画を連想したなぁ、流行ってたやつ。巨人の」
「お笑いのライブだろ。あの渦は人を笑いの渦に巻き込んだってこと。俺、先月行ってさぁなーんかちょっと寒くてさぁ。暖房があんまり効いてない感じでさ。まいっちゃったよホント」
違うんだよなぁ……と、彼は口には出さなかった。校長の時と同様にあははと笑い、曖昧にぼかした。返答を。自分の心を。
しかし、それは下校時間になり、学校を出て帰り道を歩いている時には胸を掻きむしりたくなるほどにまで彼の心を大きく波立たせていた。
見当はずれなコメント。分かった気になって悦に浸る。自分の中の浅い知識と結びつけ、決めつけ。勝手に自分語り。もはや無関係な話。と、それらを馬鹿にするつもりはない。ただただ伝わらなかった。それが不甲斐なく、寂しい。いや、仕方がないんだ。コンクールの大賞といってもこの小さな市の中学生部門。これでプロになるわけでもないし、素人の絵。見る側もそう深く考えたりしない。娯楽に溢れ、そしてその消費が早い現代。脳を回す対象は他にもたくさんある。明日になればこの話題もなくなり――
と、考えていた彼ははたと足を止めた。どこか、このまま家に帰る気がせず、トボトボと回り道をしていたら曲がり角でバッタリと同学年の女子と出くわしたのだ。
別に何てことない。が、彼は奇妙に思った。その女子とはクラスは別で話したこともない。かろうじて同学年と知っているだけで名前も知らない。向こうも同様、いや、さすがに今日の一件で知られただろうが好かれても嫌われてもないはず。なのに、彼女は彼を見て明らかに顔を顰めたのだ。
そして彼女は、ふいと彼から顔を逸らし、歩きだした。彼も別に訊く気はしなかった。だからこの件はこれで終わり。何も起きない……はずだった。
「――でしょ。あれ」
立ち止まり、彼のほうを向かないまま喋った彼女に彼は「え?」と訊き返す。
「……だからぁあの絵のモデルはさ」
振り返り、言葉を続ける彼女。さらに「サイテー」「キモイ」「ヘンタイ」と彼を罵倒した……が、彼の心は喜びに満ちていた。
これは、ある種のテレパシーだ。彼女と僕は繋がったんだ。彼はそう思った。彼女は、黙ってたままの彼を見て首を傾げ、そして「あっ」と何かに気づいたような顔をした。
「ん、あれ? 嘘、待って。あたしの勘違い? うわっ、はっず! ごめんごめん、忘れて!」
「……いや、正解だよ」
そう言い、微笑んだ彼は自分のズボンを下ろした。
夕暮れ時。肌が、そして空も照れたように真っ赤に染まっていた。