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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
None memorized Helmans
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Epilogue ——The White Knight——

 夜、俺の目の前には和泉さんがいた。


 深夜の学院だ。俺と和泉さんの前には机がひとつだけ、向かい合ったソファに座る俺の手前に淹れたばかりの紅茶が入ったティーカップを和泉さんは置き、にこりと柔和な笑みを浮かべた。同じティーポットから注いだ紅茶が入ったティーカップを手に取り、和泉さんは俺より先にそれに口をつけた。


 安心でしょ、と言いたげな彼女に無言の圧をかけれて、俺もまたティーカップに手を伸ばし、それに口をつけた。紅茶の味なんてわからない馬鹿舌ではあるが、確かに美味しいと言える紅茶だった。


 「千乱君、今回の一件では大活躍でしたね」


 会って早々、世間話もなく開口一番、和泉さんは本題を切り出した。直截だが、その方がありがたい。この場に長居していると、俺でも精神がまいってしまう。


 和泉さんの誘惑体質(サッカビジョン)は意識的に効果を強めたり、弱めたりすることができる。普段はかなり弱めているが、示威行為をする時などかなり効力を強めていて、メイスなど慣れていない人間なら簡単にその術中にハマってしまう。


 かく言う俺も決して精神汚染に耐性があるわけではない。イリアのように常に周囲の瘴素を燃やしていれば、そういった耐性とか関係なしに無効化できるのだろうが、そういった特異な例を除けば耐性がある人間はむしろ少ないほうだ。かろうじて自分の領域(テリトリー)内に入ってくる害毒を常時、無毒化することで抗えているのが現実だ。


 「苦労しました。おかげで怪我をしましたよ」


 事件の詳細を報告しつつ、俺は鳩尾をさすった。今でもまだツェニータ先輩に蹴られた箇所が痛い。骨が折れていたり、ヒビが入っていたりということはないらしいが、打撲くらいの負傷ではあるということだ。


 和泉さんはそれを聞いて「そうなんですか」と淡々と答えた。興味がない、どうでもいい、そんな無味無臭の無関心な様子に、俺はたまらず肩をすくめた。


 「今回の一件は大々的に報道されるでしょう。すでに新聞部をはじめとした報道関係の部活に話をつけています。明後日ごろには記事が出る予定です」


 「『風紀委員会の大不祥事 元風紀委員長逮捕』とかですか、タイトルは」


 「まさか。この一件は風紀委員会が手ずから解決した、いわば自らの汚点を自ら濯いだわけです。組織の自浄作用を喧伝するいい素材だと思いませんか?」


 それに、と和泉さんは続ける。いつになく饒舌で、相当に気分がいいのだろうことが伺える。


 「今回の一件の立役者でもある千乱君を大々的に扱わないわけにもいきません。その英雄的行動に私をはじめ、院生一同が謝意を示してしかるべきだと思いますよ?」


 「は?それってどういうことです?」


 「文字通りの意味です。千乱君は英雄的行動により、風紀委員会に巣食っていた闇を暴いた。主犯を自らの手で捕まえた。これを周知させることは、今後君を評価する上でとても重要なことだと思いますよ?」


 和泉さんは流れるように語り、俺はその意味することがわからず、いっそう眉間に皺を寄せた。


 「つまりですね、千乱君。君を空席となっている十二騎士の席に付けるためにこれはまたとない判断材料なのですよ」


 「十二騎士。あ、それって」


 「ええ。ほんの、一月前でしたか。ここで話しましたよね。君に十二騎士になってもらいたいと。そしてそれに足る功績を君は積んだ。ゴールデンウィーク中の出来事も含め、これは十分に十二騎士と呼んでいいと私は思います」


 そんな話もしたかもしれない。いや、確実にした。その記憶が俺にはある。なるほど、どうして和泉さんが嬉々としているのかが今理解できた。自分の味方が増えるとわかれば嬉しいに決まっている。


 遠海魔術学院の生徒会選挙は三段階方式であるのはよく知られている話だ。第一段階は純粋な生徒達の投票で、これで過半数が取れなかったら、第二段階の教師らによる査定が入り、それでもなお点数が拮抗すれば第三段階である、十二騎士らによる信任投票となる。ここで最も高い点数を取れば、晴れて生徒会長に就任できる仕組みだ。


 だから和泉さんとしては仲間にできる、もしくは信用できる人間を増やしたいのだろう。俺を強引に十二騎士に推すのもそれが理由なのは明白だ。


 「十二騎士に推すって言っても時間的に無理でしょう」

 「問題ありません。すでに一ヶ月近く空席が生じているため、早々と席を埋めてしまおうというだけです。ねじ込めば、まぁ大丈夫ですよ」


 職権濫用ではないか、と言いかけたが、和泉さんにニコリと微笑みかけられ、俺は出かけた言葉を飲み込んだ。


 「——それはそうと(本題ですが)、千乱君は今回の一件をどう思いますか?」

 「どうっていうと、それは窃盗事件の黒幕とかそういう話ですか?」


 「はい。私はこれが一種のカモフラージュ、陽動のために行われたのではないかと思っています」


 和泉さんはさっきまでの嬉々とした様子とは打って変わって、神妙な表情を浮かべた。紅茶を一口舐め、和泉さんは空になったティーカップに視線を落とした。


 「陽動ですか。でもそれってなんのために。風紀委員会を振り回して得たいものなんてそれこそ逮捕記録くらいなものじゃないですか」


 風紀委員会が受付会場に釘付けになれば、その間に規則違反行為をやろうとする人間はいる。けれど、イリアが事前にその可能性は潰している。部活連合の自警団に風紀委員会の業務を代行させるというやり方で。


 「ええ。実際、逮捕記録を盗み取り、得票数を増やしたいというのは彼らの計画にもあったのでしょう。ですが、そのためにわざわざ大規模に元風紀委員という潜在的な異分子を動かすのはなんと言ったらいいのでしょうか。少し、大仰にすぎる。だって、そんな十把一絡げの得票数の増加なんて意味ないのですから」


 少なくとも報告を聞く限りは、と和泉さんは付け加えた。その報告書は一体誰から貰ったんだ、と言いたいが、藪蛇な気もするし、聞いても教えてくれないだろう。


 和泉さんの言いたいことは理解できる。わざわざ元風紀委員やその親族の存在をたかが候補者受付期間の段階で、公にするというのは非合理だということだ。実際問題、ただ逮捕記録を盗むだけであれば、それこそツェニータ先輩が魔術式を使うだけでできたのだろうから。


 それに得票数を増やしたい。そのために脅迫材料として逮捕記録を盗みたい、という思考もどうかと思う。そんな手が通用するのは一部の生徒だけで、多くの生徒が規則違反のきの字もないまっとうな生徒なのだから。


 費用対効果で言えば、間違いなく費用大効果小だ。計画した段階でくしゃくしゃに計画書を丸めてゴミ箱にポイするレベルで、非生産的だ。それでもやった。なぜだろうか。


 「イリア曰く、常に九条燕先輩をツェニータ先輩に付けていたそうです、監視として。その監視を取りたいからってわざわざ元風紀委員連中を使うかと言えば、少し怪しい。というか、ツェニータ先輩はわざわざ能動的にそんな提案をしないのでしょう?」


 「え?ああ、はい。報告したとおりですよ、そこは」


 ツェニータ先輩は能動的には動かない。そもそも風紀委員会のゴタゴタに興味がない。今回の騒動には乗り気じゃないし、どうでもいいとさえ思っている。


 「なら、元風紀委員とツェニータ先輩は繋がっているようで、繋がっていないということになります。必然、彼らの行動には誰かの意思が大きく影響する。言い換えるなら、その誰かは自分の目的を完遂するために元風紀委員を切り捨てた、と言えます」


 「誰なんですか、それ」


 「さぁ?私は知りません。興味もありません。ただ向かってくるなら叩き潰すだけです」


 「理知的なのか、脳筋なのかどっちなんですか?」


 「どちらもです。楽しいじゃないですか。チートで武装して無双プレイ」


 ニコニコしながら和泉さんは答える。普段の理知的な印象とは打って変わって、年相応の少女のような朗らかさを感じさせる笑顔だった。


 「——それでは今日はこのへんで。久しぶりに千乱君とお話できて楽しかったです。また、お茶しましょうね」

 「その時は気を利かせて茶葉でも持ってきますよ」


 「いいですね。美味しいクッキーを焼いて待ってますよ」


 かくしてその二日後、翌々日、二つの重要な発表がされた。一つは生徒会選挙の立候補者の公示、そしてもう一つは新たな十二騎士の発表だ。


 そして、その日から生徒会選挙が始まった。


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