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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
None memorized Helmans
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Villain bee line

 「愚行は善意の成れの果てだ」——〈元風紀委員〉宵冢 成士

 ものの10分と経たずに木兎場は宵冢先輩を連れてきた。連れてこられた宵冢先輩は特段何か言うでもなく、微笑を浮かべていた。


 「宵冢先輩、お久しぶりです」


 相対してすぐ、俺は挨拶をした。俺の言葉に宵冢先輩は微笑を保ったまま、ああ、と返した。非常に落ち着いていて、取り乱している様子はない。こうやって俺と向き合うことも織り込み済みということだろうか。


 宵冢先輩は見上げる俺を見下ろす。かけているメガネの向こう側には疲れがあり、それは二日前に会ったときとなんら変わらない。一年と少し前、まだ風紀委員会に所属していた頃とはまるで違う、活力を感じない濁った瞳だ。


 メガネをかけていた、久しぶりに会った、ということもあったが、きっと二日前に宵冢先輩を認識できなかったのは、以前とは受ける印象がまるで違ったからだ。覇気はなく、活気はなく、熱気もない今の宵冢先輩は、かつての先輩と同一人物とはどうしても認識できなかった。


 「茨木。どうしてオレを?久しぶりの再会にしては随分と大仰じゃないか」

 「一番手取り早かったので。それとも、こういった再会はお望みではなかった、と?」


 「まるでオレ自身が何か、犯罪を犯したみたいで、ちょっとだけ気分が悪いな。風紀委員の仕事だと理解しているから怒りはしないが、一体どういう意図でオレを呼んだんだ?」


 あくまで白を切るつもりなのか、宵冢先輩の声に抑揚はない。揺らぎもなければ焦りもない。淡々としていて、白々しい。


 「宵冢先輩。今日お呼びしたのは、先輩に聞きたいことがあったからです」

 「何を聞きたい?後輩の頼みだ。できる限り答えようじゃないか」


 ただ一つを除いてね、と宵冢先輩は最後に付け加えた。そういえばこんな先輩だったな、と過去を一瞬、懐かしんだ。


 「先輩、単刀直入に聞きます。ツェニータ先輩は今、何をしているんですか?」


 俺の問いに宵冢先輩は一瞬、それまで浮かべていた微笑を解いた。すぐに再び取り繕ったが、もう遅い。仮面のほころびを見た以上、宵冢先輩の思惑は透けたも同然だ。


 「残念。オレの答えられないただ一つはそれだ」

 「先輩は、ツェニータ先輩に協力して、立候補申請者に対し、いくつかの妨害工作を働いた、違いますか?」


 「答えられない。だが、そうだな。なんでそう考えたのかを聞かせてもらえないか?」


 わかりました、と俺は頷いた。いい機会だ。何を企んでいるのか、喧伝してやろう。


 「ツェニータ先輩が関与している可能性が高い、と考えたのはさっき拘束した生徒が元風紀委員の関係者、血族だと把握できたからです。一応、裏は取れてます」


 木兎場に宵冢先輩を呼んできてもらう傍ら、イリアにも来てもらって拘束した生徒の家名と、一年前まで風紀委員会に所属していた生徒の家名を照合してみた。いくつかの誤差はあったが、概ね風紀委員会を去った生徒の家名に連なるものということがわかった。


 講堂の脇にはイリアがいる。俺の都合で申請者の受付を停止するわけにもいかないので、彼女が俺に代わって講堂内の監視を行っていた。雑用押し付けやがって、と悪態をつかれ、どつかれた。


 「それだけ?ならオレを疑う理由は?元風紀委員会だからか?」

 「ツェニータ先輩と同学年かつ、今この場にいる先輩を疑うのは結構、自然だと思いますよ?」


 おもむろに視線を白い腕章へ向ける。俺と久しぶりに会ったとき、まるで知らない風を装った、元風紀委員で問題を起こしたのも元風紀委員、何より表情が暗くて以前のような好印象を持てない。何より、宵冢先輩には動機がある。イリアを失脚させる、という決定的な動機が。


 イリアに反抗し委員会をやめた人間、それが宵冢先輩だ。今年で卒業だから後腐れもない。最後に盛大に迷惑をかけてやろう、ついでにイリアに一泡吹かせてやろう、と考えてもおかしいことではない。


 「もちろん、証拠はありません。だから先輩がしらばっくれる分にはいいですよ。俺達はツェニータ先輩が暗躍している前提で動くので」


 実際、元風紀委員やその縁者を動かせる人間と聞けば、真っ先に候補に上がるのはツェニータ先輩だ。OB、OGを含め、イリアによい感情を抱いている人間はそう多くはない。


 かと言ってツェニータ先輩を拘束しても証拠がない以上、ただ捕まえるだけでしかない。現行犯逮捕とかなら話は別だが、そう都合よく犯罪行為の只中に出くわすなんて運のいいことは起こらない。


 「だから宵冢先輩が色々とチクってくれないかなっと思ったんですけど、当てが外れました」

 「それはそうだろう。オレは関与していないんだから。だが、そうだな。ツーカが何をやろうとしているのか、目星はついているのか?」


 一応、と俺は即答する。聞かせてくれ、と宵冢先輩は答えを聞きたいと言った。


 「ツェニータ先輩の目的、それは『紊乱』です」

 「紊乱?これまでの話ぶりからすると、イリアの失脚じゃないのか?」


 目を丸くする宵冢先輩に対し、俺は首を横に振った。


 「いいえ。ツェニータ先輩だってまさか騒動の一つ、二つでイリアを失脚させることができるなんて考えていないでしょ。だってイリアですよ。部下の責任ってことにして起こったトラブルの責任押し付けるに決まってるじゃないですか」


 「自分で言ってて悲しくならないか?」


 もちろんなるに決まっている。もっと優しい上司の下で働きたかったとここ一年以上の間、思わない日はなかった。暴虐無人、独裁万歳、絶対王政、暴君ここに極まれりなイリアはそのパワハラ気質な部分はもちろん、責任逃れがとにかくうまい。それで何度苦汁を舐めたか知らない。


 「まぁとにかく。騒動一つ、二つでイリアを失脚させるのは無理です。である以上、ツェニータ先輩は別の方向からイリアの権力を削ぐしかない。つまり、イリアの指揮する風紀委員会という組織の信用失墜、それをもたらすためにカオスを作る。これがツェニータ先輩の目的なんでしょう?」


 話を聞き終え、宵冢先輩は沈黙する。時折、何かを言いかけたかのように口を開けるが、すぐに閉じてしまった。


 「宵冢先輩には悪いですが、これ以上、選挙管理委員会の業務を続けさせるわけにはいきません。先ほど拘束した生徒同様に外れてもらいます」

 「ふーん。オレはそれでいいが。そこの時期委員長クンはそれで納得かい?」


 宵冢先輩の視線が木兎場へ向けられる。少し離れた位置で話を聞いていた木兎場は自分に話題が振られたことに少し驚きつつ、そうですね、と一拍置いた。


 「宵冢先輩が目下、怪しいということは癪ではありますが僕も同意するところです。ただ、僕としてもこれ以上人手が減るというのは避けたいところでもあります」


 「けど、怪しい奴をそのまま使うのはダメだろ。余計な問題を」


 「わかっている。——だから提案です。選挙期間が終了するまで、宵冢先輩の監視を茨木に一任してもよろしいでしょうか。無論、学院内においてです。宵冢先輩は選挙期間中、選挙活動に関わる作業をする際には必ず茨木を帯同していただきます」


 なんだ、それは。つまり俺の個人的な時間をことごとく宵冢先輩にささげろ、ということか?


 「ふざけ」

 「ふざけていない。これは選挙管理委員会委員長としての命令だ。要請や提案、嘆願ではないことは明言しておく」


 いつになく強気な態度だ。木兎場がここまで押せ押せな態度で俺に接するのも珍しいかもしれない。だが、一考に値する提案ではある。


 現状、宵冢先輩は捜査線上に浮上しただけの容疑者でしかない。それを間近で監視する機会を与えられるというのは願ってもないよい機会だ。


 「それで宵冢先輩、先輩はどうですか。了承していただけないのであれば、残念ですが先輩をボランティアから外し、風紀委員会に引き渡すしかない。これは先輩を慮っての提案であることをご理解ください」


 木兎場を一瞥し、宵冢先輩は口元に手を添えた。そして少し間を置いて、暗い笑みをこぼした。


 「いいだろう。茨木のオレへの疑いを晴らすいい機会だ。協力させてもらうさ」

 「ありがとうございます。茨木、選挙期間中の監視は任せたぞ」


 「ああ、ありがとう、木兎場」


 そうして滞りなく、その日は終わった。受付は無事終了し、忙しそうに木兎場達は申請書が入った封印の箱を持って講堂から撤退していった。



 翌日の早朝、風紀委員室である事件があった。いくつかの記録資料が盗まれたのだ。同じ日、ツェニータ先輩が学院から姿を消した。


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