Chaos Workers
「改革なんてのは今ある制度を残すための体のいい言い訳よ。やるなら同じ革でも、革命の方よ」——〈風紀委員長〉イリア・カスター・ルージュ
放課後、ホームルームを終えた俺とアリスは廊下で合流し、風紀委員会室へ向かった。委員としての職務精神に目覚めたとかではなく、シンプルに放課後に顔を出せ、と昨日、イリアに言われたからだ。
ホームルームが終わってすぐ、移動したからか俺達が委員会室に入った時は先客は誰もいなかった。一応、委員会室の座敷わらしこと、鹿島 些々はいたが。
「相変わらず土管掃除?」
カバンを自席に降ろし、猫背になってテレビ画面を睨む鹿島に話しかける。しかし、よほど集中しているのか、俺の声は無視された。
悲しいな、と思いつつ、小さな鹿島の背後に立つと、さっきした質問への回答が画面に映し出されていた。土管作業員のゲームではなく、それよりも数十倍はリアルなグラフィックのゲームだった。いわゆるFPSというやつで、プレイヤーの両手ぐらいしか映しされておらず、視界がより実生活に近いシューティングゲームを、真新しいコントローラーをカチカチやりながら、時折鹿島は「死ね死ね死ね死ね」と物騒なフレーズを口走った。
「なにやってんの?」
「FPS。しかも結構新しいやつ」
アリスの問いに答える。字幕表記が英語だから海外のものだろう。というか、日本製のFPSとか知らない。
画面の向こう側では鹿島が操作していると思しきキャラクターが派手に機関銃を掃射して、目の前の敵兵士を一掃していた。音が全く聞こえてこないのは鹿島がヘッドフォンをして遊んでいるからだ。それで俺の声が聞こえなかったんだな、と納得しつつ、同時にいつそんなもの買ったんだよ、という疑問も浮かんだが、すぐにそれは意識の奥底へと沈んでいった。
しばらくすると、マッチオーバー、と画面いっぱいに映し出され、次いでリザルト画面が映った。そこには鹿島と思しき名前が分かりやすく表示され、全体のスコア2位と読み取れた。
「やったー!!!」
直後、絞り出したかのような掠れ声が室内に響いた。両の拳をめいいっぱい天井に向かって突き上げ、喜ぶ鹿島は上を向き、その時になって初めて俺と朱燈の存在に気がついたようで、おー、と掠れ声で鋼色の目を丸くしてヘッドフォンを取った。
「おーはよー。千ちゃん先輩、ティスちゃん先輩」
「今はもう午後四時回ってるけどな」
「ぇえー?っはははは。いやーまーさー。そんなことあるわけない——わけないじゃないですか。え、うそ。そんなにやってたんだろ、私」
珍しく乾いた笑い声をこぼす鹿島に、俺もアリスも目を丸くする。いつものぽやぽやした鹿島ではないようだった。
「そうか、鹿島。お前、疲れてんだな」
「そーだねー。はいはい。ゲームはここまでにしましょうねー」
涙ぐむ俺は鹿島の両肩に手を添えた。端でアリスが鹿島が握るコントローラーをそっと取り上げた。
「はへ?」
「なにか、ご飯でも作ろうか?あー、でも連休明けだから、冷蔵庫になんもないか」
「カップラーメンならあるんじゃない?」
「それだ!確か、宿直用のがあったはず」
きょとんとしている鹿島を他所に盛り上がって俺とアリスがわちゃわちゃとやっていると、続々と他の風化委員も室内に入ってきた。ホームルームが終わったか、それともサボり明けかは知らないが、部屋に入ってきた彼らは一様に眠たそうで、あくびまでかいているやつもいた。
疲れているのだから当然だ。この上俺達に何をやらせるつもりだ、とわめく人間は少なくはない。
さて、そんな折だ。ほぼ全員が、この場合謹慎している慎二を除いたメンバーという意味での全員が集まった頃、ガラッと委員会室の扉が開き、赤い炎髪のツインテールをなびかせた小柄な少女が入室してきた。
イリア・カスター・ルージュ。風紀委員会の絶対王者である。その供回りよろしく、相も変わらず九条燕先輩が3歩下がった位置に立っていた。
イリアが入ってきたことでそれまでの喧騒が止み、視線は彼女へ向けられた。鹿島だけは我関せずとばかりに俺が作ってやったカップラーメンをズルズルと啜っていた。
「全員いる?いないと話、始められないんだけど」
席に着くなり、ぶっきらぼうにイリアは言い放つ。俺を含め、風紀委員一同は互いに顔を見合わせ「いないやついる?」「いや、いない」と反語表現さながらのやり取りをアイズコンタクトで行った。
全員を代表して俺が前に立ち、いないみたい、イリアに告げた。それならいいわ、とイリアは返す。
「みんな、ゴールデンウィークの長期労働お疲れ様ー。労ったげるわー、ほんとにおつかれー」
イリアの賛辞に俺達は目を丸くした。言ってはなんだが、こういった謝辞や訓示とは縁遠い場所にいるのがイリアだ。他人の葬式で遺体を焼却炉に入れるのが手間だ、と言って自前の炎で炭にするのがイリアだ。
道徳精神や宗教的価値観はなく、自己欲求に正直な、ぶっちゃけノアの洪水前の人類なんじゃないか、と勘繰るような畜生であるはずのこの女が素直に賛辞を送る。
怪しい。怪しすぎる。
誰もがそう思っただろうことは背中から伝わってくる疑念の眼差しを確認するまでもなく明らかだ。俺達は静かに彼女の次の言葉を待った。
「そんな、お疲れ様で、仕事熱心なあんた達にあたしからのご褒美よ。明日からの三日間、風紀委員会の職務をしなくてもいいわ」
な、なに!?
一瞬、自分の耳を疑った。三日間、風紀委員会の仕事がない、という彼女の言葉はなぜか不思議とすんなり耳には入ってこないで、俺の耳の前をぐるぐると回っていたようにすら感じたほどだ。
だが、間違いようがない。そう、邪智暴虐、自由奔放、驚天動地の絶対王者の言葉を聞き間違えたり、聞き逃したりといったことはなかった。確かに室内にいた全員がイリアの言葉を聞き、そしてその意味を理解した。
「「「うぉおおおおおおおーー!!!!」」」
室内に感動の嵐が巻き起こったのは言うまでもなく、俺もその嵐の輪に混ざり、歓声をあげた。10日間のハードワークを思えばちょっと休みの日は少ないかもしれないが、それでも風紀委員会の仕事はしなくていいわけだ。それが何よりも嬉しかった。
だが、喜びも束の間、ふと疑問が脳裏をよぎった。単純に、俺達が風紀委員会の仕事をしないなら、誰がその役目を代行するんだろう、という素朴な疑問だ。
「部活練の自警団にまかせるわ。風紀委員みたいな逮捕権はないから、問題行動をしたやつをマークして、後日捕まえるって感じで」
「それって俺らが後日忙しくなるやつじゃん」
「そんくらいのリスクはあるわよ。まぁ、学校が始まったから、問題を起こす頻度も減るとは思うけどね」
それもそうだ。流石に日に50件とか100軒とか騒ぎが起こることもない。ホッとして胸を撫で下ろした。
——その直後だった。
俺はニタリと笑うイリアを見た。口角が天井に突き刺さりそうなくらい鋭角で、鋭利な笑みを浮かべるイリアを見た。
「——いやー。ほんと、みんなが喜んでくれてあたしも嬉しいわ。これで、話が本題に移せるんだもの」
「「「「えぇえ!????」」」」
「明日からの三日間、当番制であんた達には選挙管理委員会の護衛をしてもらうわ。より正確には選挙会場の警備だけどね」
一同の表情が凍りつく。俺も硬直した表情筋を戻すのにしばらくかかった。ただ唯一、九条燕先輩だけがニヤニヤしているイリアの隣でニコニコしていた。
「えー。大統領閣下。俺達は三日間の職務免除を受けられるという話ではなかったのでしょうか?」
「だから風紀委員会の職務は免除よ。これは生徒会からの委託業務、厳密には風紀委員会の仕事じゃないもの。だ・か・ら。免除の対象外よ」
「へ、屁理屈……!!」
「あたしだってやりたかないわよ。三日と言わず、テスト期間以外学校のなんて来たくないわよ。でも、仕方ないでしょ、生徒会長選挙なんだから」
生徒会長選挙。その言葉に凍りついていた俺達は全員、げぇ、と嫌そうな顔を浮かべた。イリアもイリアで嫌そうな顔を浮かべた。唯一、九条燕先輩だけがニコニコしていた。
「そーゆーことだから。明日からよろしくー」
クソが。
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