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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
Violence Fill the Hearth.
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Tragic Sunset

 「ふざけるな、学べ」ー〈十二騎士〉エリス・エアルトフ・フレイア

 『な、なんだぁ!!!何が起こった、何をした!!信じられません、フレイア2年生が円の外に!どういうことだ、どういうことですか、これは!!』


 実況席では相も変わらずキオが発狂していた。何が起こったんだ、と喚き散らす彼に呼応して観客達も我に帰ったようにざわめき始める。水を得た魚、あるいは土から顔を出したセミのように。


 まさかの事態に俺もちょっとだけ混乱していた。イリアも眉間に皺を寄せて「ぁあ?」とか唸っていた。他二人の風紀委員を見やれば、彼らもこちらに指示を仰いでいる様子だった。しょうがないな、と席を降り、イリアを連れ立って風紀委員らで合流した。


 「まず、勝敗について、どうする?」


 アリスの問いに俺は唸る。イリアも唸った。一番年下の慎二は何か言いたいことがあるのかそわそわした様子を見せていた。だから俺が何かあるのか、と聞くと慎二はあたふたした様子で「矢が見えたんです」と言った。


 「矢?矢ってアローの矢?」

 「アローヘッドの矢です、はい。フレイア先輩が攻撃を仕掛けている時、後ろの方から細い、オレンジ色の矢が飛んできたんです」


 おどおどした調子で慎二は説明する。彼の見たものが真実だとすれば完全なる妨害行為だ。このまま話し合っていても埒が明かない、と思って風紀委員会を代表して俺が彼女に、とても怖い顔で地面を睨みつけているエリスに駆け寄り、ちょっといいかな、と話しかけたところものすごく強い目力を返された。シンプルに恐ろしかった。


 それでも負けじと俺が矢のことを話すと、エリスはそんなこともあったかもしれんな、と語気を荒げて答えた。ふと視線を彼女の見つめている地面に向けてみると、校庭の芝生に小さな孔ができていた。ぶっきらぼうで、不親切なことこの上なかったが、彼女なりに自分の発言を裏付けようとしているのだとわかり、ありがとうと心からの感謝の言葉をかけた。


 「狙撃されたみたい」


 イリア達のところへ戻り、エリスの証言を話すと、ふーむと唸りながらイリアは実況席側、つまり校庭の北側を睨んだ。数にして百人以上、その中に容疑者がいるとすれば途方もないことだ。ひょっとしたらもう逃げたかもしれないが。


 「どうする?」

 「どうするって。中止よ、中止。クソッタレな横槍野郎のせいで、あたしの券も紙屑よ」


 中止って賭博の方かよ。そうじゃなくて俺が聞きたかったのは決闘の話なんだが。


 「そっちも中止。千乱、あんたはエリスに。アリス、あんたはグレイにそのこと伝えて。あたしは実況バカに言ってくるから」


 「はいはーい」「ラージャ」


 俺とアリスは交互に気の抜けた返事を返し、それぞれ言われた人物の元へ歩き出した。俺が再びエリスの前に現れた時、イリアの展開した魔術の円はすでに消え、吹き荒んだ様子のエリスだけが残っていた。


 「今日の決闘は中止だ。日を改めて、また行われることにする」

 「そうか。ご苦労なことだ。また、このようなお祭り騒ぎにするのか?」


 「そいつは先方と決めてくれ。俺達、風紀委員は立ち会うだけで、細かいあれやこれやを決めるのは本人同士だ」

 「随分と冷たいな。まぁいい。貴様の言うとおりではある」


 立ち上がり、ジロリと彼女は俺を見る。大きな海の淡いを映し取ったような碧眼が俺を捉え、引き込まれるようなもの凄みを感じた。本人にそに気がなかろうと、目力が強い人間に見られれば誰だって鳥肌が立つし、いらない警戒感を持ってしまう。実際、エリス独特の雰囲気を一身に受け、小心な俺の背骨はポッキリ折れてしまった。。


 とはいえ、納得していただけたのなら何よりだ。一番こういったことに拘泥しそうな人間が納得してくれたことに安堵しつつ、一方で納得してくれない人間、固辞し続ける人間のギャンギャンという声が当たりに響いた。


 「——だから、なんで中止なんだ!僕はちゃんと決闘に勝利したんだぞ?」

 「何らかの妨害行為が働いた可能性があると説明しているんですけど!」


 「それは?証拠はあるのか?まさか、そこの女の発言だけを踏まえてじゃないだろうな。お前らのお仲間が見たって?それで裏付けになるのか?え?」


 「納得いただけないのなら、後日また再戦をすればいいじゃないですか」


 辟易したようにアリスはため息を吐いている。ギャンギャンと躾のなっていない犬のように吠えるグレイを相手にするのが相当堪えたようだ。いつもは朗らかな笑みを浮かべて俺や慎二を困らせたり、食事に誘ったりする彼女はどこへやら、イリアみたく眉間に皺を寄せ、しかめ面を浮かべているのは彼女らしくなかった。


 助け舟を出すつもりで近づくと、グレイは今度は俺に詰め寄ってきた。話している内容はアリスに訴えていたこととそう変わらない。なんで中止なんだ、妨害の証拠を出せ、と話を聞かないマセガキのようにまくし立てる。俺達が審判であり、立会人であることを忘れて自分勝手なことばかり言うグレイの顔面にグーを叩き込んでやりたい衝動を抑え、どうにか納得してもらおうと思っていた矢先、俺の後ろでことの成り行きを見守っていたエリスが話の中に割って入ってきた。


 「グレイ、貴様何を興奮している。貴様がそんなに勝ちにこだわるのなら、再戦して己の力を示せばいいだけではないか。妨害があって勝利した、など言われて貴様は満足するのか?」


 「ミス・フレイア。妨害があったなんて言って自分の敗北を誤魔化そうとしているんじゃないか?僕に負けた事実を認めるのがそんなに怖いか?」


 「私は誰であれ、負ければ負けたことを認める。下らない言い訳をするほど生き汚くはないからな」


 「へぇ?じゃぁ、今の君はなんだって言うんだ?僕に負けたことを隠したくて妨害だ、なんて言ってきてるんじゃないか?」


 「最初に妨害があった、と言ったのは風紀委員会だ。私ではない。それともまさか、私が彼らを買収でもしてそう発言させたなどと言っているのではあるまいな?自慢ではないが、私の実家は貧乏だぞ?」


 マジかよ。貧乏なんだ。フレイア家と言えばドイツでもかなり長い歴史を持つ名家だと記憶しているがエリスの家ってそんなに貧乏だったのか。


 思わぬ真実に俺は目を丸くした。どうでもいいとばかりにアリスは肩をすくめた。グレイはうるさい、とばかりに地面を蹴り、エリスに詰め寄り彼女を糾弾した。糾弾というよりかは言いがかりに近い。とにかく聞くに耐えなかったので、イリアに合図を送り、シメてもいいか、と聞こうと思った矢先、エリスが踵を返して立ち去ろうとした。当然かもしれないが、彼女を追おうとグレイが足を一歩前に踏み出すと、彼の足元から雷が天に向かって舞い上がり、魔術的防御を一切していないグレイは呻いて大の字になって倒れた。


 「えぇえ」「うわ、怖っ」


 「そこの風紀委員、確か院内での許可のない魔術の使用は厳禁、だったな?」

 「え?あー厳禁ではなく、控えろ、だな。それで?俺はあんたを拘禁すればいいのか?」


 正確には風紀委員会が院生を拘禁するにはいくつかの手順が必要だ。風紀委員特権があるとはいえ、院生の自由を阻害する行為はそうそう認められるものではないからだ。


 「一応、保護観察処分を下すことはできるけど?それでいいか?」

 「ああ、構わん。ハエにたかられるよりかは気が楽だ」


 暗に足元で気絶しているグレイをハエよばわりするセンスは嫌いではない。わかったよ、と了解する旨を告げ、とりあえずはイリアのところまで着いてきてもらうことにした。幸いと言うべきか、エリスとグレイが言い争っている間に院生らはほとんど退散したようで、実況席跡で仁王立ちのまま立っているイリアの周りにはカメラを持っている慎二くらいしかいなかった。


 「さっきの雷なに?」

 「これがやった」

 「ああ、私がやった」


 はぁー、と盛大に大きなため息を吐き、イリアは片手で顔を覆う。心底呆れているのが見てわかる。わかりやすいyつだ。


 「とりあえず、エリス。あんたは今日から一週間、保護観察処分にさせてもらうわよ。喜びなさい!起床から就寝まできっちり監視してやるから!」


 「ああ、構わん。好きなだけ監視するがいい。その代わり」


 「はいはいわかってますとも。あんたの決闘に横槍入れた奴はちゃんと捕まえますよ。でもそんなに期待しないでよ?痕跡少ないから、見つかるかわかんないし」


 残っているのが何かが突き刺さった痕だけだからさもありなんといったところだ。もっとも、単なる愉快犯でもなければ明確にエリスを狙ったことになるわけで、今後も狙ってくるなら、確かに彼女を保護観察処分にする利はある。


 「院内は、アリス、いけるか?」

 「えー、あたし?まークラス同じだからいーけどさー」


 「寮までの監視は俺がやるからさ」

 「じゃーいーよ。いや、うーん。やっぱあたしも付き合うよ。千乱君一人だと勘違いされるかもじゃん?」


 確かに体が熟した男女二人が並んで歩いているというのは風聞が悪い。魔術師とはいえ、やはり院生は皆思春期の少年少女だ。下世話や猥談は好むだろうし、そういった話の肴にされるのは俺も本意じゃない。アリスがいてくれればただの学友三人に見える。


 いい判断だ。俺の気まずさを解消でき、気兼ねなく監視に専念できる。


 「じゃぁ、寮内ではイリアか?確か、寮同じだったよな?」

 「そうなるわね。今日のところはあたしが付きそうとして、明日からはあんた達二人がやるのよ、千乱、アリス」


 うぃーす、と気の抜けた返事を俺達は返す。ほんとにわかってるのかな、とイリアは怪訝そうに俺達を睨む。自分の信用のなさにはほとほと呆れてしまう限りだが、そんなに信用ならないだろうか。少なくとも仕事は真っ当にこなすぞ、俺は。


 などと言ってはみたが、よくよく考えてみれば俺らの誰かが決闘に注視していれば今頃、妨害クソ野郎もとっ捕まえていたのではないか?確かにイリアが俺達を信用できない、と言うのも理解できる気がする。


 「真面目にやるさ。仕事だからな」

 「そ。じゃ、とりあえず今日はもう解散でいいわ。エリス、あんたはあたしと一緒に帰るわよ」


 踵を返してイリアとエリスは校舎に戻っていく。俺とアリス、そして慎二もやることがなかったので、帰寮することにした。それが4月15日のこと。2028年4月15日の出来事だ。


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