Epilogue
「やっぱりBSS!BSSだ!!」
「いーや、竿役ネトラレ系だ!!」
「逆NTR、逆NTR!!!」
夜中、いつもの団欒室で俺達は議論を加熱させていた。議題は無論、不倫、不貞、そしてネトラレである。ここ最近の鬱憤、もとい勉強のストレスを発散するがごとく、猥談に花を咲かせることほど楽しいことはない。男であれ、女であれ盛り上がるトークというのは大抵アイドルの話か、猥談か、仕事の話か、死生観と相場が決まっている。
思うに、飲み会の席では難しい話は似合わない。例えばキャバクラとか合コンの席で歴史上の人物がどうこうとか、経済学がどうこうとか、学術的見解がどうこうとかいう話をするやつの話が面白いわけがない。酒の席、どんちゃん騒ぎしたい席では全会一致で楽しめる話題が好まれる。
つまり猥談!俺もアリスも島城も真面目な話をするほど博識でもなければ学者肌というわけでもない。バーカウンターでグラス一杯を傾けて美しく飲むのも好きではあるが、手当たり次第に食い散らかすのはもっと好きだ。
ベーコン、ウィンナー、チップス、なめろう、バッファローチキン、ポテトフライ!!
ジャンクでガーベッジ、高カロリーで低品質、安上がりで馬鹿舌御用達の庶民料理、だがそれがいい。馬鹿話をする時に高級フレンチとか懐石料理とかイタリアンなんて似合わない。いちいち食べる時に作法だなんだ、と求めてくる連中とは一生反りが合わないことはもう知っている。
「やっぱり、BSS。BSSこそ至高だろ!あの純情が崩れ去っていく瞬間はたまらなく心がキュッとなる。気管支が収縮するっていうのかな?どうしようもなくやるせなくなって心が沈むんだ!あの快感は忘れ難いとこがあるって!!」
「いーや、ネトラレはやっぱり竿役よ。竿役が性器の力で彼女を奪っていくんだ、それがいい!!」
「へ。男根の太さと硬さしか取り柄のない脳みそ潤滑油みたいな連中なんて芸術的じゃぁないね。あんなのレイプと変わらんだろ」
「逆NTR、逆NTR!!!」
酒が回って逆NTRと連呼するだけのボットと化しているアリスを他所に俺と島城は議論を白熱させていった。そもそもどうしてこんな汚ったない猥談をするようになったのだったか。
IQ3,000の俺の明敏なる黄金頭脳に記録された記憶によると、最初は事件解決の祝賀会を夜中にアリスとしていたはずだ。二人でちびちびと街で買ってきたそこそこお高いお酒を酌み交わしていたはずだ。
すべてが狂ったのは島城が酒と料理の匂いを嗅ぎつけて降りてきてからだ。そこから馬鹿話になった気がする。どんちゃん、ちゃんぽんと手当たり次第に酒の栓を抜いた気がする。吐く量ではなかったのがせめてもの救い、もとい自らの懐の寂しさに感謝することが来ようとはついぞ思いもよらなかった。
魔術師は酒に対して耐性が強い。ボット化しているアリスを除けば実は俺達はそれほど酔っていない。それでもなおこんな馬鹿話をしているのは今日までの勉強のストレスのせいだ。
「たっぷんたっぷんの女がなんだって草食系の上も下もちっさい奴に靡くんだ?やっぱり世の中おっきい方がいいんだよ!!」
「そうじゃない!!BSSがいいのはやがて恋に変わっていくことなんだ。BSSは純愛なんだよ!」
「じゃぁネトラレじゃねーだろ!!」
「本当だ!じゃぁやっぱりネトラレだ。奥手くんにとってはネトラレ!」
BSSのいい点は純愛もネトラレも両方楽しめる点だ。女の子にとっては純愛、奥手くんにとってはネトラレ、そして竿役にとってはレイプと三者三様の視点で楽しめる。つまり、BSSこそネトラレの至高!ただのNTRとはわけが違う。これぞ21世紀最高の芸術作品だ。
それがわからないのか、島城は竿役がいい、竿役がいい、と激しく連呼した。自分こそBSS物に出てきそうなイケメンサド教師っぽい見た目なのに、なんだって筋肉質な体育教師を目指すのだろうか。
試しにぱんぱんと島城の胸板の具合を確かめてみたが、まるで中身をシロアリに食われた木板みたいなスカスカ具合だ。ツェニータ先輩やアードォ先輩にとは遠く及ばないし、俺にすら届かないスカスカ具合だ。
昔、ロシアにいた頃に「Mono」というSNSのタイムラインに載っていた、裏垢系投稿者の投稿を思い出す筋肉のなさだ。プロフィールに180センチとか17センチとか書いてあったけど、画角と撮り方から見て、どう考えても170センチ前半しかなかったし、長さも良くて14センチという感じだった。つまり、そういう連中と似たような体格なのだ、島城は。身長は俺よりも高いけど。
「なんだよ、俺のおっぱい触り出して」
「はぁ。ぺらぺら」
「ぁああ!!??俺の逞しい大胸筋をペラペラだとぉ!!!???」
「逞しい大胸筋?なんのこと?」
ムキーと島城は歯軋りして俺につかみかかってきた。もちろん本気じゃない。俺の両肩を掴んで前後にわっさわっさと揺らしただけだ。そうやって揺らされていると、脳みそがだんだんと重くなってついには吐き気に変わってきた。
「おぇ、吐きそう」
「吐くんじゃないぞ、俺に吐くぎゃああああああ!!!!」
残念、ゲップだ。飛び退いた島城がびびらせやがって、と文句を言ってくるが、俺は最初からゲロを吐くなんて言ってはいない。つまり無罪、つまり起訴不可!
「俺は無実だ!!!」
「逆NTR、逆NTR!!!」
「——なぁ、千乱。いい加減にアリスちゃん眠らせね?」
「それもそうだな。おりゃ」
劉にやったのと同様に彼女の額をこづいた。すると糸が切れた人形のようにアリスはがくんとソファの上に崩れ去り、寝息を立て始めた。うるさいのが一人減って、少しだけ静かになった。
「じゃぁ猥談の続きを」
「——貴様ら、夜中に何をやっているんだ?」
不意に背筋に悪寒が走った。我に返って振り向くと、怪訝そうな表情でこちらを見ているエリスがいた。手にはランプがあり、その火は切れかかっていた。
「火の取り替えに、来た?」
「まぁ、そんなところだ。そうしたら一階の方から馬鹿どもの声がしてな。全く、今何時だと思っているんだ?」
「えーっと11時?」
「PMの方の」
そういうことだ、とエリスはがっかりした様子で団欒室に置かれている棚の中から油の入った瓶を取り出し、移し替え作業を始めた。彼女が作業をしている間、俺達は沈黙を貫いた。食べ残しのチキンとかベーコンとかサラダとかを食うくらいはしたが、言葉に関しては一切発さなかった。
それは沈黙を強いられる拷問だった。さっきまでお酒が入って上機嫌になっていただけに口の中を満たす唾液と溶けた旨みが全く感じられないくらい居心地が悪かった。喧嘩の後に飯を食えるほど神経が図太いわけでもなかったので、食えているのが不思議なくらい、食堂が閉じていた。
「なんだ、貴様ら。さっきの馬鹿話は続けないのか?」
「えーっと。俺達は、はい!今は食事を楽しんでるんです!」
作業を終えたエリスはこちらの食卓を覗き込む時、不思議そうな顔をしていた。誰のせいで黙ったと思っているんだろうか。
「まぁなんにせよ。深酒はしすぎるなよ?明後日には試験だろう?また二日酔いになどなっても知らんぞ」
それだけを言い残してエリスは三階の自室へと上がって行った。エリスが消え、再び猥談でも話すか、と思ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。有体に言えばもう熱が冷めていた。猥談熱が冷めていた。
「あー、なんか。ぼそぼそしてんな」
「冷めてるからな。レンジは、ないんだった」
「——そーいや、劉廉羽を捕まえたらしいな、すごいじゃん」
ナゲットを取ろうとした手がその言葉で止まった。視線だけ見上げてみると薄暗いせいで島城の口元しか見えなかった。笑っていた。
なんでそのことを、と聞こうと思ったが、島城が新聞部所属であることを踏まえればおかしくはない。問題は新聞部で他にこのことを知っているかだが、島城の口ぶりからしてその可能性が濃厚だ。そうでなければ「らしいな」なんて婉曲的な物言いにはならない。
「捕まえたのは俺じゃなくて慎二さ。俺じゃなくて慎二が劉を捕まえたんだ」
実際、それは正しい。劉の受けた傷を考えれば、俺と戦った時にはすでにボロボロだったはずだ。あの魔術式はあくまで外見を変化させるだけで傷を回復させるわけじゃないだろうから。
島城はそのことを知らないからフーンとだけこぼした。きっと信じていないのだろう。もしくは興味がないのかもしれない。事実は時に小説より奇なり。真実にリアリティがないことは往々にしてある。
「島城もサンキューな。アレはヒントだったんだな」
「アレって?」
「この件は調べられないってやつ。あれは俺に今回の事件の黒幕が劉だと暗に教えていたのだろう?」
もっとも、IQ4,000の我が黄金頭脳を以てしてもその意図には今の今まで気づけなかったから、島城にしてみれば無駄骨だったことだろう。すいません、と伏して詫びたい気分にさせられる。
「別に礼なんていいさ。ただ」
言い淀む島城は何かを誤魔化すように冷めたポテトフライに手を伸ばした。某ハンバーガーショップで出されるくらいの塩加減で揚げられたそれは自分で言うのも何だがかなりの出来だと自負している。
島城はそれを口へ運び一言、モサモサしてるな、と言った。冷めたポテトなんてそんなものだ。むしろ正常と言える。冷めても塩味ならそこそこ食えると思ってしまうのは貧乏舌だからだろうか。
「このポテトみたいに、冷めた話題だったからもういいかなって思っただけなんだよ」
「ああ、そういう。なら自分で告発すればよかったじゃん」
「ばっか。それじゃ劇にならねーだろ」
「あんまり気取るなよ?気取りすぎていつの間にか自分が舞台に上がってる、なんてこともあるかもしれねーぜ?」
俺は根っからの舞台役者だから別にそれでもいいが、文屋だの専門家だのはいつも自分は舞台に上がらないで物語を見ている気分でいる。自分達の足元を一回と言わず、何回も確認してちゃんとそこが観客席であるかを確認するべきだ。文句を垂れるやつほど三文役者なことが多いのだから、いざ舞台に上がったら炎上不可避に違いない。
滑稽な喜劇も楽しくはある。色欲にまみれた心中物語も芸術点が高い。のどかな春先に似合う小っ恥ずかしく甘酸っぱい恋物語も素晴らしい。だが、やはり俺は後腐れのないすっきりとした王道物語が好きだ。誰の思惑も絡んでいないヒロイックなストーリーが大好きだ。
島城はそれを汚した。慎二の物語なんて望んではいなかった。さながら小学生がカブトムシ合戦をするように、俺と劉の一騎打ちを期待していたはずだ。
だが現実は慎二の物語だった。俺と劉の戦いなど、とってつけたような余興、エキシビジョンマッチにすぎない。あってもなくても変わらない。あの時点で慎二は劉に勝っていたし、劉は慎二を恐れ立てずにいた。
「あの時、慎二はお前の物語を食ったんだ。お前の意図を超えて」
「そういう物語は、好きじゃないな。俺は成り行き任せの三文作家だけど、見たいシーンくらいはあるんだぜ?」
「じゃぁこれはアレだ。ネトラレだ。ネトラレってのは不確実性の産物、思い描いていた薔薇色の人生を砕くドス黒い徒花だ」
島城にしてみれば面白くない結果だろう。俺は俺ですっきりしているから、言うことはないが内情を聞かされた彼からすれば「あーつまんね」と思っているかもしれない。カブトムシ合戦をしているつもりが、途中から割り込んできたヒメクワガタに全部を持っていかれたのだから。
まさしくこれぞネトラレ、相手の思惑をくじくことこそ人々が思い描く最高のエンターテイメントだ。確実なものなど何が楽しかろうか。明日の展望を思い描くでもなく、流れに身を任せるでもなく、今この瞬間に目の前に現れた光景こそが心の奥底から見たかった光景なのだ。
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祝・第二章完結!
どうだったでしょうか。全体的にかなり汚い話だったかと思います。
次回投稿は未定です。




