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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
Violence Fill the Hearth.
3/72

War and Thunder

 「ディーフェンス、ディーフェンス」ー〈風紀委員長〉イリア・カスター・ルージュ

 放課後、第三校庭に人だかりができていることを確認し、俺がその中をうろうろしていると突然誰かが後ろから俺の袖口を引っ張った。体勢が崩れて少しだけ仰け反り、文句の一つでも言おうと振り返ると見慣れた赤髪がはためいていた。


 赤髪赤眼の小柄な彼女、体躯は細く、体の出っ張っているはずの部分はすこぶる細く、誇らしいものなど何一つない。ウェストが細いこと、多少太ももがもっちりしていることくらいしか褒めるところがない残念な貧相ボディのイリアは何遊んでのよ、とでも言いたげな不快感丸出しのいつもの表情で俺を睨み、袖口を掴んだまま観衆の人だかりの一角に設けられたチェアアンパイアの座る足高椅子が二つ並んでいるエリアに俺を連れてきた。その周りだけは楕円状のスペースが空いていて、設営にあたってイリアか誰かが観客を退けたのだろうことが伺い知れる。


 椅子に登ってみるとかなりの高さで決闘の舞台となる第三校庭の中心部の芝生を一望できるだけではなく、東側に見える第二校庭も体をひねれば一部が見えた。だがメインステージはやはり第三校庭だ。見渡してみれば、院の校舎に程近い場所には他が立ち見なのに、テーブルと机が置かれ、そして他よりも高い位置にベランダ席、あるいは貴賓席のような一角が設営されていた。風紀委員会はそんな面倒な設営はしないので、恐らくは工務部か製造部のどちらかが金持ちな院生の誰かから金を受け取って設けたに違いない。


 決闘が終われば撤去することになるだろうが、果たして穏便にいくだろうか。工務部と製造部は建築の悪魔に魂を売った連中だ。撤去します、と言って魔術戦にならなかった試しがないから、今から決闘後が心配すぎる。


 「ま、そんな気落ちしないでよ。ほら、あっちはあっちで火種がいっぱいよ?」


 えーと思い視線を北側に向けてみると、巨大なオッズ表が建てられていた。野球の得点を書き込んだりする黒板にバイするサイズのバカみたいな大きさのオッズ表には勝ち負けの他に何分保つか、とか、何回の攻撃勝負が決するか、といった細かい枠が設けられ、オッズ表の近くではしきりにブックメーカー役の院生が賭け事に周りの生徒を誘っていた。


 院内の規則で賭け事を規制するものはない。院生の生活費を稼ぐ場としても用いられているし、単なる娯楽としてみる場合でも十二分に機能をするからだ。賭博行為規定管理運用委員会なる仰々しい名前の委員会を設置して、そこに予算を出し、賭博行為を管理させなくてはならないほど、当時としては深刻な問題だったことが窺い知れ得る。下手に規制して、暗部でやられるよりかは眼に見える位置に置いて、管理しやすくしよう、というジレンマを感じさせる話だ。


 そんなオッズ表から少し第三校庭の中心部に近づいた、舞台と観衆の際のような位置を見れば、全身傷だらけの院生がマイクの整備をしていた。髪の色は紺色、後ろで束ねたそれは長いポニーテールを作り、広がった先端部をさらにもう一度結んでいた。左腕を吊っているせいで随分と設営には苦労しているが、どうにか設営を終わらせたようで、あーあーという声が校庭の随所に設置されたスピーカーから漏れた。


 「えーえーえー。あーあーあー。いろはにほへどちりぬるを。聞こえますかー、聞こえますねー」


 気の抜けた声で放送部のエースにして無類の決闘狂い、キオ・ツェールシュカはマイクに語りかける。ちょうどその頃、予定の時刻に達したのか、校庭中の生徒がどっと湧き上がり、俺やイリアがいる東側と西側の観客がそれぞれ左右に引いていった。


 できあがった道を行くのは二人の院生、エリス・エアルトフ・フレイアとグレイ・サーデラの二人だ。


 エリスはゲルマン人らしい白い肌に碧眼、小さい鼻と端正な顔立ちをしていて、ドイツ系としては比較的珍しい紺色の髪色をしている。彼女は髪の一部を緋色に染めていて、三つ編みを編んでいる髪の毛もあったりした。瞳は鋭く、どこまでも澄んでいて、まるで碧洋のような深みを感じさせる。


 外見的神聖さという点で言えばまさに、騎士あるいは清廉な乙女という印象は拭えない。それを後押しするようにその高潔さは院内の多くに知れ渡るところであり、本来の風紀委員長より、よほど風紀委員長らしいともっぱらの評判だ。ちなみに本来の風紀委員長は俺を迎えにくる前に買ったと思しき投票券を握りしめていた。


 代わって、グレイは灰色のボサボサの髪の男で、顔立ちもこれといって褒めるところはない。瞳は青く、肌はエリスと同じくらいかそれ以上に白い。猫背で、ガニ股。すたりすたりと姿勢良く歩くエリスに対してグレイはどこまでもとぼとぼと国立入試に落ちた受験生でももう少しマシな格好であるくものだろうに、ひどく悪い姿勢で校庭の中央部まで歩いてきた。


 外見が必ずしも性格を表すというわけではないが、グレイについて俺はいい噂を聞かない。いつも校舎の裏側にある、つまり第三校庭を抜けて北側に歩いていくとたどり着く研究棟にこもっているという話だし、何よりこいつは過去に二度に渡ってエリスに決闘を仕掛け、いずれも負けている。正直な話をすればどうせ負けるんだからやめてくれよ、と言ってやりたい。ひどく冷たいことかもしれないが、カマキリがラーテルに挑んで勝てるわけもないんだから、俺らの仕事を増やすなと言ってやりたい。


 まぁ、その点で言えばエリスもエリスだ。彼女が承諾しなければそもそも決闘はできない。グレイがストーカーのように粘着すれば、それこそ彼女は大義名分を得てグレイを吹っ飛ばせる。そうなったら俺達風紀委員も事務的に処理できてこうやって現場に出張ってくることもない。


 あーあー、と言いたくなるが結局は彼女の決断だ。俺やイリア、他の風紀委員は文句こそ言えど、規則に逆らえるわけもない。係争調停委員会がハンコを押せば、はいはい、と粛々と業務を行うことしかできない。そういえば、とふと疑問に思ったことがあったのでイリアに聞いてみた。


 「今日の決闘方式ってなに?」

 「え?あー。言ってなかったか。エジプト式よ、エジプト式」


 なるほどなー。


 決闘の方式は場合によって変わってくる。ガチガチの殴り合いはNGなので、決闘をする際はあらかじめ双方の納得がいく形でルールを決める。射的や馬術、フェンシング、テストの点数、果てはかけっ子、水が入ったコップの中身をできるだけこぼさず全力疾走など、とにかく勝ち負けがはっきりできるものであればなんでも構わない。魔術を使おうが、使うまいがどちらでも構わないのだ。


 今回の決闘方式はエジプト式対抗訓練と呼ばれるもので、端的に言えば魔術で作った円の中から相手を押し出せば勝ち、というシンプルなルールだ。押し出す方法はなんでもいい。魔術での攻撃でもいいし、事前に申請してくれれば銃火器の使用も許可される。もちろん、決闘する二人以外の攻撃はルール違反だ。


 二人が校庭の中央部で対峙したところで、イリアが足高椅子から飛び降り、スタスタと二人の元へと走っていった。その間に俺は対面に、つまり西側に俺と同じように座っている風紀委員、アリスティス・サックフェルトに準備はいいか、と合図を出す。返信が返ってきたところで次に実況席の近くで腰を屈めているもう一人の風紀委員、二堂 慎二にも合図を送った。双方から準備OKと返事が返ってきたところで、イリアはエリスとグレイの二人を十メートルほど離し、双方の足元に半径1メートルほどの正円を魔術で刻んだ。


 準備が完了して、イリアが席に戻る中、何やらエリスとグレイが喋っているようだった。ここからだと何を離しているかは聞こえないし、唇を読むことも難しかったが、俺の正面にあるグレイの表情を見る限り、顔を真っ赤にするようなことを言われたのだろう。いい気味だ。


 「顔、ニヤついててキモいんだけど」

 「え、マジ?いやだいやだ」


 俺がニヤついている顔を直している中、イリアは開始の号砲を高らかに天に向かって放った。

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