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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
Violence Fill the Hearth.
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Far East Paradise

 「タダ働きとは労働力の搾取ではなく、人権の剥奪だ」ー〈風紀委員〉茨城 千乱

 昼休み、人間は自然と微睡みの中に沈むという。


 二限が終わり昼休みに入った頃、教室の窓際の席で唐突な眠気に襲われ、俺はまどろんでいた。心地よい春の陽気、寒すぎず、ほのかな暖かを感じさせる優しい陽光を浴びて暖かくなった机の上につっぷしていることのなんと気分のいいことだろうか。日干しをしたシーツに包まれているようだ。


 昼休みの教室はガヤガヤと騒がしくなることもなく、大抵の生徒は一階のカフェテリアに走るから、一部の弁当を持ってきた人間や、カフェテリアから追い出された人間しかいないから大変眠るのにちょうどいい時間だ。ぐるりと周りを見回して見ても、俺の他には四、五人しか教室にはいない。これが三限が近づくと途端にうるさくなるから、昼ごはんなどというものは畢竟、さっさと酸の海に沈めて午後の授業に備えるために寝るに限る。


 学徒の本文は勉学に励むことだ。決して授業中に爆睡したり、眠気覚ましのためにトイレに立つことではないのだから、こうして休み時間にしっかりと英気を養っておくべきなのだ。特に俺のような集中力散漫な人間は休み時間を有効活用して、眠気を払拭せねばならない。


 「せんらー、いるー?」


 だから例え自分の上司が教室を訪ねてきても聞こえないふりをするし、寝ているふりをするし、顔だって多少眩しいことを我慢して窓の方向へ向ける。まどろみや眠気なんて彼女の声を聞いただけで吹っ飛んでしまったが、必死に眠ろうと楽しい思い出を頭の中で巡らせてうーうーと唸っていると、不意に額と後頭部にゴツゴツとした何かが当てられ、俺が目を開いた瞬間それはゴリゴリと力強く俺の脳みそに障害を起こそうとしてきた。ギャー、と悲鳴を上げてもがくとさらに俺の頭蓋に攻撃を仕掛けてきた。


 やめてくれ、と懇願するとようやく彼女は俺の額と後頭部から手を離し、ふん、と苛立ったように鼻息を吹き出した。普段からしかめっ面だったが、より一層眉間に寄ったしわを濃くして彼女は俺を睨みつける。犯罪者でも見るかのような侮蔑の混じった目に不思議と俺の首筋に快感が走った。


 「なんだよ、イリア」


 この学院の風紀委員会委員長である赤髪ツインテールの少女、イリア・カスター・ルージュはふてくされた表情で俺の下腹部をゲシゲシと両手を使って執拗に小突くいてくる。別に痛くはないが、理由もなく小突かれていい気分はしない。なんだ、なんだ、と連呼すると、なんだじゃない、と彼女は両手の人差し指をを俺に向けるとその先端に火を灯し、同時に左右の腸骨のあたりに突き刺した。


 制服が焦げない程度に加減してくれているとはいえ、熱は熱だ。高熱だ。ギャンとうめき、床の上に突っ伏す俺を足蹴に彼女は勝ち誇った様子で、ない胸を張った。


 「ったく、あたしにいらない魔術使わせんじゃないわよ。このバカ」

 「勝手に使ったのはそっちゃちゃちゃちゃ痛い痛い、頭皮剥がれちゃう!!」


 少しでも反論すると彼女のはただ俺の頭を踏むのではなく、ローファーの擦れた靴底を大根おろしをおろし金で作るようにゴシゴシと俺の頭頂部で前後に動かした。ただでさえ男子高校生の毛根は貴重だというのに、頭皮ごと剥がそうとしてくるなどサディズム極まる。鞭や貞操帯やら焦らしプレイやらで男性の尊厳を踏み躙るのと同レベルの蛮行だ。


 ひとしきり俺を痛ぶってすっきりしたのか、イリアは恍惚とした様子ではぁはぁと怪しげな息をこぼした。おもむろに俺を立たせ、彼女は本来の目的を忘れた様子で、次はなどとほざきやがった。ため息が自然とこぼれ、折檻されることを承知で俺は「何か用があったんじゃないの」と聞いた。俺に言われるまでやはりすっかり忘れていたのか、ああそういえば、となどと言ってイリアはポンと手のひらの上で拳を叩いた。


 「今日の放課後、時間ある?あるって言え」

 「強制じゃん。で、なに?」


 「決闘よ、決闘。決闘の立会人。実は立会人やるはずだった子が今日になって風邪で寝込んじゃってさ。欠員一名ってわけ。規則上、立会人は四人必要だからさ。あんた、暇なんでしょ?出てよ、風紀委員として」


 俺の右手に付いている腕章を指さしてイリアは命令する。面倒だな、と思ったが、それを口に出せば今度はローファーの先端が顔面に跳びかねない。これ以上蹴られるのは痛くないにしてもごめんだし、そもそも断る理由もなかったので、俺は首を縦に振った。


 イリアは喜びも笑顔も浮かべず、ただ一言「よろしい」と言った。それが彼女の中では当然で、俺はそれに抗う術がなかった。


 「そういや、誰と誰が決闘するんだ?決闘なんてシステム使うくらいだから、さぞかしプライド高い奴同士が戦うんだろ?」


 この学院における決闘とはそういうものだ。そもそもプライドもへったくれもない奴らは平気で闇討ちを仕掛けてくるし、その度に現場に駆り出される身としては決闘という形で双方が納得するなら願ったり叶ったりだ。イリアも同じ気持ちか、そうね、と前置きして彼女は今日の放課後に行われる決闘の対戦相手のことを俺に話した。


 「戦うのは遠海魔術学院(うち)の十二騎士。序列5位のエリス・エアルトフ・フレイアと序列8位のグレイ・サーデラ。って、あんた少しは院内掲示板でも見れば?昨日告知されて、朝からこの話題で持ちきりよ?」


 そういえばそんな話を友人である島城が言っていた気がする。いやーシャッターチャンス、シャッターチャンスと連呼していたっけ。自分には関係のないことだったし、勝敗なんて最初から決しているから興味もなく聞き流していた。


 「ったく。ま、そういうわけだから。あ、そうそう。場所は第三校庭ね」


 あいあいさー、と気の抜けた返事を返し、イリアが教室から消えたことを確認して、俺ははぁ、と盛大に大きなため息を吐いた。ただでさえ目立つ人間がただでさえ目立つ行動をしていったせいで、教室内の全員が俺に視線を向けていた。さながら新宿駅東口でぱっぱらぴーな政治集会をする、自称革新派(リベラリスト)気取りのネイティビストを見る一般通行人のような目だ。


 見んな、見んなと彼らを追い払いながら、俺は放課後に行われる決闘について考えた。


 決闘。そんな時代錯誤甚だしい行事がこの遠海魔術学院では平気で行われている。ひどく前時代的、ヴィクトリア王朝期のプライベートなボーディングスクールか何かと勘違いしてるんじゃないかってくらい時代にそぐわない制度である。それもこれもこの院の、引いてはこの島の住人が一分の例外もなく魔術師なんていうエベレスト並みに高い自尊心と凝り固まった観念に囚われた自称、神秘の探究者だからだ。


 ——魔術師。その単語を聞いて、とんがり帽子を被り、だぶだぶのローブを羽織り、箒に跨って、日曜の夜にサバトに興じ、杖で魔法を使う姿を想像するかもしれないが、現実は見ての通り、とんがり帽子だって被らないし、ローブじゃなくて着ているのは院の制服だし、箒に跨らないし、サバトなんてやったかこともないし、そもそも杖を使わずとも魔術が使える。


 畢竟、魔術師なんて奴らはせいぜいが少年漫画の超能力者程度のメンタリティしか持たないし、彼ら自身が僭称しているほど崇高な存在でもない。ただ目的が崇高だから一人歩きしているせいで、自分達を素晴らしいものに思えてしまう現象、ある種の幻想病のようなものだ。彼らの本質は革命に燃える反知性主義の奴らや、愛国精神で暴走する軍属となんら変わらない。それは俺も含めてだ。


 魔術師が探究するもの、それは総じて魔術の研究と目されている。魔術について細かく説明すると面倒臭いが、要は神の奇蹟を再現しようとしたもの、世界の神秘を探究する方法とでも考えてもらえばいい。本質の部分においては科学となんら変わらない。


 もっとも、科学の部分では説明できない部分が魔術にはあるから、厳密には違う。魔術の中には時間停止や時間遡行、空間の切断などもあるが、それは科学では説明できない余剰領域だ。詰まるところ、魔術とはこの世界の科学で説明できること、やれることの他に科学では説明できないこと、やれないことも網羅している万能の学問ということになる。そりゃ、魔術師が鼻をピノキオかトーマス・ウェダーズばりに高くするというもので、彼らの倫理観や価値観は19世紀で止まってしまっているのもむべなるかな、といったところだろう。


 だからってなぁ、とは思う。闇討ちで決着を付けるよりかは公の場で決着をつけて白黒はっきりしてくれた方が公僕の俺としては楽だ。でも本音を漏らしてしまえば、もっと平和的に解決して欲しかった。具体的には院生裁判とかで決着を付けてほしかった。文句なんて時間が経てば経つほど湧き水のようにダラダラと出てくる。その都度、陰鬱レベルが指数関数的にどんどん急上昇していた。


 陰鬱な気分では授業など受けられようはずもない。その日の三限の授業は結局、話半分程度にしか聞いていなかったし、四限に至ってはほぼ爆睡していた。そして眠気も覚めやらぬまま、その日の放課後を俺は迎えた。


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