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双華のディヴィーナ《地獄篇》  作者: 賀田 希道
Violence Fill the Hearth.
17/72

Code massacre

 「千乱、少し太ったかい?」ー〈五人目の詩人〉王李偉

 王李偉(ワンリーウェイ)と俺の因縁が深いのかと聞かれれば実際のところ、そんなことはなく、むしろ関係で言えばたまたま同じ組になった自動車免許の夏季合宿程度の付き合いである。関係としては名前と性別と人種と人柄を多少知っているにとどまり、そこに至る人格形成の過程だとか、秘めたる凄惨な過去だとか、技巧の数々だとかについては全くと言っていいほど知らない。


 まして渋谷や原宿で真昼間から下半身を露出して、がま口もあっちの口もガバガバにしている男女の間柄じゃないんだから、気軽に彼を李偉(リーウェイ)と呼ぶような間柄でもない。せいぜいがフルネーム、ひどい時には「おいゴミ野郎」と呼んでいたこともある。島城を頑なに島城と呼ぶように、彼に対する信頼はゼロだ。ただその残忍性と魔術師としての力量は信用している。そしてそのいずれにおいても奴は今の俺を上回っている。


 さっきまでの攻防を振り返ればその事実は明白だ。俺は奴が魔術を使うタイミングがわからなかった。俺は奴の間合いに中々踏み込めなかった。いずれも自分より上級者でなければ起こり得ないことだ。


 ここまで奮闘できたのは一重に奴が鎧を着ていたからにすぎない。鎧を脱ぎ去り、身軽になった人間が野猿のように駆け回れるように今の奴は足枷一つない。左足の怪我など微々たるもの、足にヒビが入っても動き続けられる俺が保証しよう。俺程度が痛みを我慢できるなら、足枷のない王李偉が我慢できない道理などないのだから。


 戦うことは必定、勝利する確率は確実低い。魔術、格闘術共に俺は王李偉に圧倒的に劣っている。研鑽の重み、それが違うからだ。だからできるだけ延命しようと、心にもない疑問を俺は王李偉に投げかけた。


 「戦う前に一つ聞いていいか?さっきの投影魔術、アレはどういう原理なんだ?」


 心にもない、と言ったがアレだけはどうしても気になる。それに比べればどうしてエリスを殺そうとしているか、なんて動機の確認は瑣末ごとだ。動機があれば殺意が揺らぐなんてことはないし、エリスを殺そうとした時点で抹殺確定だ。


 俺の疑問に王李偉は肩をすくめてしらばっくれる。そりゃそうだ。自分の切り札だろう魔術についてホイホイと殺せる確証もない相手に話すバカはいない。エリスくらいなものだ、そんな物好きは。


 「じゃぁこれは?なんでエリスを狙っているんだ?」


 仕方なく、瑣末ごとについて聞いてみる。答えてはくれないかもしれないが、会話がない人生というのも味気ないものだ。意外にも王李偉は俺の質問に答えてくれた。案外、その理由を聞かせることが目的だったのかもしれない。


 「彼女はね、危険因子なんだ。僕らの組織『五番目の詩人(ウェルギリウス)』の悲願を砕きかねないほどのね」

 「お得意の予言か?だとしたら随分と時代遅れだな。未だに紀元前5世紀のスパルタにでも住んでんのか?」


 東欧、及び地中海世界で最大の勢力を誇る魔術結社「五番目の詩人」。王李偉が所属している結社の上層部は重要ごとの選択の際、予言を用いる。わかりやすく言えば「300(スリーハンドレッド)」の巫女だ。あのエロいお姉さんみたいなトランス状態の薬漬けセクシーガールの肌をダニのように這いずり回って、彼らは神託を得た、と言って方針を決めるのだ。


 ただ、その予言というのは不正確であることが多い。俺自身、予言の的になったからわかる話だが、かなり的外れなことを言っていた。予言を残した巫女曰く、俺はいずれ世界の命運を握る伝道者に反旗を翻すらしい。全くふざけた話だ。しかもいずれ、そういずれだ。何年何月何日に、ではなく、いずれ。全く素晴らしい予言もあったものだ。クソだな、と言いたい。


 「外側の君からすればそうかもしれないがね。僕らはその予言に従ってここまで来た。なら、それを信じるのは当然だろう?」


 「ふざけろ。そんなよくわかんない予言でティーンを殺されてたまるか。容赦無く殺すぞ、おい」


 殺すぞ、と凄んでみたはいいが、殺す手段がない。相手が幸いにも投影魔術の鎧を脱いでくれたから攻撃は通るようになったが、それでフェアプレイなど呼べるべくもない。草野球の打者相手にメジャーリーグのmvp投手が本気の豪速球を投げる試合をフェアプレイなど呼べないだろう?


 一瞬の沈黙。それは違いに話すことがなくなったことを意味する。王李偉に対する有効な手立ても思い浮かばないまま、再び戦いの火蓋が切って落とされた。ジャンジャカジャン!


 先に動いたのは俺だった。ダッシュで王李偉に近づき、その顎にアッパーを入れようと試みた。対して王李偉は俺の拳を受け止め、そればかりか引き込み、ガラ空きになった俺の腹部めがけて膝蹴りを入れた。反射的に左足を挟んで防御したが、衝撃たるや想像を絶する物だった。まるで山か川でも落とされたかのように重撃が襲い、たまらず痛みのあまり苦痛の呻きがこぼれた。


 「ははははは。いい声だ。君もそんな声を、つぅ!」


 俺の手刀が奴の首筋を掠めた。直後、一筋の赤い線が野郎の白い肌に浮き上がり、シューと鳴きながら飛沫を上げた。


 「お前もそんな舌打ちまがいの声を上げんだな?」


 苦し紛れの挑発、左足は完全に死んでいるせいで負け犬の遠吠えにしか聞こえないのが悲しいところだ。左足のすねは折れているなんてものじゃない。粉砕されている。今は治せない傷ではないが、あまりこのまま時間をかけすぎると痣が膨れ上がって治せない傷になりかねない。


 窮鼠猫を嚙むということわざがあるが、噛んだだけで猫が撤退するわけもない。俺が首に傷を付けただけで王李偉が撤退するわけもない。だがどういうわけか、潰れたアブラムシのように地べたを這いずり回っている俺を王李偉は追撃しようとはしてこなかった。代わりに彼は傷口に手を当て、不思議そうに首をひねっていた。


 「ふむ、これは。どういうことだ?」


 すでに血は止まっているのに王李偉は動こうとしない。濡れた赤い手指を見て自分の手のひらに手刀を切っていた。まじないか何かか?それとも手妻か?


 「どういうこと、かな?どうやって僕の肌に切り傷を?」

 「ぁあ?切られるのは初めてか?」


 煽ってみるが音沙汰ない。そういうわけじゃないが、と不思議そうに王李偉は自分の手首に手刀を下ろす。


 「どうやらちょっと計算が狂ったようだ。喜べ、千乱。僕は手を引こう」

 「何言ってんだ?」


 本当に何を言っているんだ?傷一つで撤退なんて西洋の殿様貴族じゃあるまいし。言葉の裏を読むべきか、何らかの策略を疑うべきか。とにかく字面通りに受け取るべきじゃない。


 「信じる信じないは君の勝手さ。とにかく、僕はもう手を引く。ただ、ふふ。もう一人の方はどうなるかな?」


 野郎は不適に笑い、鼻歌交じりに部屋を出ていった。それは立つ鳥跡を濁さず、ただ狩人を残すと言わんばかりに鮮やか、機敏に。


 脅威が去ったと見るべきか。それとも新たな厄介ごとが増えたと見るべきか。とにかくまずは状況を知らせなくては。


 左足を凍らせ、一応の応急処置をして廃棄棟を出たのはちょうどそれか三分後、ぶっちゃけ階段とか降りるのが面倒だったので窓から飛び降りた。着地と同時に受け身を取れば高さ三階からの落下でも足を挫くことはない。魔術師ならここで魔術でも使って落下の衝撃を緩和するんだろうが、俺には必要ない。


 びっこを引きずってどうにか風紀委員室までたどり着いた時、俺を出迎えたのは珍しく風紀委員室で仕事をしている九条燕(くじょうえん)先輩だった。先輩は珍しくボロボロの俺を見て何を思ったのか、何も言わずにソファに座るように促すと薬品棚から持ってきた鈍色の液体を俺の腫れ上がった脛部にダバダバとかけ始めた。液体をかけられた場所から痣がみるみる内に引いていき、それをハンドクリームのように伸ばしていくと見かけ上の傷は完全に消えた。


 魔女の秘薬、そんな名前もあるかもしれないが、実際のところは単なる応急手当て用の試薬でしかない。一時的に腫れと痛みを引かせる程度の代物で、一時間もすれば再び傷も痛みもぶり返してしまう。それくらいにはどうしようもない代物だ。


 「それで、どうだったんです?無事に犯人は捕まえました?」


 「逃げられました。それよりも先輩。今、アリスってどこにいるかわかります?」

 「寮の方向ではないのですか?ああ、そういえば彼女は今、フレイアちゃんの監視任務をしてるんでしたか。ちょっと待っててください」


 言うが早いか先輩は我関せずとばかりに液晶テレビを食い入るように見ている、つまりゲームに没頭している鹿島の首根っこを掴むと、彼女からゲーム機を取り上げてしまった。あー、とやる気のない声をあげる鹿島をズルズルと引きずってきて彼女はソファの上に横になっている俺目掛けて投げてよこした。鹿島の身長は141センチ。体重は40キロもない。投げてよこされた彼女を受け止めるのにさほどの労力を費やすことはなかった。二日前に体を洗ったからか、多少は芳香も控えめだ。臭いことに変わりはないが。


 「些々ちゃん、占いなさい」

 「えんちゃん先輩、こわーい。せんちゃん先輩たすけてー」


 普段は死んでも演じないぶりっ子キャラを演じるあたり、鹿島がビクついている証拠だ。それはそうと俺は抱き抱えていた彼女を抱えたまま起き上がり、左右のこめかみに拳を当てるとグリグリと無言で押し付けた。痛がる彼女は非力な細腕で俺の両手首を握るが、引きこもり&不下校児系ゲーマーの彼女の力で取れるものでもない。ぎゃーぎゃーといつもは絶対に出さない悲鳴を散々上げて鹿島は渋々、九条燕先輩の言う通りに占いの準備をし始めた。


 鹿島の占いというのはいわゆる石占いだ。カバラ系統の魔術の一種で、自分の未来だったり、失せ物探しなんかに使われる極めて原始的な魔術だ。鹿島が風紀委員会に席を置いている一番の理由はこの魔術が重宝されているからに他ならない。犯人探しや証拠探しをする中で、彼女の魔術がどれほど有用か、語るべくもない。


 とりわけ鹿島の占いは的中率が高い。大体失せ物であれば九割、探し人であれば十割、100パーセントの絶対的中率を誇る。もっとも漠然としたイメージ、例えば顔も名前もわからない犯人を見つけて、とかはさすがに無理だが。


 金魚鉢を用意した鹿島はまず太陽のような紅いビー玉サイズの石を中に入れ、次いでナノブロックサイズの青い石、黄色い石、白い石、赤い石、緑の石、青白い石、黒い石二つと最初の石も合わせて九つの石を入れていった。それらが沈殿するのを確認し、鹿島はぐるぐると水かき棒で中をかき回しながら魔術を発動させる。


 「ぐるぐる回って(Whirl)ぐるぐる回って(Whirl)ぐるぐる回って(Whirl)燃えて(Rise)燃えて(Rise)燃えて(Rise)明かせ(Light)明かせ(Light)明かせ(Light)彼女はどこへ(Call her)


 金魚鉢の中に宇宙が形成されていく。鹿島が水かき棒を取ったにも関わらず、最初に入れた石を中心して八つの石が金魚鉢の中を回転していく。そしていつしか一つのまとまった法則性で回転し始め、それを認めるや否や鹿島は手早くメモ帳に何かを書き始めた。


 渡されたそれに目を向けてみると「塔」「城」「北」「5」と書いてあった。


 「どゆこと?」

 「北の城、ということは研究棟では?その五階?」


 よし、研究棟だ。研究棟に行くぞ!


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