98話 身内が死ぬ訓練はしたはず、です
――同時刻。(オサム視点)
「川縁が想像以上にぬかるんでいたのでな、くっ!それに川底に光るものが見えたでな、くっ!」
「まさかあの肉があんなに傷んでいたとは、くっ!」
「くっ、じゃねぇよ!じじいばばあ、馬鹿にしてんのかてめぇら!」
ちくしょう、既にクイズ問題ですらねぇぞ。じじいとばばあを助けろだ?本当にこれを続けて元の空間に帰れるんだろうな。
いや待てよ?
確かにムカつく分体野郎を殺すのは良くなさそうだが、このクイズを正解していけば解放されるとも言われていない。
しかし、クイズ以外に脱出のヒントが何もないのも事実だ。
ヒント……ヒントか。これまで五問解いた訳だが、一度も正解とは言われていない。逆に、このクイズを解くことが目的では無いと考えてみるか。
川底で光るもの……。
俺は川に入っていき、何が光っているのか確認すると、金色の石コロみたいなものが落ちていた。
これは砂金か?
「ワシの!ワシのじゃあッ!」
ばばあがうるさいので砂金を渡すけど、何が進行することも無い。やはり、問題の答えと脱出口の発見は別物と考えてみよう。
そうすると、今までの問題や答えに何か共通項がないか探す方が有意義かもしれないな。
「第六問です!」
「ちょっと黙ってろ」
集中出来ないので問題を出し始めた分体を一旦黙らせる。
最初の問題はフィボナッチ数列だった、答えは『14472334024676221』で、項数で言うと七十九項目。
次の問題はカリフォルニア州での大統領予備選挙戦当日の一日が舞台であり、ワンシーズン二十四話で一日の出来事を描いたドラマのこと、答えはトゥエンティフォーだ。
二十四、砂金、金か……?
フィボナッチ数列は黄金比とも呼ばれ、しかも七十九項という数字は金の原子番号だ。二十四という数字は純金を表すモノとも読み取れる。
うん、最後は砂金だったし、肉は……なんだろ?腹壊してたし『菌』か?クソつまらねぇダジャレかよ。
まぁクドいくらいに金が関連していることだけは間違いない。金、金か、ソイツがヒントだとして一体なんだ?
俺は辺りを見回すが、相変わらず地平線の見える荒野だし、金が関連するようなものは見当たらない。
「ねぇ〜まだ黙ってた方がいいかな?」
あぁ分体とかいたな、忘れてた。あれ……そういえばコイツ、金粉出てるな。
おいおい、そういう事?確か精霊の楽園に入るとき、精霊女王に金粉をかけられたよな?
「ひゃっ!」
俺は分体を鷲掴みにし、自分の頭の上から金粉を振りかけると……まるで世界が塗り替えられるように変わっていき、いつの間にか六畳程度の和室に切り替わった。
そしてその和室の出口と思われる場所、つまり俺の目の前にはピンク色のドアが立っている。いわゆる『どこにでもドア』だ。
これ、もし分体殺してたらどうなってた訳?金の鱗粉手に入らなかったら一生あそこに閉じ込められてたんじゃねぇの?
賢音の野郎、マジでなんっつートラップを仕掛けてやがる、一度全力でぶっ飛ばしてくれるわ。
ここには何分いた?十五分くらいか?現実世界では二秒か三秒くらいか、何が目的だったんだか。よし、コイツを開けたら今度こそ魔神との戦いだ!
俺は意を決してピンク色のドアを開けると、死んだように倒れた仲間達と、今まさに首を落とされた賢音の姿が目に入った。
あれ?また別の空間に放り込まれた?
「賢音ちゃん!」
美砂の悲痛な叫び声が耳に入る。
俺はまずは倒れている皆の所へ向かい、ヒールを発動する。よし、とりあえず全員生きてそうだが、なんだこの疲弊した感じ、それに地形が崩れてる。
ん?回復しきらない……なんだ?血を吐いた?
「魔力の化け物が戻ってきたざんす、一足遅かったざんすね、貴様も殺してやるざます!!」
「『シールド』」
魔神が何か魔法を撃ってきたみたいだが、俺は何重にもシールドを張って仲間たちを包む。
「ザマス、ちょっと待ってろ!」
俺は魔神ザマスに一声かけてから場の状況を確認しようとする。
「オサム君ッ!賢音ちゃんが、賢音ちゃんが、オサム君がヒーローだからって、飛ばして、魔神の毒が私しか、でも私がヒール使えなくて、女神アフロディーテまで現れて、賢音ちゃんが」
「待て、落ち着け!まるで分からん!賢音の件は一旦いい、皆がヒールで治らないのはどういう状態だ?」
「魔神の魔力が毒みたいなんだ!それを吸うと咳き込んで血を吐いちゃう……」
「血を吐く毒ね、美砂は何らかで魔法を使えないんだな?それから、別空間に飛ばされたのは俺だけだったみたいだけど、時間はどれくらい経った?」
「もう三時間くらい経ってるよぉ……」
三時間!?くそ賢音め!時間の流れを逆に設定しやがったな!!
それより先に回復だ。咳と共に出ていた血が綺麗な鮮血だったということは吐血ではなく喀血の可能性が高い。症状も他に嘔吐などは無さそうだ。
つまり食道や胃なんかの消化器系ではなく、肺や気管支などか。マック菌かカンサシ菌、非結核性抗酸菌症であれば抗菌薬投与しかないが……。
「待て、毒と言ったな?なんで毒だと思った?」
「賢音ちゃんが毒って」
なるほど、何を根拠に毒と言ったかは知らないが、賢音が毒というんだ。それは菌ではなく毒なんだろう。
「何か毒と思わしきモノでも吸ったか?」
「うん!黒い霧のようなものが魔神の周りに出てるんだ、攻撃しようと近づくとどうしても吸っちゃうんだよ」
糜爛性の毒を呼吸で取り込んだ吸入暴露か。
すぐ吐血に繋がるならルイサイトだが、ビススルフィドつまりマスタードガスの可能性もあり得る。本来マスタードガスなら数時間後の発症のはずだが、性質を変えているのか?
しかし吸入暴露による呼吸器の問題であれば、何故ヒール単体で治らない。分かってる黒い霧とやらのせいだ。
「ロア、全員の身体を調べて。喉から気管支、肺に魔石付いてない?」
「一杯付いてるし!」
やはり、毒ガス魔法をセットした魔石が呼吸器に大量に付着していて、ソイツが常時毒ガス魔法をバラまいてるんだ。
「ロア、全部とって」
「うん。超大変だったけど、とれたよ」
よし、コレでコイツらはひとまず大丈夫だろう。
「それで、賢音はどうしたって?」
「オサム君はヒーローだからって、ヒーローは遅れてピンチに駆け付けるものだからって無理矢理別離して、オサム君が来る前に皆を死なす訳にいかないって言って命懸けで……計算では今ちょうど来る所だって」
「え、ちょっと理解出来ない」
何、俺をヒーローのように駆け付けさせるためにあの空間に閉じ込めたってこと?
それでなに?タッチの差で俺が間に合わなかったと……。おいおい天才なんだろ、何をどう計算したか知らねぇけど、数秒分ケアレスミスしてるじゃねぇかよ。
違うか……俺が賢音の予想を下回ったってことか?
「じゃあ、さっき賢音が首を跳ねられたように見えたのって」
「うん……う、う……」
美砂が俯き、泣き出してしまう。
馬鹿野郎だな。ぶっ飛ばしてやろうと思ったのに……俺が間に合わなかったせい?自業自得じゃねぇかよ。一生もんのトラウマを刻み込みやがって……。
俺は大きく深呼吸をする。
そう、やる事は決まってる。仲間が、身内が目の前で死ぬ訓練だって何度もしたはずだ。
もう一度深呼吸をしてシールドの外を見る。
シールドの外には狂ったように魔法を放ってくる魔神がいる。魔羅エゾグァも魔神の相棒のように隣りに立ってる。
「美砂、アイツは何?乗っ取られたの?」
「アイツは、サトネ様の仇アル!」
セフィーが身体を起こし、教えてくれる。
「仇?」
「アイツは女神アフロディーテだったアル。サトネ様を二十年間洗脳し続けたと言ってたネ。それで、サトネ様をハースートの依代するから殺すと言って、後ろから腹を刺したアル……あれが無ければ、あれが無ければ魔神にだって負けなかったアル!」
ふーん、そう……。後ろから……ね?
「オサム君!それにね、魔神には魔法が効かないみたいなんだ。オサム君が最初に撃ったエーテルキャノンも効いて無かったでしょ?賢音ちゃんの魔法も効かなかったみたい」
「魔法無効?益々魔法を覚えた意味がねえな、じゃあ物理か」
「魔神から漏れ出る魔力は毒みたいアル、物理が有効だとしても、接近すれば吸い込んじゃうアル」
「関係ねぇな、そうだろ?ロア」
「うん、ウチが全部弾いてあげるし」
情報収集も済んだ。仇討ち、なんて言うつもりはねぇ。俺たちだってコイツらを滅ぼすつもりで呼んだんだからな、死ぬ覚悟だって無いわけじゃない。
とはいえ、胸の内にはドス黒いものがせり上って来るし、この行きどころの無い、宙に浮いてしまったような感情をぶつける先は欲しいよなぁ。
ああ、いい所にサンドバッグが二つあるじゃねぇか。俺は感情のぶつけ先が見つかって、一つ鼻で笑った。
おかしいな、笑ったし当たり場所も見つけて嬉しいはずなのに、いつも抑えの効かなかった口端が釣り上がっていかない。
俺はシールドの外へ出て、これから殺すことになる二匹へ挨拶をする。
「こんにちは、一方的で悪いが君たちは滅ぼすことにしたよ」
「貴様はたかが魔力の化け物の分際で神である私をどうするざます?あそこで横たわってる彼らの魔力は吸収することにしたざます、邪魔するんじゃないざます」
「そうか、全員殺すつもりなのか」
「邪魔するなら貴様も吸収するざます」
「お前相手なら全力を出せそうだな」
「こちらこそ久しぶりの現界ざます、もっと発散させるざます」
「楽しませてくれるんだろうな?」
「楽しませてくれるんざますか?」
「ヒィィィ……」
悲鳴を上げているが、女神アフロディーテは戦えないのか?まぁいい、今は戦えない奴に興味はない。流れ弾で死ぬ神ってのも乙なもんだろ。
さて、楽しませろよ?
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