33話 クレイジーウィッチの登場です
――衛生環境と植林の話しをした二週間後。
本日の午前中は、京介や団長と訓練だ。
俺と美砂、リオンは朝食を済ませて外の訓練所へと向かう。どうやら京介は既に騎士団と訓練中のようだ。
王城を出ると、どこからか病院のような、薬品のような匂いがしてきた。足音が聞こえたので石造りの階段の下を見ると、白衣を着た女性が登ってきている。
その女性は、見た目など全く気にしないと言わんばかりの格好でブツブツ言っており、地球で出会っていたら完全にアンタッチャブルな気配なのだが、王城に入るようなので一応挨拶することにする。
「おはようございます」
「魔素は魔力の素?なぜ魔物の体内に。魔物は動物より、つまり魔素とは……。魔人族とは、ザックームの木の実は人間を魔人化させる?いやしかし魔力が無くなるのは。魔素を触手に……、いやもしかして」
「…………」
こちらに気づかなかったのだろうか、ブツブツと独り言を言いながら、歩いて城の中に入って行ってしまった。
「完全にスルーされたな」
「多分聞こえてなかったんじゃないかな?それに、ちょっとだけオサム君に似てたね」
「えええ!?心外!それは心外だよ!」
変な出会いはあったが、俺たちは訓練所に着いた。
「オサム!」
「熊井殿!」
「「他人身体強化をお願いします!」」
「はいはい」
訓練所から見える位置まで来ると、王都屈指の番犬二頭が迫ってきた。目が血走り、完全に戦闘狂のソレである。
王都に帰ってきてからはずっと模擬戦をやっているのだが、一体一での戦いとなると、身体強化を覚えている俺たちに勝てる者などいなかった。
五歳児のリオンは戦いの技術などないため、スピードと腕力だけで戦っているのだが、辛勝とはいえアレクシス団長に勝ってしまったのは驚いたな。
これでは国防が不味いだろうという話しになり、京介とアレクシス団長に他人身体強化をかけ、今では二対一で倒れるまで俺と戦うのが日課になっている。
二人の連撃を避けていると、訓練開始当初よりも避けづらい攻撃が重ねられていることが分かり、暴力ウサギの言葉が浮かんでくる。『古今東西、鍛え方なんてのはそう変わらん。自分より強いヤツと徹底的に戦えばいい』だったな。
うん、一つの真理なんだろう。
とはいえ、二人ともまだ身体強化の速度に慣れておらず、スピードに振り回されている感じがあるな。俺も通常の身体強化で戦っているが、二人程度なら全く危なげなく捌ける。
この強さでは残念ながら、触手魔人一体に国を滅ぼされるだろう。
俺はアレクシス団長の甲冑の上からボディブローを当て、団長を京介へ投げつける。京介が団長を避けるか受け止めるか悩んだ一瞬の隙に背後へ周り、背中を蹴飛ばした。
「うぎゅう」
「ぐおっ!」
二人は『ドゴッ』という鈍い音を出して盛大にぶつかり、崩れ落ちてしまったので今回の戦闘は以上である。
「ひ、人から鳴ってはいけない音がしましたわ……」
この声は……。
振り返ると、金髪縦ロールがポヨンと跳ねる、魔法師隊隊長のエリーズが立っていた。
「エリーズ!久しぶりだな!」
「皆さまお久しぶりですわ!リオン様は初めまして」
「初めまして、リオンなのです!」
「オサム様、あまり国を化け物ばかりにされては困りますわよ?」
相変わらず辛辣だな。
「いてて、ああエリーズ隊長か」
「それと、私はオサム様の強さを知っていますが、王国最強の団長がボコボコにされているのを見ると不安になりますわね」
「ははは、これは手厳しい。だが、私もまだまだ強くなれることが分かった。すぐにでもこの身体強化を身につけてみせるさ」
「お顔が生き生きしているようで何よりですわ、ですが早く退きませんと、下にいる京介様はお亡くなりになりませんか?」
「ん?のぁ!?す、すまない!」
「ははは、身体強化がかかってなかったら死んでいたかもしれませんね……」
無事に京介も起きてきた。
「他人身体強化をしばらく受けて、魔力の使い方をイメージできれば、すぐに自分でも発動出来るようになるよ。リオンなんて一回で覚えたけどな」
俺はリオンの頭を撫でながら解説する。
「リオンは天才少女なのです!」
「オサム様、今日の午後からは研究室に顔を出して頂くということでよろしいのですわよね?」
「ああ、構わないよ。以前会えなかった英傑ミレーヌさんだよね?」
「ええ。ミレーは少し変わった子で、クレイジーウィッチなどという不名誉な二つ名が付いておりますが、とても良い子ですわ」
「それじゃあこのまま行くか?美砂とリオンはどうする?」
「僕はオサム君と行こうかな」
「リオンは京介お兄ちゃん達と遊んでるのです!」
「分かった、じゃあ行こうか」
エリーズに連れられ、俺と美砂は王城の裏手にある王立魔法研究所へ移動した。こんな所に研究所があったのか、全く気が付かなかったな。
今朝方王城の入り口付近で見た女性のように、白衣を来た人達ばかりだ。皆忙しなく動き回っている。
「以前も少し話しましたが、ミレーは元々魔法なんて興味が無さそうでしたのに、戦争の前くらいでしょうか。急に研究研究と言い出しましてね」
「ああ、森を行くお姉さんに毒ガス魔石を貰った頃だよな」
「ええ。私が目指すべきお姉ちゃんを見つけたとかなんとか」
そんなことを話しながら所長室と書かれた部屋の前に着いたのだが、部屋の扉に札が掛けられている。
どうやらミレーヌ所長は所長室にいることなどほとんどなく、扉に掛けられた札で場所を把握するのが普通らしい。
第二研究室と書かれた札を見て、エリーズがつぶやく。
「あの頑丈な部屋ですわね。あの子また危険なことをして無ければいいのですが……」
二つ名は案外その通りなんじゃないだろうか。名は体をあらわ……、いやそうすると知的オーガを肯定することになる。うん、何事にも例外は存在するな。
第二研究室とやらに到着し、エリーズが扉をノックすると……。
「入っていい」
中から素っ気ない返答が返ってきた。
「失礼するわ」
「「失礼します」」
中に入ると、魔石とにらめっこをした白衣の女性がいた。うん?今朝すれ違った人だな。
「ミレー、オサム様と美砂様をお連れしましたわ」
「誰がオサム?」
と言いながら、めっちゃ見てくる。何この人、すっごい見てくるけど。
「ミレー、まず挨拶をなさい」
「むぅ、ミレーヌ・バルビエラ」
「もう。先程も紹介しましたが、ミレーヌは王立魔法研究所の所長をしていますの。バルビエラは私とは違う家で分家に当たりますわ」
「で、誰がオサム?」
誰か分からないと言いながらも、ミレーヌ局長の目はまっすぐ俺を捉えている。なかなかインパクトのある人だな。
「ミレーヌ所長、私が熊井理です。よろしくお願いしますね」
「僕は東部しずくです、よろしくお願いします」
「やっぱり、変」
「変って、何がですか?」
「魔力が……戦争してる?」
あ、言われるまで忘れていた。
魔力操作は、練習を初めてから数ヶ月ずっと続けているんだ。もはや生命活動の一部に組み込まれているとすら言える。
「本当だ!あなた、なんですのソレ!?また凄いことになってますわね」
「うっわ!何それ!」
エリーズと美砂も若干引いてしまった。
今俺の身体には薄らと魔力が張られ、数百の魔力コブが出来ている。
そしてその魔力コブはゴブリンやウルフ、オークやオーガなどの形になっていて、左半身の勢力と右半身の勢力で戦争中だ。
今は右半身の勢力が優勢だな。まあ無意識下で俺が操作しているんだけどね。
「魔力操作は基礎中の基礎みたいだからな、どれだけ出来るようになっても困らないだろ?」
「魔石への魔法付与の話しも聞いた。オサムは天才、研究員になるべき」
「お誘いは嬉しいですが、やるべきことがありますので。それが全部上手くいかなかったら、是非雇って下さい」
「ん、待ってる。それじゃ」
俺たちに別れを告げ、研究に戻ろうとするミレーヌ所長をエリーズが引き止める。
「待って、ミレー、待って。今日は魔法の話しを聞くんでしょう?」
「ん……そうだった」
とりあえず、ミレーヌ所長は天然だということが分かった。
所長室に移動するのかと思えば、この場で話しをしたいらしい。補佐のような人達が人数分の椅子とお茶を出してくれた。
「魔力の素となる魔素の話しを聞いた、降魔薬研究工場にあった資料も全て読み込んだ。でも、素になるというのが分からない」
そらそうだよな。
俺はなるべく分かり易く、世界を構成する物質や元素、エネルギーについて説明する。
その上で、魔法についても、結果イメージを叶えるための形が偶然その属性だっただけで、属性を中心に考える魔法運用は視野が狭くなる可能性を示唆した。
「逆に質問なんですけど、ミレーヌ所長は、ザックームという木の事を何か知ってますか?」
「ん、深い森の中に散見されると言われてる」
「散見、ですか」
「地域や環境もバラバラで植生は謎、人間の魔力を吸って育つ木と言われている」
魔力を吸う木、か。
一瞬女神アフロディーテのことが出てきたけど、魔力を吸うという一点で紐付けるのは早計だろう。
「ちなみに、それはどこで調べたんです?探しても無いんですよね」
「アレス教国の禁書庫、昔戦争の褒美で入れてもらった」
禁書庫か、是非入りたいところだな。何か入れる機会や口実でもあればいいんだが……。
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