【未衣奈大学編】『わたしの指揮棒(バトン)』
◆Prologue「母の背中」
母・夏葉が指揮をする姿を、幼い未衣奈はずっと見ていた。
広陵高校吹奏楽部の演奏会――客席で聴いた音は、今も耳に焼きついている。
「音楽って、生きてるみたいだ」
その感覚を抱いた日から、未衣奈の人生は“指揮”に導かれていた。
高校を卒業し、東京の国立音楽大学・指揮科へ。
母の母校でもあるこの場所に、彼女は新たな夢を託した。
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◆第一楽章「エリートの中で」
未衣奈の大学生活は、順風満帆とは言えなかった。
周囲は、吹奏楽コンクール全国金賞の経歴を持つ、いわば“音楽エリート”たち。
「夏葉先生の娘」という肩書きが、逆に彼女の足枷になっていた。
授業で指揮を振れば、教授からの指摘が飛ぶ。
「型はなぞってるけど、“心”がない」
同級生たちの冷ややかな視線も、彼女の心を締めつけた。
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◆第二楽章「祈るように、振る」
ある日、特別講義に現れた客員教授――伝説の指揮者・中村栄司が、未衣奈の演奏を見て言った。
「君、振っているとき、“誰か”の顔を思い浮かべてるね」
未衣奈は頷いた。
「母の背中です。……でも、わたしはわたしの音楽を見つけたい」
中村は笑った。
「なら、迷っていい。自分の音は、誰かを想って振ったその先にある」
その日から、未衣奈の指揮は変わった。
速さや力ではなく、“祈り”と“温度”が音に乗るようになった。
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◆第三楽章「初めての本番」
大学三年、学内演奏会で指揮を任されることになった。
選んだ曲は、母がよく演奏していた**「風紋」**。
「母をなぞるのではなく、母と対話する」
そう心に決め、未衣奈はステージに立った。
結果は――大成功だった。
教授たちも、そしてかつて彼女を揶揄していた同級生も、惜しみない拍手を贈った。
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◆第四楽章「母校に還る日」
大学卒業を間近に控えた春。未衣奈は客演として、広陵高校の演奏会に招かれた。
母の背中を見上げたあの音楽室で、今度は自分が指揮台に立つ。
そこに現れたのは、アメリカ帰りの弟・真尋。
「姉ちゃん、いつか一緒に“音楽×スポーツ”のイベントやろうぜ」
未衣奈は笑った。
「いいね。……そのときは、あたしが指揮するから」
彼女の音楽は、“母のコピー”を超えていた。
それは、確かに“未衣奈の音”だった。




