第10話:「終わりの音、始まりの音」
――春。風が音を運び、音が記憶を呼び起こす季節。
◆広陵高校・音楽室(数日後)
朝の光が静かに差し込む音楽室。
新しい譜面が並び、窓の外では桜が満開を迎えていた。
部員たちは、以前よりも自然に笑い合いながら準備を進めている。
音はまだ完璧ではない。けれど、そこには「想い」が宿っていた。
夏葉
――音は、ただ鳴らすものじゃない。
誰かに届いて初めて、“音楽”になる。
数日前の静かなピアノの日。
止めたはずの音が、生徒たちの心の中で静かに再生を始めていた。
それは、やがて一つの流れとなり、未来へと続いていく――。
ドアがノックされ、誰かが音楽室を訪れる。
???「お邪魔しまーす! ……みんな、また会いに来たよっ」
驚いたように部員たちが振り向く。
そこにいたのは、GRT48のユニフォームではなく、
ラフな私服姿で立つ香奈だった。
香奈「今日ね、“届けたい音”を、もう一度ここで聴きたくなったの。……一緒に演奏、してもいい?」
部員たちは目を見合わせ、そして自然に頷く。
夏葉(静かに微笑みながら)
「ええ。始めましょう、“最後の音”と、“新しい音”を――」
指揮棒が、また空を裂いた。
そして、春の風に乗って、音が――舞い上がった。
◆広陵高校・体育館(定期演奏会当日)
満開の桜が風に揺れる春の午後。広陵高校の体育館には、観客のざわめきと期待が満ちていた。
ステージの幕が上がる。柔らかな照明が差し込む中、夏葉と吹奏楽部の生徒たちが整然と立つ。
司会の生徒「……本日はご来場いただきありがとうございます。私たちは、音を“止めない”ことを選びました。この演奏会は、私たちの“これまで”と“これから”の音をお届けする場です」
夏葉は客席の端に見つけた夫・駿輔と、彼の妹でありGRT48の香奈に目を向けた。二人は静かに、しかし力強くうなずいた。
静かに、指揮棒が振り上げられる。
――音が、放たれる。
冒頭の一音から、すでに会場の空気が変わった。
それは決して完璧なアンサンブルではない。しかし、確かに誰かに“届けたい”という思いが音に宿っていた。
観客席では、小さく涙をぬぐう保護者の姿も見える。教頭は腕を組みながら、目を細めていた。
香奈(小声で)「……あの音、夏葉さんの音だ。……でも、同時に、みんなの音でもある」
駿輔「うん。重なってる。ちゃんと、届いてるな」
◆演奏後・ステージ袖
拍手の余韻が残る舞台裏で、夏葉は全員を見渡した。
夏葉「みんな……本当に、ありがとう。私たちの音は、止まらなかった。届けようとする気持ちは、誰かの心を動かせる。そのことを、今日は証明してくれました」
部長「……先生が、止まらなかったからです。僕たちも、止まらずにいられた」
涙ぐみながらも笑顔の部員たちの姿は、確かに“音楽を生きた”証だった。
◆演奏会後・中庭
演奏会を終え、夕暮れの光の中で、香奈が夏葉に駆け寄った。
香奈「夏葉さん、あのね……実は、GRT48の次の曲。私が初めてセンターで歌うことになったの。“挑戦の歌”なの。今日の演奏、背中押してもらった気がして……ありがとう」
夏葉「……私も、あなたの音に何度も助けられた。だから、これからも届け続けて。あなたの音を」
香奈「うん。“止めない音”で、いく」
二人は静かに手を取り合った。
◆広陵高校・音楽室(数日後)
演奏会が終わり、新年度が始まろうとしていた音楽室。
後輩たちが入ってくる準備の中で、夏葉はひとりピアノの前に座っていた。
そこへ、部員Cがふと顔を出す。
部員C「先生、……これからも、音は止めないですよね?」
夏葉「もちろん。“終わりの音”は、いつだって“始まりの音”なのよ」
彼は笑ってうなずき、扉を閉めた。
静かに、またひとつの音が生まれる。
それは、新しい誰かに向けた、未来への音だった。
――そして物語は、静かに次の章へと続いていく。
(了)




