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いままでとこれから

「今のままじゃ絶対後悔するよ。」

 結論から言うと、その通りになった。


 しかし大学入試に本腰を入れ始め、意気込んでいた当時、そんな言葉はテレビの向こうで話している外国の政治家の話なみに響かなかった。受験期というのは如何にして自分を視野狭窄に追い込むかの勝負であるように思う。昔ほどではないが、関関同立以上、MARCH以上、国公立大学に入ることが幸せに生きることに必要な切符であるかのように言われる風潮はあった。現実はそんな簡単ではなく、もっと複雑でなものである。しかし部活・人間関係もダメで、酷いフラれ方をして、あげくは鳥の糞にも"フラ"れたその日の自分にその言葉を深く考える余裕はなかった。


 高学歴を手にすることで今までの自分の失敗は帳消しになり、そこから華々しい人生を歩むことができると本気で思っていたのかどうか、今はもう思い出せない。ただ負けが込んでいた当時、受験勉強は没頭して他のことを忘れるのに都合が良く、見事にのめり込んで視野狭窄に陥ったことは確かである。


 ちょうど残って勉強をしようと、部活動までさぼって教室に残り、古文のテキストを開いた直後、何やらシンナーの香りを漂わせて爪に何かを塗っている秋野エリカに言われたのが冒頭の一言だ。

 こいつは校則で禁止されているはずの化粧している。その様はナチュラルながら、丁寧だ。普段から自分には人生を楽しむ権利があると当たり前のように思いこんでいるようで、クラスの中心でいつも抜けの良い笑い声を出す所謂カースト上位の女子だ。その笑い声は一人でテキストに向かい、好きだったあの子にフラれ、必死で努力をしているつもりが鳥にまでフラれてしまったその日の僕にとって普段以上に耳障りなものだった。


 当然目を合わせることもなかったし、話しかけられたのもその日が初めてだったように思う。もちろん無視を決め込もうとした。少し前までなら学校社会に生きる最底辺らしく「あっ、あっ」となどと焦って言葉になっていない言葉を口から出していただろうが、「ダブルフラれ」を経験した気分まで最底辺だったためか、声を出す気力もなく、その言葉に興味もわかなかった。

そのままテキストを開いて、受験勉強という数少ない"逃げ場"に没頭していき、教室を施錠しにきた先生の足音で我に返った。あたりはもう真っ暗だった。













あれから4年が経った。あの後3日で急激に尻すぼんだ受験勉強に対する意欲はそのまま戻ってくることは無く、何とも言えない中堅文系私大に滑り込みギリギリで合格して日々を凡々と生きていた。特に挑戦するでもなく、大学生活も2年が過ぎた。時々雷に打たれたように何かに熱中することはあった。半年で30kgものダイエットに成功したり、難易度の低い資格試験に没頭して全国数位をとったり、大学の勉強に半期だけ打ち込んだりしていた。ダイエットは期間を限ってやったから良いものの、難易度の低い資格試験で全国ナンバーをとったところで中途半端だし、大学の勉強も半期しか撃ち込まなかったから反動でやる気を失い、ずるずると成績を落としている。受験勉強と同じで中途半端だ。しかし今は国家三大資格の一つであり、やりがいに満ちた華々しい仕事である弁護士を目指し、司法試験に合格するため日々勉強に明け暮れている。8日で飽きが来た。



そんな感じで大した成果も残さず、中途半端に生きてきて大学3年生になり、就職活動のスタートが迫る11月ごろ、秋野エリカのあの言葉が頭の中をよぎっていた。

冒頭で申し上げた通り、今まさに「後悔」している。何を頑張ったところで中途半端で急激にやる気が尻すぼむこの性格では働き始めたところで長くは続かないだろう。この急激なやる気の尻すぼみ方や、過去の中途半端に終わった数々の挑戦から思い当たる節があり、知能テストを受けた。積み木やパズルで形を作ったり、計算したり、言葉の意味を答えたりといった内容だった。言葉の意味を答えたりする力は割と高く117で、上位13%だった。T大生の平均値が120と言われていることを加味すると、中々の数字だろう。しかし、積み木やパズルで形を作ったりする項目,,,動作性IQと言われるものは84で境界知能というギリギリ健常者レベルだった。いわゆる発達障害の傾向があるらしい。言語性IQと動作性IQのアンバランスから生じる傾向で、作業スピードが極端に遅かったり、人とうまくやることができないことが多いらしい。弁護士への適性も、正直低いらしい。意外に思われるかもしれないが、弁護士に必要とされる能力に近いのは数学などだ。公式を当てはめて、導き出すタイプの勉強だできる、論理的思考ができる人が強いらしい。数学が壊滅的にできず、誰にでも言い負かされて後になって悔しさがこみ上げることが山ほどある私だが、論理力が弱いこともADHDの特徴の一つであるらしい。何より興味が移り変わって一つのことを長期間頑張れない私には難しいだろう。この性質も、苛め抜かれて陰に体を擦り付けて過ごした結果(生来の性格かもしれないが)ひん曲がった私の性格的問題だけではなく、脳の構造としてそのようになっている部分も大きいそうだ。


まるで無能の烙印を押されたような気持で押しつぶされていた。いったいどんな将来を歩めばいいのか、こんな人間を雇ってくれるような会社はあるのか、雇ってもらえたところで仕事を続けることはできるのだろうか。週3回のアルバイトとは違う。最低でも週5日、朝から晩まで働き詰め。そんなことが自分なんかにできるとは到底思えない。中途半端に大学に進んで、中途半端に過ごしてきた今の私を、4年前の秋野の言葉が苦しめた。全くその通りだったのだ。秋野がどんな意図であの言葉を発したのか、理解しきれていない面もあるだろうが、少しだけわかった気がする。目先の理想にとらわれて急に頑張りはじめた私は今ろくな人生を歩んでいない。自分が何をやりたいかではなく、どうしたら成功できるかと虚栄心に満ちた気持ちで過ごしてきた私は、自分が何をしたいのかまったくわからない。


しかし虚栄心に満ちた生活の中で一つだけ希望があった。

気まぐれで入ったサークルでよくしてもらった、一つ年上の夏目沙也加先輩だ。

人当たりが良くて面倒見の良く、容姿もかわいかった彼女は、サークルの会長だった。信頼してくれて、引退時にはサークルの会長を任してくれた。包み隠さず。ひらたく、聞こえよく、わかりやすく、ありていに言うと彼女に惚れていた。大学受験にも失敗し、何もかも諦めていた時に仲良くなったのが彼女だ。陽だまりのような性格の彼女といると心は休まり、よく笑わせてくれるし、楽しく、すぐ恋に落ちた。しかしもうすぐ卒業してしまう。


自分がどんな状態にあろうと、やらない後悔は後に引きずるが、やった後悔はまだ傷が浅いと思ったし、数人で遊びに行ったりもするから気持ちを伝えてみようと思っていた。高校の時に「ダブルフラれ」をした時の相手には直接告白をしなかった。LINEで逝ったもちろんフラれて後悔も残った。その相手には告白した数日前に彼氏ができていたらしい。沙也加先輩に惚れるまで引きずっていた。


しかし今回は違う。卒業まで余裕があるし、信頼関係も抜群だし、2人でデートに行ったことは無いけど数人でなら沢山遊びに行っている。何より30kg痩せているし、ファッションだって高校に比べてかなり意識している。大丈夫、俺ならいける。
















「ごめん、黙ってたけど彼氏いるんだ。あと年下はそういう目で見てなかったからさ、気持ちは嬉しいよ、ありがとう。」


見事に砕け散った。彼女と付き合って楽しく過ごすことができれば、自分の灰色の人生も報われると思っていた。中途半端ながら絶食して倒れてまで行ったダイエットも、これまでの涙も報われる、誰かに認めてもらえる人生はきっと幸せだ。

そんな風に思っていた時が俺にもありました。当然現実はそんなに甘くなかった。いくらメッキを張り付けて、その場限りの努力をしても取り繕えるのは表面だけ。今まで通り承認欲求に飢えて、ダサくイタく共感性羞恥を誘うような生き方をして、それでも何者かになりたいと中途半端に頑張って、打ちのめされての繰り返しだ。なんで俺は生きているんだろう。幸せになることはできない。虚しくて空っぽな、一人ぼっちの孤独でみじめな人生をこれからも生きていくんだ。


どこかで水野エリカが自分を馬鹿にして笑っているような気がした。

その日の晩は3回吐くまで酒をあおることをやめなかった。












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