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「は、いえ・・・。将軍が、明日の講和会議の前にぜひお話したいことがあると・・・」
「まぁ、大事なお話かしら。それでしたら今からでもうかがいますのに」
「いえ、今日はもう夜も遅いですから、明日の早朝、将軍の方からこちらにいらっしゃるそうです」
「そうね。分かりました」
アリーシャはすぐに了解して頷いた。
本来であれば、侍女もいない深夜の女王の自室に男性であるランスエルが一人で立ち入るなど許されないことだ。
だが、もうそれを咎めるような人間はこの城には誰もいない。
城に仕える者たちも、王家に仕えた貴族たちも大部分がとうの昔に王都から去っていた。
今城に残っている僅かな者たちは、先祖代々ヴァノワ家に仕えてきた忠臣たちばかりだ。
逆に言い換えれば、それ以外の生き方を知らない者たちとも言える。
「緊張されてますか?」
返答して黙り込んでしまったアリーシャに、ランスエルは気遣うように問いかけた。
明日は、同盟軍とファルディア側との講和会議が開かれることになっている。
だが、講和会議とは名ばかりで、それがファルディアへの絶対恭順、全面降伏を促すためのものだということは、アリーシャは嫌というほど理解していた。
そうでなければ、今 王都の擁壁の向こうに広がる平原に展開する同盟軍が容赦なく侵攻を開始するはずだ。
しかし、恭順の意志を示したとしても結果は変わらないとアリーシャは思う。
国家としてのファルディアは解体され、アリーシャは捕らえられ捕虜としての扱いを受けるはずだ。
先に捕らえられたはずの母親の行方はいまだ擁として知れない。
虜囚としての辱しめを受けるくらいならばいっそ講和会議の前に自ら命を絶ってしまいたいとアリーシャは切に願っていた。
「そうね、少し・・・」
そんな自身の心を悟られないよう、アリーシャは微笑みながらランスエルに答えた。
「大丈夫です。きっと上手くいきますよ」
ランスエルは破顔して力強くそう言ってのける。
何を根拠に――とは思ったが、アリーシャはその言葉に小さく点頭した。
「それでは、私はこれで失礼します。陛下もなるべくお早めにお休みください」
アリーシャが頷いたのを確認すると、ランスエルはその場を辞すために優雅に騎士風のお辞儀をした。そして、アリーシャに背を向けて歩き出す。