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コンコンと自室のドアが小さく控えめにノックされたことにアリーシャは気づいた。
「誰?」
誰何すると、聞きなれた声がドアの向こうから返ってくる。
「ランスエルです、陛下。室内へお邪魔しても?」
「どうぞ」
入室を促すと、すぐにオーク材の重厚なドアが静かに開かれる。
入ってきたのはランスエル・イオレンティス。
アリーシャより五つ年上の近衛隊長だ。
黒髪に葡萄色の瞳をした長身のその若者は、幼い頃から共に育ったアリーシャの従兄でもある。
王家の血を引くが王位継承権はなく、高位の貴族であるため早くから近衛隊への入隊が決まっていた。
現在隊長の地位にあるのは、しかしその剣の腕を認められたからでもある。王都脱出の際、同盟軍に捕縛されそうになった時、鬼神のごとき活躍を見せてアリーシャを救ったのは他ならぬこのランスエルだった。
深更にも関わらず、スカイブルーの地に金糸の抜いとり、金ボタンのついた近衛服を身に纏ったランスエルは部屋に一歩入ると驚いたように足を止めた。
「真っ暗じゃないですか。侍女は何をしているんです? すぐに灯りを持って来させます」
そう言って踵を返すランスエルをアリーシャは引き留めた。
「待って。いいんです。私が灯りをつけないように言ったの。今日はとてもきれいな月夜だったから・・・」
いまだ大窓のすぐ側に立っていたアリーシャは、言葉と共に窓の外を仰ぎ見る。
そこには、ほぼ真円に近い白銀の月が周囲の闇を押し退けて煌々と下界を照らしていた。
大窓から差し込む、その月明かりの中にアリーシャは立っていた。
長く豊かな亜麻色の髪はきれいに編み込まれ、頭の後ろでまとめられている。
身に付けているのは深緑色をした、ビロードのハイウェストな立襟のドレス。
若い女王のその凛とした佇まいと美しい横顔に、ランスエルはしばし見惚れていた。
幼い頃は気軽に触れ合い、子犬のようにじゃれあって遊んだものだが、いまでは遠い存在になってしまった彼女。
身分の違いが、二人の間に厳然たる壁を作りお互いの立場を別ってしまった。
「何か用でした?」
不意にアリーシャが疑問を投げ掛けてきた。
その声に我に返ったランスエルは、自分の視線が長いこと彼女に止まっていたことを悟られたのではないかとしばし狼狽する。