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月の冴え渡る夜だった。
アリーシャは城の上階にある自室の大窓から外の光景を眺めていた。 眼下に広がる城下の街は、その大半がいまや暗い闇の中に沈んでいる。 以前は近隣に比類なき王都らしい、活気に満ち溢れた街だった。 大勢の旅人や商人たちがこの王都シエリムを目指してやってきた。 どの街区のどんな細い辻も人々で溢れ返り、世界各地の文物が絶え間なく取り引きされ、シエリムに来ればないものはない、とまで言われていたほどだ。
日が落ちれば歓楽街では当然のこと、眠らぬ夜が更けていき、その狂乱にも似た猥雑さはしかし多くの老若男女を虜にした。 住宅地ではどの家々にも例外なく暖かな火が灯り、国民は満ち足りた穏やかな時間を過ごすことを約束されていた。
だが、そんな光景は今となっては最早過去の幻に過ぎない。 滅び行く国が最後に見るまどろみの中の夢のようなもの。
一年ほど前に戦が始まり、敗戦の色が濃くなるに連れ、住民たちは次々に王都から脱出し新天地を目指し始めた。
いかに王都の守りが堅固とはいえ、沈み行く泥船に自ら残りたいと思うものがいないのは道理だ。
彼らにも生活があり、何より失いたくない命がある。
だが、そこに忠誠心や愛国心といった感情が入り込む余地は一片もなかったのだろうか。
アリーシャたち王家の人間は国民たちのために尽くし、その生活を守ることを第一義に生きてきたつもりだ。
しかし、そこに確かに感じられていたであろう絆というものが、こんなにも脆いものだったのかと今更ながらに思い知らされる。
アリーシャは深い溜め息を吐いた。しかし、そのうら若き女王の嘆息を聞くものは周囲に誰もいない。