コートウェル公爵家のお茶会
「アデリン様が今も生きてらっしゃったら、エドガー様が危険な討伐に行くこともなかったですのにねえ、アイリス様」
侍女のメラニーが私の髪を編みながら言う。彼女は私が十歳の頃から面倒を見てくれている、五つ年上のしっかり者の侍女だ。
「生きてたら百歳じゃないの。シワシワで見れたものじゃないわよ、きっと」
そう悪態をつくと、鏡越しにメラニーが睨み付けてくる。心なしか髪を結う力が強い。
「なんてこと言うんですか! 大聖女様なんだから、百歳になったって見た目は若いままですよ、絶対に。伝記にも書いてあったじゃないですか、亡くなった時の姿はまるで二十歳の乙女だったって」
それは違う、と私は心の中で反論していた。そりゃあ七十歳になっても四十歳くらいにしか見えないと言われていたが、二十歳には到底見えなかった。
「メラニーは本当にアデリンが好きねえ」
「当たり前じゃないですか。国全体を覆う結界が張れるなんて凄過ぎます! 氷の騎士リカルド様との恋物語も素敵ですし」
……嫌な名前を聞いた。リカルドと恋なんてした覚えがないのに、何でそんなことになってるのやら。私は肩をすくめ、こっそり溜息をついた。
「そう言えばリカルド様って黒髪に青い瞳なんですよねえ。伝記の挿絵で見ましたわ。エドガー様とおんなじですよね」
「やあねえメラニー、髪や目の色は同じかもしれないけど、エドガーの方がずっと素敵よ。あんなに優しくて可愛い人はいないわ」
「まあ。ご馳走さまです。ホントにエドガー様のことお好きなんですねえ、アイリス様。でもニヤニヤするのはやめて下さいませ。可愛いお顔が台無しですよ」
メラニーにはいつも、ニヤケ顔を注意される。深窓の令嬢らしい慎ましやかな微笑みを浮かべるように言われているのだ。
「はいはい、わかりました」
「はい、は一回ですよ!」
はーい、と返事をして私は鏡の前を離れた。金色の長い髪はサイドを編み込んで後ろはふんわりと下している。ドレスの色は淡いラベンダーだ。
今日はコートウェル公爵夫人主催のお茶会に行く予定になっている。今回の討伐隊にはたくさんの若い貴族子弟が参加しているので、彼らに送る食糧などの寄付を集める目的だ。
「ようこそいらっしゃいました、皆さま。こちらでお寛ぎ下さい」
夫人に言われてご婦人方が集まっているテーブルへ向かう。立食形式のお茶会だ。
「あらアイリス。ごきげんよう」
声を掛けてきたのはバーリィ伯爵家のキャロライン。艶のある栗色の髪を綺麗に巻いて、いくつものピンクのリボンで飾っている。ドレスも濃いピンク。私の好みではないけれど、若い彼女はこういうハッキリした色が好きなんだろう。
「ごきげんよう、キャロライン。今日のドレスも素敵ね」
「ありがとう。婚約者のビクターが贈ってくれたのよ。彼はね、優秀だから訓練を三か月で終えて、前回の討伐で大活躍したから昇進したの。あなたの泣き虫エドガーは訓練に半年かかってようやく初参加よね? 泣かずに帰ってこられたらいいけど」
意地の悪い笑みを浮かべて嫌味を言うキャロラインだが、小娘の嫌味など痛くも痒くもない。メラニーの教え通りの、令嬢らしい微笑みで応戦する。
「ご心配ありがとう。でもエドガーはしっかり訓練をしたからきっと活躍して帰ってくるわ。――そういえば前回、ビクターは十人の騎士に守られて、剣を抜かずに魔獣を倒したんですってねえ。すごいわあ」
貴族の子弟は平民出身の騎士十名と隊を組む。ビクターの父は軍に金を寄付し、息子のために強者揃いの隊を作らせた。怪我をさせてはならんとお姫様のように後ろで守られていただけ。戦うことなく手柄が転がり込んできたともっぱらの噂だ。
キャロラインは一瞬ムッとした顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「ビクターの部下は優秀ですからね。わざわざビクターが出なくても大丈夫なのよ。それに引き替えエドガーの隊は、おちこぼればかり揃っていると聞いているわよ。魔獣にやられて全滅しないように大聖女アデリンに祈っておいてあげるわ」
エドガーの父は息子の力を信じ、隊の編成に口を挟むことはしなかった。そのため、よその隊から声が掛からなかった騎士たちの集まりになってしまったらしい。
「それはどうも。でもエドガーは大丈夫よ。必ず無事に帰って来ますからご心配なく」
私とキャロラインはバチバチと視線を戦わせる。そこへコートウェル夫人がすっと入り込んできた。
「さあさあ、お若いお嬢様方。お茶が入りましたよ」
さすが年の功。いいタイミングでこの場を収めてくれた。お礼に後で腰の痛みを取り除いてあげようと思う。(もちろんこっそりと)




