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アニメ研究部の本来の活動

「ねー。昨日の『グリスデン王国は今日も危ない!』見た?!」

 先に部室に来ていたレナが、ツインテールを振り回しながらドアを開けた主に尋ねた。

「勿論!」

 入り口に立っていた響が、持っていたカフェオレのパックを握りつぶした。幸い、まだストローはさしていなくて、カフェオレが飛び散ることはなかった。


「もちろんだよー」

 後ろから顔を出した華も、にこりと笑う。

 『グリスデン王国は今日も危ない!』は、今期の3人のイチオシアニメだった。

 満足したように頷いたレナが、珍しくバナナ牛乳をチュルッと吸い込んだ。


 残りの二人も、各々の定位置に座る。

 6人がけの薄汚れた白いテーブルは、この部室で一番大きな家具だ。

 3人はそれぞれ、ドアに向かって右側にレナ、左側のドア側に華、そして左側の窓側に響が座っている。

 窓とは言っても、光が入る予定はない、隣の建物が差し迫った窓だ。形ばかりの窓である。


「で、昨日もハレルヤ様カッコ良かったよねぇ。剣さばきが美しかった! ……でも、あのヒロインはやっぱりない! 私がヒロインになりたい!」

 うっとりとしたあと、憮然としてレナが告げる。

 ハレルヤは、グリスデン王国の王様である。


「昨日は魔王軍がな……あの魔王軍は弱すぎる、監修が甘い! 私を監修に加えればよいのに! 魔王様のげぼくの恐ろしさ目にもの見せてやるわ! 先週の登場の仕方は、恐怖に突き落とす感じでいいクオリティだったのに!」

 響が、昨日の怒りを思い出したらしく、カフェオレのパックを握りつぶした。残念ながら、既にさされてしまったストローから、カフェオレが溢れ出す。

 グリスデン王国の脅威は、魔王だ。


「ずっと気になってるんだけどね、魔族を殺すって、あんな生ぬるくて本当に出来てるの? あれじゃ、魔族だったら生き返りそうな気がするんだよねぇ。首を撥ね飛ばすだけじゃなくて、心臓にも一撃いると思うんだよねー。響ちゃん、そうじゃない?」

 いつものようにカフェオレを拭きながら、華が響の顔を見る。

 昨日は魔王軍がバタバタと切り殺されていく場面があった。


「ハレルヤ様の隣に私、ピッタリじゃない?」

「私に監修させれば完璧なものが出来るのに!」

「絶対心臓と脳の両方破壊した方がいいと思うんだよねー」


 アニメを語るレナと響と華の会話は、一向に交わることはない。

 だが、誰一人として、その事を気にしている人間はいない。

 それが、アニメ研究部の本来の活動の実態である。


「よし、原作読んで、おさらいしなきゃ!」

 『グリスデン王国は今日も危ない!』はラノベが原作のアニメだ。

 レナがいそいそとカバンから『グリスデン王国は今日も危ない!』の2巻を取り出した。昨日のアニメは丁度、2巻にあるシーンだった。


「フ、フ、フ、フ、フ」

 響が不敵な笑い声を漏らす。

 怪訝そうなレナと華の視線が響に向く。

 ニヤリ、と二人に笑みを見せた響が、足元から紙袋を引っ張り出して、机の上に置く。


「響ちゃん、それなあに?」

 華の疑問に、響は眼鏡をくいっと持ち上げると、紙袋から1冊の本を取り出した。

「見るがいい! 『グリスデン王国は今日も危ない!』の」

「わー。コミカライズ本だ! 響ちゃんありがとう!」

 響が言い終わる前に、華が紙袋の中にあった本を全部取り出す。


「マジ?! あー。お小遣い今月ピンチで、コミカライズまで買えなかったから、助かる!」

 レナが悪びれることなく本の中から最新刊を抜き取とると、椅子に座って本を開いた。

 既に華は1巻を読み始めている。


 出遅れたのは、響だ。ハッと我に返った響が口を開く。

「……ああ、私を敬うがいい。いや、私のこの行動を引き出した、魔王様を敬うがいい!」

 当然、二人とも聞いてはいないため、静かな部室に響の言葉が落ちた。

 響は咳ばらいをすると、気を取り直して本を一冊取ると自分の定位置に座った。


 *


「魔力が、足りない」

 紙をめくる音以外は静まり返っていた部室に、響の声が響く。

「え? どういうこと?」

 レナがコミカライズ本から顔をあげる。


「魔力が、足りないんだ!」

 響の叫び声は、悲壮感すらはらんでいる。

「響ちゃん、どうしたの?」

 マンガを読み出したら恐ろしい集中力で周りを一切はねのける華ですら、顔をあげるほどの叫び声だった。


 だが、響に視線を向けた二人とは反対に、響の視線は、『グリスデン王国は今日も危ない!』のコミカライズ本に向けられたままだ。

「響?」

「響ちゃん?」


 二人がもう一度呼び掛けても、響の視線は動かない。レナと華は顔を見合わせて首をかしげる。

 まだ響は何かをぶつぶつと呟いている。聞き取れるのは、魔力、魔法、そして魔王様。

 レナは席を立って、華は自分の席から、響の手元の本を覗き込む。


 見開きで、美形魔王が冷たい表情で微笑んでいた。

 レナと華は顔を見合わせて頷いた。

 なるほど、魔王様の活躍に関することらしいと二人は理解した。

 レナが、ポン、と響の肩を叩いた。


「魔力が足りないのは仕方ないよ。だって、所詮ミハエル様にやられる役回りなんだから!」

「違う!」

 先程までは全く返事がなかったのに、レナのディスりに響が即答した。


「違わない! 『グリ王』はミハエル様が魔王を倒す物語なんだから!」

「それも違う! 『グリあぶ』は魔王様がグリスデン王国をどのように恐怖に陥れるかが描かれている!」

 またレナの言葉に響が即答した。


 レナはムッとしたが、華は首をかしげた。

「それ”も”違うって、どういうこと?」

 響がようやく、顔をあげた。

「魔王様に魔力が足りないわけがないし、『グリ危』のメインは魔王様だってことだ!」

 また華が首をかしげた。


「えーっと、じゃあ、魔力が足りないのは、なーに?」

 華の質問に、響が目を伏せる。

「私に、私に、この魔王様を具現化する魔力が足りないのだ!」

「当り前だし」

 レナは呆れたように自分の席に戻る。

「だって、人間だからねー」

 華も頷く。


「どうして、現世の私には、魔力がないんだ! この魔王様を具現化できれば!」

 響が唸る。どうやら、この魔王のビジュアルは、響の好みドンピシャらしい。

「いや、具現化できるわけないから! できるなら、私だってしたいよ!」

 レナは首をふる。

「えー。私は今のままでいいなー。平和だし」

 華は肩をすくめる。


「よし、決めた!」

 響が立ち上がって手を広げる。

「え? 何?」

 レナが首をかしげる。

「なーに? 響ちゃん?」

 華が響を見上げる。


「皆の魔力を私に集めるのだ!」

 部室がシンと静まり返る。

 レナがまた読んでいたマンガ本を広げた。

「ごめんね、響ちゃん。流石にそれは手伝えないかなー」

 華は新しいコミカライズの巻を広げた。どうやら華が反応したのは、丁度区切りが良かったかららしい。

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