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魔法陣

「これ、何?」

 部室のドアを開けた吉田華の疑問は、最もだった。

 立ち止まった華の、明るい髪色のボブの毛先が揺れる。

 部屋の中の机と椅子は部室の外に出されていて、何もなくなった床一面に、丸い何かが描かれている。


 その中心で熱心に何かを書き加えていたショートカットの北島響が顔をあげた。そして少しずり下がった黒ぶちメガネをくいっと持ち上げた。

「魔方陣だ!」

 その顔は、決意に満ちている。

「ねえ、魔方陣って、マジックで書いていいものなのー?」

 華の上げたのほほんとした疑問の声に、響が眉を寄せる。


「本当は血を使う。だが、レナからそれは絶対やめてほしいと言われたから、仕方なくだ」

 響の口から苦悩のため息が漏れた。

 レナとは、浜田レナ、このアニメ研究部の部長だ。華も、レナの発言には納得しかない。

「えーっと、レナちゃんはー?」

 華が他に誰もいない部室に首を傾げる。


 部室には響しかいなかった。いつもなら既にレナは来ているはずの時間だ。

「イチゴ牛乳を買い忘れたらしい。だから今のうちだと思ってな」

「あー」

 華は納得した。イチゴ牛乳は、レナの大好物だからだ。そして、響が今こうやっていそいそと魔法陣を書いている理由にも。

 レナは間違いなく魔方陣を書くのにも大反対したんだろう。


「すごいね、これ。何のための魔方陣なの?」

 華がドアを閉めて入り口にしゃがみこむ。魔方陣の中には、明らかに日本語でも英語でもない言葉が綴られている……ように見える。

 何となく本能的に魔方陣を踏んではいけないような気がして魔法陣の中に入れなかった。


「フッフッフッ。よくぞ聞いてくれた! これは、魔王様を復活させるための魔方陣だ!」

「へー。魔王様って、勇者とかに殺されたりしたんだ?」

 華の疑問に、響がムッとした。

「あれは、人間風情だけの力でできた訳じゃない! 人間風情が神の力を借りるだけで魔王様を殺せるなど、笑い千万!」


 華が首をかしげた。

「でも、結局殺されちゃったんだ?」

「だが、我々魔族は、魔王様の復活を成功させたのだ!」

 響は自称、魔族の生まれ変わりだ。

「魔王様自力では復活できないんだね?」

「すぐさま我々は魔王様復活の方法を探しだし、100年の時をかけて復活させたのだ!」


「もう勇者、死んじゃってて仕返しもできないねー」

 のんびりとした口調で、華が告げた。

 半目になった響が、ギロリと華をにらむ。

「魔王様は何千年も生きておられるのだ! その中の100年など大した時間ではない!」


「これって、魔方陣が完成すれば魔王様が復活するの?」

 華はあっさりと話題を変えた。響の目が輝いた。

「もちろんだとも! だが、魔方陣だけじゃ足りぬ!」

「他に何が必要なの?」

 華が首をかしげた。その瞬間、部室のドアが開いた。

「ちょっと! 響、やめてって言ったでしょ!」


 入り口の華を押し退けて、真っ黒な髪をツインテールにした浜田レナが、ズンズンと部室に入ってきた。

「今こそ! この世界の邪なるものよ、生け贄と身代わりに魔王様を復活させよ!」

 響の言葉に、レナが止まる。

 部室に、一瞬だけ沈黙が落ちた。

 ――何も、起こりはしなかった。


「しかも人を生け贄にするとかなんなの! 確かに私は姫だけど、生け贄じゃないから!」

 レナがツインテールを振り乱した。レナは自称、さるファンタジー王国のお姫様の生まれ変わりだ。

「やはり、生け贄は3人必要だったか」

 響が肩を落とした。


「ねーねー、響ちゃん。それじゃ、響ちゃん魔王様に会えなくない?」

 アニメ研究部の部員は、レナ、響、華の3人だ。華の疑問に、響が首をふる。

「魔王様が復活すれば、私を復活させてくれるはずだ!」

「そもそも魔王様って、死んでるの? 復活させたんじゃないの?」

 華の疑問に、響が、ん? となる。


 次の瞬間、響が満面の笑みで華の手を握る。

「流石、一度冤罪で殺されたことがあるだけあるな! 私が死んで転生したからと言って、魔王様は死んでるとは限らない! どこかで力を蓄えている最中かもしれん!」

「えーっと、別に冤罪で殺されたことがあるとか関係なくない?」

 華がパチパチと瞬きをした。華は自称、冤罪で悪役令嬢として処刑されてしまった令嬢の生まれ変わりだ。


「それより、これマジックで書いてどうすんのー!」

 レナがイチゴ牛乳のパックを握りしめて、頭を抱えて叫ぶ。

 響がおもむろに立ち上がる。

「もしかしたら、まだ魔王様は生きておられるかもしれん! もしもの時のために、保存しておこう」

 レナの叫びを無視して、腕を組んだ響がコクリと頷いた。


「でも、響ちゃん。血の代わりに書くなら、赤の方が良かったんじゃない?」

 華がもう一度首をかしげた。

 床一杯に描かれている魔方陣らしきものは、真っ黒だった。

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