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2 ここは境界の標だ!



【ここは境界の標だ! 《テルミヌス》】



 オレンジの淡い光が、ブワッと一気にあたり一面を包みこんだ。

 遮断呪文 《テルミヌス》——範囲内のすべての呪文を消失させる。

 黄土色のコンベイの地を覆うように、オレンジの風が吹き荒れた。

「ああっ……何てこった、ショーン!」

 クラウディオのショックな悲鳴とともに、グングニルの黄色い光線がシュウウゥゥとすぼまり、サラサラと砂上へ消えていった。

「————もみじぃいいいい!」


 光は先に萎んだものの、強烈な呪文の勢いはすぐには止まらず、未だ煙と揺れを巻き起こしていた。遮断呪文 《テルミヌス》は、微弱な呪文ならすぐに消えるが、強力な呪文ほど完全消失に時間がかかる。

 よって、本来の威力からかなり減衰していたが、地面を割って進む強い力圧は、予定どおり進行し──ただしモグラの口は【開かれることなく】、黒色の大きな囚人護送車を吹っ飛ばし、多くの車輌部品を巻き散らしながら、煙に塗れて横転した。



「…………もみじ、」

 大粒の汗が額から流れ落ち、ショーンの瞳へ入っていった。

 広範囲の《テルミヌス》で、胎内のすべてのマナを失ってしまった。

 猛烈な消失感が、彼の躯を漆黒で襲う。

 もう視界を調節するためのマナ、いや、真鍮眼鏡をかける力すら残っておらず、眼鏡のツルが外れて地に落下していった。

 ザアアアと強い本当の風が、南から一気に吹いてくる。

「……か…………たす……け、て」

 強い風がふぶく音と、人が大地に倒れる音に紛れて、粒子のように微かな声が兎警官の鼓膜へ確かに響いた。


 ざあざあ、ざあざあ。【風の神 リンド・ロッド】が大股でコンベイの大地を駆けてゆく。地に伏したショーンの髪を揺らし、風は音を立てて去っていった。

 ショーンがとっくに地面に取り落としていた緑の葉っぱが宙に舞う。齧りかけのその葉っぱは、元の持ち主であるペーター・パインの目の前へヒラリと落ちた。

 囚われていた兎警官は、その葉をサッと左手で取り、呑み込むように噛みちぎった。彼の体内にドクリと血流が波打ち、むくむくと筋細胞のひとつひとつが膨らんでいく。


 ペーター刑事は起き上がった。

 そして胸ポケットから10数枚の葉を取り出し、すべて一気に、バリッと噛んだ。

 ————ドドグンッ‼︎

 毛細血管が弾け飛び、一気に身体中が漆黒に変化する感覚を得た。





〔紅葉…〕

 遠くでショーンが呼んでいる。

〔もみじぃ……!〕

 どうしたのショーン。首輪なんかつけて鉄の檻なんか入っちゃって。あはは、必死で呼んでる。まるでペットみたい……

【…………もみじぃいいいい!】

 ハッと意識が目覚めた。ショーンの声……違う、地面が揺れて……地震? 

 いや、地震じゃない。こんなドドドドドって掘削工事みたいな音は……、


「何、あれ……?」

 意識が半分ぼんやりしたまま音の鳴る方を向き、紅葉は目を疑った。黄色く光る巨大なモグラが、煙を巻き上げて、地面スレスレをズゴゴゴと進んでいる。

 奇妙な光景だった。ショーンか誰かの呪文だろうか。

「——ッ、ゲホゴホッ!」

 砂埃が気管に入る。まずい。

 一気に覚醒した紅葉は、腕で口元を覆いながら身を起こし、その場をざっと見回し、周囲の状況を確認した。


 傍らに斧が転がっている。少し離れたところに囚人護送車。車の後扉が開いていて、拘束衣のユビキタスが中にいた。鎖で厳重に繋がれて車内に座ってる。運転していた州警官が車の脇に倒れている。

 ——この場にいるのは3人だ。仮面の男はショーンたちと対峙してるのか、どうも遠くにいるようだった。

 地面が凄まじい勢いで揺れている。黄色い地割れが迫ってきている。紅葉は急いで斧を手に取り、護送車へと走っていった。失神中の警官を抱き起こし、自分の左肩に彼の体を載せた。



「先生——っダメ、間に合わない!」

 平時ですら鎖を外し、解放するのは容易ではない。

 聴いたことのない重低音と、体感したことのない地響きが目の前に迫っていた。

 もう逃げる以外に手段はない。

 砂埃が服と体のあらゆる隙間に入った気がした。


「くァゥ————ッ!」

 紅葉は歯を食いしばりながら、警官を斧と一緒にガシリと背負い、その場から走って逃げた。

 すると、砂で目はほとんど潰れて見えなかったが、急にふわりと太陽のような淡い光に包まれるのを瞼で感じた────

 その直後、土煙と土砂の入り混じった轟音が、囚人護送車の横っ腹をグシャン! と盛大になぎ倒していった。

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