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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第15章【Memorial party】葬礼饗宴
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4 そして、レモンビール

 アパート『ジュード』内外で、まわりが慌ただしく動きまわる中、アパート軒下のベンチに唯一、空気の違う人物がいた。


 役場の夜警マドカ・サイモンが、眠そうにぷかぷかとタバコを燻らせていたのだ。

 外階段から降りてきたアーサーは、彼女の背中に声をかけた。

「やあマドカ。居たのか」

「ん……」

「眠いだろ。ベッドで寝るか?」

「んー」

 マドカは重たい瞼の代わりに、タバコをクイっと動かした。返事はするが、その場から動きそうにない。背中に生えた翼の羽毛が、風にフワフワと揺れている。

「ちょっと市場でケーキの材料を買い足してくる」

「ん?」

「雉肉パイをオーブンから出しといてくれ。後10分ほどで完成する」

「ん〜」

 ポトン、と彼女は灰を落として俯く。

 アーサーは緋色の腰エプロンを、マドカが座るベンチの手すりに置いて、胸ポケットのペンと手帳と、財布だけを持って出かけていった。

 

 

 日差しが暑い。風が吹いて良い陽気だ。これからピクニックが始まるような。

 アーサーは狭い路地裏を歩いて、市場に向かった。


 ——しかし、葬礼饗宴……メモリアル・パーティーというのは、つくづく不思議なシステムだ。どんなに辛く悲しい時でも、祭壇を飾り、お祝いの料理をこさえるうちに、晴れやかな気分になってしまう。どうせ、この後に待っている火葬と埋葬の儀で、号泣するんだろうけど……宴会の時だけは、明るく元気に陽気にいられる。

 昔、母親が亡くなった時もそうだった。父親の消息が絶え、探しに行った弟たちとも徐々に連絡が途絶えていき……最愛の母ジェシカも失った。葬儀ではずっと泣いていたはずのに、今思い出すのは、食事会で祖母と作った甘いオレンジケーキの味だ。母が好きな紅茶をたっぷり入れたクリームの……。



 その時、路地の正面からチリンチリンと自転車がきて、アーサーは寸前のところで躱した。

 ……危ない。

 昨日から一睡もしていない。おまけに連日の事件調査の疲労も残っている。

 アーサーは、らしくなく壁に手を当てて、腰を屈めてその場にうずくまった。

『——みんな消息不明なんですよ——』

 父フィリップの葬式は未だに行われていない。クレイトにいるはずの弟たちも行方知れず。……まあ弟2人は、さすがに生きていると思うが。今まで祖母を置いて行けなかった。サウザス内で監視していたユビキタスも、今日でクレイトに行ってしまった。もう、この町に留まる意味は薄い。


「クレイト新聞に就職できるかな…………社長のコネで……。フッ」

 そう独りごちて、再び顔をあげた。今はとにかく市場へ行かなきゃ。必要なのは、オレンジ、バター、砂糖、ミルク、バニラビーンズ……小麦粉はいっぱいあるから良いとして……後はレモンも買おう。俺も、マドカも、神様も、レモンビールが好きなんだ。


 チリンチリンとまた後ろから自転車が来て、道を譲る。まったく狭い路地裏だ。落書きだらけな汚い壁のあちこちに、町長オーガスタス失踪事件の目撃情報を求むポスターが貼ってある。

「行方不明のままだと、葬式すらあげられないな……」

 そうだ、クレイトに行く前に、町長を見つけてやらないと。アーサーには、組織の件を黙っていた責任を果たす義務がある。



 ……ああでも、自分の体調も今は良くない。

 今夜は祖母を弔って、ゆっくり休もう……


 そう唸っていると、

 路地の正面から、砂鼠族の男がコツコツと歩いてくるのに気付いた。

 あれは…………コスタンティーノ兄弟の誰かだ。

 背が高くて細い、柔らかな顔立ち。

 四男のファビオか、五男のステファノ……いや、違う、


「————エミリオ⁉︎」


 末男のエミリオが……

 歩行困難のはずの彼が……【自分の足で、歩いている】。


 一瞬の意識が遅れた。

 逃げようと、踝を返したその瞬間————

 アーサーの首に、大きな包丁の切っ先が、深くめり込んでいた。


挿絵(By みてみん)

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