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4 朝靄の中のビスコッティ

「——ヤバイっすね」

 午後6時半。

 サウザスからグラニテ地区へ突入した矢先、濃厚な霧が立ちこめ、行く手を阻んでいた。ちょうど、町長の尻尾吊り下げ事件があった日と時刻の、同じくらいの濃度の白さだ。

『どうしますか、進みますか?』

 場所は北のオリーブ園の真っただ中。悪夢よりも濃い霧を前にし、一行は完全に足を止めてしまっている。

「クラウディオさん、これはもしや……呪文で生み出したものか?」

 先頭のオールディス警部補が、クラウディオが乗るオープンカーまで、直接走ってやってきた。

「いや……マナを纏ってないから違うでしょう。ただの自然現象ですな」

 オリーブ園の手前までは靄もまだ薄かった。舐めて突っこんだ直後、数歩先も見えなくなってしまった。


「このまま進むのは危険です、警部補!」

「事故に遭いかねません!」

 周りの警官が次々と声を上げた。郊外のためブーリン警部とも交信が通じない。現場判断に任されていた。

「朝靄なら去るまで待つのが最善だろう。太陽が上がれば消えるはずだ。すこし周囲を払ってやるから、みな道路脇に移動したまえ」

 クラウディオが、呪文を唱える構えをとった。

「待て、それも危険だ……! 先に進みながら、霧払いはできないのか?」

「チッチッチ──オールディス君、マナは無尽蔵ではないのだ。闇雲に呪文を唱えながら進んでいては……遭遇時に充分な保証はない」

 クラウディオが優しく諭し、珍しくショーンも大声を出して同調した。

「僕も、マナは敵と遭うまで、満タンであるべきだと思います!」



「——む、いいだろう、皆アルバの指示に従いたまえ!」

 クラウディオは隊全体が見える範囲の霧を払った。そこ以外はオリーブの木々すら見えぬ園の中で、一同は道路脇に移動し、じっ……と待った。

「これは休憩ではない! 警戒を怠るな!」

 オールディスが注意しつつも、隊員はガムを飲んだり、用を足したり、各々のんびり過ごしていた。ショーンも鞄からお菓子を取りだし、ジョンブリアン社のビスコッティをモグモグ食べた。

「ペーターさん、はいコレ」

 ショーンが、ココア色のビスコッティを差し出してきた。口の中がパサつくので、あまり気は進まなかったが、1本だけ気持ちとして頂戴した。表面には白い粉糖が振りかけられ、中はアーモンドとクルミがぎっしり詰まっている。

「もう1個いる?」

「や、充分っす」

 ペーターは前歯をムグムグと動かしながら、ミラー越しに紅葉の姿を捉えた。彼女は運転時と全く変わらず、静かに警戒を続けていた。まるで獲物を狙う黒豹のように。一方ショーンは呑気そうに、お菓子をコリコリ嗜んでいる。


「……紅葉さんには差し入れしなくていいんすか?」

「アイツこのお菓子嫌いなんだよ。口の中がパサつくからって……美味いのに」 

「はは、そうッスね……彼女、何か戦闘経験はあるっすか?」

「ないよ。ただの酒場の店員だよ」 

 ショーンはビスコッティを食べ終わり、ザラーっと底の粉を咥内へ注いだ。

「店員っすか……よく志願しましたね」

「僕がいるから付いて来たんだ。そんなこと言うなら僕だってないよ、戦闘経験なんて……どうしたらいいんだろ」

 彼は、また本を開いて項垂れた。

「《テルミヌス》は必須として……戦術魔法……いや四元素はさすがに難しすぎる」

 難しい顔をしてブツブツ呟いている。何か教えてやりたいが、訓練は一両日中に身につくものではない。

 ペーターは左を振り返り、囚人護送車を見た。黒光りする四角い巨大な荷台には、ユビキタスが施錠されて入っている。淡い白灰色の朝靄の中で、囚人車だけは異様な空気を放っていた。彼は呪文が使える。そして味方とされる人物も、おそらく——。



「でも、アルバの対処法なら、ショーン様の方がお詳しいでしょう」

「えっ、そうかなぁ……警察はどのくらい対処法を知ってるんだ?」

 ショーンは不機嫌そうに眉を顰め、角をカリカリ掻いていた。

「フフフ……言っていいっすか?」

 州警察が、アルバについて把握しているのは、【帝国調査隊】の名簿と連絡先と、どこまで彼らと協力するか、どれくらい情報を渡すか、それだけ。


「——知らないっす」


 アルバを疑うなんて、警察の教えの中に存在しない。

 こんな体制ではたして無事で済むんだろうか。ラヴァ州警官の制服の中を冷たい汗が一筋伝った。

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