3 あるはずのない甲冑像
「ウオッ、これがオスカー・マルクルンドの甲冑ですか。はー、やっぱすっごい……」
甲冑は相変わらず、邪魔な場所に鎮座していた。
あるはずのない場所にある甲冑は、異常な威圧感がある。ホラー映画で、目を逸らすと勝手に動いている像と同じだ。
甲冑の頭部は比較的シンプルな作りの鉄版で、肩部と体側部にかけて派手な装飾が施されている。胸部にはコスタンティーノ家の装飾刻印。左手首を上に、右手を下に、両手を掲げて戦斧を持ち、己の右脚を守るように刃をギラリと見せていた。
リュカは虫眼鏡を取りだし、じっくりと面を確認するが……やはり傷ひとつない。これは凶器でもなんでもないのか。
ペーター警官も顔を近づけ、鼻でスンスン嗅いでいた。
「お、これって本物の甲冑じゃないんすね。中の詰め物とくっついてるっす」
「ああ。初めから置物として作ってるから、取り外して着たりはできない。彫像に近い作りなんだ」
この甲冑は、手足はもちろん、指ひとつひとつの関節まで完全に鉄で固定されている。
「へぇ〜、じゃあ、斧もくっついてるんすか?」
甲冑は両手でしっかり戦斧の柄を掴んで、離れないように一見みえる。
「ちょっと頭のほうを持っててくれ」
「ウワオ、マジすか⁉︎」
リュカたちは、鉄でできた甲冑像をいったん倒した。
ゴトン、と廊下の厚い絨毯に体を載せる。
台座と足の裏は、ボルトで固く繋がっている。
それらを慎重に外していき……
台座と甲冑が完全に切り離された。
鉄斧を、下の方からグッと引っぱると、スルリと甲冑の手から抜けていった。
「あ、あー。へー、こうなってたんすかっ」
「…………」
ズッシリした重みが、リュカの両手に感じられる。銀色の刃の切っ先が、ギラリと艶めかしく煌めいていた。
この斧は……事件とは何の関係もないかもしれない。
だがなぜか……空気の淀んだこの部屋に、これ以上置いてはいけない気がした。
「ペーターさん、これを何とかして持ち出せないか? 斧だけでいい」
「お、了解っす、考えます」
鍛冶屋トールの武具は、鉄の美しさを見せるために作っているのだ。
断じて、人を傷つける武器や凶器に使うためではない。
台座のボルトを締め直し、2人がかりでまた起こした。
両手を曲げ、斧を持たざる甲冑像は、少し間抜けな姿だったが……充分に威圧感は残っている。かえって家の守り神のように、静かに廊下の隅に佇んでいた。
「ふー……」
リュカとペーターは、今度は個室に入り、中をキョロキョロ見回した。
いま一番気になるのは、甲冑が元々あった奥の床だ。隠すように厚手の絨毯マットが引いてある。
ここは元々、台座の四隅を直接、木の床板にボルトで打ち込み、厳重に固定してあったのだが……マットを取って確認すると、小ぎれいな床板がそこにあった。
「オーナーからは『床が痛んでるから外した』って話だったんだ」
「これって、痛んでるんすかねぇ?」
甲冑の重みで多少凹んではいるが、痛んでいるようには見えない。台座を止めていたボルト痕の、4つの穴が綺麗に残っている。少なくとも、何かひどい衝突や衝撃で取れたものではなく、丁寧にネジを外して取ったようだ。
「ちゃんと記録しておくっす」
ペーターはちっちゃなペンで、カリカリと書類に記録した。
「……これって町長の事件と関係あるんだろうか」
「んー、どうでしょうねえ」
ペーターはちっちゃなペンで、兎耳の裏をボリボリ掻きむしっている。
関係ないでほしい。リュカは、祈るように部屋を見回した。
レストラン『ボティッチェリ』2階の個室——
部屋の中央に、大きな長方形のテーブル、椅子が6脚置いてある。窓がなく昼でもかなり薄暗いが、壁はぶ厚く、密会にはピッタリだ。
右壁には取りわけ用の小テーブルに、食器昇降機の木の扉。左壁は装飾皿や陶器が収まった食器用キャビネットに絵画がいくつか。家具はすべて高価そうなオーク製の立派な品だ。
テーブルには白いテーブルクロスがかけられていて、配膳器具は今はなし。
先ほどマットをめくった時の延長で、テーブルクロスも、何となくめくって確かめてみた。
「……なんだこれ」
中央のテーブルに、真新しい数センチの傷があった。
「えーと、資料によると、解体ショーでできた時の傷らしいっすね」
「解体ショー……?」
市場でやっているのを何度も目にしているが、この店で解体ショーが開かれたなんて聴いたことがない。たとえ仲間うちでやっていたとしても、こんな高級テーブルを、解体ショーに使うとは思えないが……
「他には、目立って争った跡、傷、血痕などは無し、甲冑は『デル・コッサ』って店にも同じものがあるとか」
「そこは捜査が入ったんですか?」
「町長が事件当日の昼に、そこで食事してるっすね。ただ個室じゃなくテーブル席で、普通に目撃者もいるので、スタッフに事件の聞き取りをしただけみたいっす」
「そうか……」
ボティッチェリのシェフ、ピエトロが働いていたレストラン『デル・コッサ』。
確かあの店も、ここと同様に、個室と甲冑があるはずだ。
けれど、今まで個室に通されたことがなかったし、甲冑も見た記憶がない。
——向こうの甲冑は、今どういう状態なんだろう?
「お、その顔は、行くってことっすね…! 行ってみますか!」
非常に頼もしいマッチョ兎とともに、戦斧を背負って、リュカは次の店に向かった。




