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4 夕暮れの再会

「ショーン!」

 声の主を探すと、頬を紅潮させた紅葉が、出版社のガーゴイル像の前で、駆け寄ってきた。

「紅葉……いま帰りか?」

「うん、ちょうど終わったとこ!……会えてよかった……」

 ……会えてよかった。

 なんて、普段の紅葉からは出てこない言葉に、ショーンの尻尾はクッと反応した。


「いっぱい伝えたいことがあるの」

 紅葉が近寄り、ショーンの両手をギュッと握った。彼女の頬は、茜色の紅葉のように染まっている。

「つ、伝えたいこと……?」

 ショーンは尻尾を無駄にパタパタさせる。

「うん、事件について。情報をいっぱい仕入れてきたの」

「あ、そう……」

 長い尻尾がしょん…となった。

「帰ろう、ショーン。ラタ・タッタに」

「ん」


 北大通りを足早にふたりで歩く。

 握った手はすでに外れていたが、心は暖かかった。

「そういや、僕のことよくわかったね、真鍮眼鏡も外してるのに」

「えっ……だって、子供の頃は眼鏡してなかったじゃない」

「そういや、アルバになってからか」

 アルバとして日々眼鏡をかけ続けたせいか、この姿に馴染んでしまって昔の姿を忘れていた。

「ふふ——でも、後ろ姿でもすぐ分かったよ」

「本当?」

 ショーンは一瞬、手を繋ぎたいと思ったけれど、酒場の玄関が見えたので、尻尾をニュッとくねらせるだけで済ませた。





 夕飯はショーンの部屋に持ちこんで、食べながら報告会をすることになった。

 献立はパプリカと人参ピクルスの缶詰と、カボチャの種いりライ麦パン、アーモンドとクルミのお菓子袋。

「ショーン、先にどっち飲む?」

「菊水茶かな」

 お茶は、甘酸っぱい杏桃茶とスッキリした菊水茶の二本立て。

 ショーンは、ぎしぎしと黒パンを齧りつつ、昨夜から続く町長の失踪事件について、一連の出来事を紅葉に話し始めた。

 町長室の窓に残っていた呪文痕、ユビキタスの町長時代に外された鉄格子、病院の書斎でユビキタスの【星の魔術大綱】の発見、校舎の窓枠で練習していた痕跡と、ヴィクトルが語る彼の過去——


 ユビキタスの名前が出るたび、紅葉はどんどん意気消沈し……うな垂れた様子で、ティースプーンでぐるぐる回した。

「…………先生、そんなことになってたんだ……」

「ん……明日クレイトへ護送される」

「そっか、先生はアルバを目指してたんだ……そうか、そうなんだ!」

「ど、どうした、急に」

 何か気づいた様子で拳を振りまくる紅葉に、若干の恐怖を覚えながらショーンは尋ねた。

「実は——」

 紅葉は、今日体験した話を丁寧に説明していった。

 まずは、新聞社で2週間前のコリン駅長の記事をもらったこと。市場でのマドカとマルセルとの会話。マルセルが嗅覚でアーサーを探し当てたこと。鍛冶屋トールで聞き耳を立てた内容。(強引に侵入した事実はうまい具合に誤魔化した)

 そして、一番肝心なアルバの組織の話——これはショーンの様子を窺いながら、特にゆっくり話した。ユビキタス校長が所属していることを伝えて、話を終えた。



 紅葉の話が終わっても、ショーンはしばらく答えず……アーモンドを菊水茶に浸しながら1粒ずつ噛んでいた。

「…………………アルバ崩れの組織か……なるほどね」

「し、知ってるの……?」

 恐る恐る、紅葉が聞いた。

 ショーンは苦そうにアーモンドを噛み締め……やがて、諦めたように後ろへ手を組みながら背伸びをし、ギチッとベッドを揺らした。

「まぁ……存在してても、おかしくないんじゃないか」

 それは、彼女の予想からしたら、あまりに軽い返答だった。

「それだけ?」


「————僕は、アルバは基本的に信用してない」


 キッパリと、羊角をまっすぐにして、宣言するようにショーンは告げた。

「僕が信用してるのは……ほんの一部の人間だけだ」

 長く重い呼吸を、肺の奥から吐き出し、ゆっくりと下を向いて、睫毛の影を瞳に落とした。

 ——ショーンの心情は、紅葉には分からない。

 けれど、ふと……彼が魔術学校を卒業後、すぐにサウザスへ帰ってきたのを思いだした。煌びやかな帝都に住んでいたら、もう田舎町には戻ってこないと思っていたのに……。



「そうか、アルバの組織か……だとすると……」

 ショーンが前で腕を組み、ごにょごにょと呟き始めた。

「何か知ってるの?」

「ん……昨日聞いたことに関係あるかも……」

 ショーンはしばらく考え込んで、紅葉の問いには、すぐ応じてくれそうになかった。

 彼女は所在なく目の前の食糧を口に運んだ。お腹が満たされると、焦る気持ちが幾分か和らいでくる。菊水茶を飲んで口元をスッキリさせた。

 夕食のピクルスと黒パンを食べ終わり、アーモンドの袋が空になった。クルミの小さな袋をふたりで分け合う。こんな気分の暗い状況下でも、白い砂糖がまぶされた焼きクルミは、香ばしくて甘かった。



「ふー……」

 酒場が休みの水曜夜は、ラタ・タッタで唯一静かな夜だ。

「ええと、何て言ってた新聞記者の……ラスカルだっけ?」

「アーサーだよ」

「そうそう、アーサー。一度会って喋ってみたいな」

 ショーンは小さなおちょこに、杏桃茶をトプトプ注いで、喉と唇を潤した。

「そうだね。私には教えてくれなかった事も、ショーンになら話すかも……」

「ソイツはそんなに秘密を握ってるのか?」

「……分かんないけど、10年間調べてたってことでしょ。まだまだ情報を持ってるはずだよ」

「まあ、そうか…」

 休みの日も太鼓の練習を欠かさない紅葉だったが……頭の中は事件とショーンのことでいっぱいで、今日は叩くのを忘れていた。彼女の脳内では、アーサー宅や新聞社での出来事が、何度も繰り返し再生されていた。


「アーサーさんも、町長のことを嗅覚で町中調べたみたい。『町長はサウザスにいない』って」

「……そうか」

 嗅覚の件で、マルセル君の顔も一緒に思い出す。

 鼻だけであれだけ探せるって、とても便利だ……。

「……そうだ。呪文で人探しはできないの?」

 アルバなら、嗅覚よりも大規模な捜索ができるんじゃないか?

「——捜索か」

 ショーンの真鍮眼鏡がキランと光った。

「一般的な方法は3つある」

 彼は指を3本、紅葉に向けてビッと立て、フンと鼻息を荒くした。

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