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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第1章【Rat-a-tat】ラタ・タッタ(サウザス町長吊り下げ事件 ①不穏な日常編)
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4 社畜な魔術師

 ──ダガ、ッダン!

「みんなー、引き続きお酒楽しんでいってね!」

 演奏終了。

 本日1回目の演奏を終えた紅葉が、足早にショーン達のテーブルにやってきた。彼女は太鼓隊の装いのまま、食事のお盆を手にしている。

 黒の丸首シャツに、両肩にふわふわのファーがついた焦茶のチョッキ。紅色の牡丹唐草の模様が、ボタン周りと背中に編み込まれている。髪には、椿の花飾りを左右に咲かせ、ニコニコと友人たちの間に座った。


挿絵(By みてみん)


「お疲れリュカ、ショーン。わぁすごい、もう火傷治ってるんだ」

「僕のおかげだぞ。もっと敬え!」

 次の公演まであと40分。毎晩こうして1回目の公演終わりに、彼らは共に夕飯を取っている。今日の紅葉の夕飯は、味噌焼きおにぎりと、茶碗いっぱいの蕪汁に、蓮の葉茶。質素に済ませるかと思いきや、リュカの皿から薄切り肉を、ヒョイヒョイ箸でくすねていた。



「はいはい、すごいすごい」

「あと昼間のお茶が濃かった!」

「えー煮出しすぎたかなあ。あ……砂時計を2回まわしちゃったかも」

「なんでだよっ」

 サラサラとあしらう紅葉に、ますますショーンの機嫌が悪くなった。彼の長い猿の尻尾が、イライラして左右へ揺れる。

「いやぁ砂時計って上下同じ形じゃない? クルって回すと『あれ、どっちだっけ』ってなって。まーたクルって回しちゃうんだよねー」

「ならシールでも貼っとけ。『始』『終』って書いて。そうすれば間違えないだろ!」

「なるほど、それなら間違えないねっ。さすがアルバ様」

「アルバを気安く呼ぶなよっ!」

「——うるせえぞ、ショーン‼︎」


 リュカが机を、バン! と叩いて一瞬、皿と椅子が浮き上がった。

 怒鳴られたショーンは、『ぐぅ』と猿の尻尾の先を丸めて、口をつぐんだ。

「あぁもう……よくこんな側で、大声でキレられて平気だな、紅葉」

「まあ、怖くはないからね。ショーンだし」

「なっ……ちょっとは怖がれよ、アルバ様だぞ!」

「はいはいアルバ様、最近は特にイライラしてるよね。男の子の日?」

「違う!」

 パシッ、とショーンも勢いよく机を叩いたものの、さすがに浮き上がりはしなかった。紅葉とショーンの体積を合わせたより、リュカは大きい。

「もー、いちいち机を叩かないでよ。そうだ太鼓を叩いてみたら? スッキリするよ。きっと」

「…………んん……ん」



 それ自体は良いアイディアだった。

 しかし彼の心のモヤモヤは、太鼓を叩いた所で晴れることは無いだろう。

 ショーン自身も気づいてなかったが、彼がイライラし始めたのは、ちょうどアルバになって3年目の今月からだ。

 魔術学校で毎日机に齧りつき、魔術と呪文を猛勉強した末、ようやく念願のアルバになれて、素晴らしい仕事と人生を送れるかと故郷に帰ってきたのに——周りからのチヤホヤだけは手に入れたものの、毎日毎日大して変わり映えもなく、魔術学校にいた頃より、はるかに退屈な日々を送っていた。


 これが例えば、紅葉の太鼓隊のように、仕事が楽しくやり甲斐があれば、最上の人生だろう。

 あるいは、リュカみたいに仕事熱心でなくとも、趣味が充実してるなら、それはまた楽しいものだ。

 だが、ショーンが現在やっているアルバの仕事は、人に感謝はされど、さほど楽しくもやり甲斐もなく、毎日毎日休みなく似たような事の繰り返し。趣味といえばお茶を飲み、お菓子を食べること……これも、けして悪くはない……が、

 魔術師人生が充実してキラキラしてる——とは、現状とても言い難い、3年目の3月初旬。2月までの寒い冬を越えて、徐々に暖かな季節に変わるなか、ショーンの心はどうにも冷たいままだった。

 


 さて、今は太鼓隊の演奏終わりの3月6日、銀曜日。

 酒場はどこも、おしゃべりに花が咲いている。

 リュカは紅葉に、今日火傷した経緯を話し始めた。午前中、賄い料理で揚げ物を作ったときの悲劇らしい。

 手持ち無沙汰のショーンは、大人しくサンシュユの実をコリコリ齧りながら聞いていた。現在は尻尾も落ちついて、フヨフヨと椅子の間を漂っている。

 松黄茶もすっかり底をつき、ティーカップの底に花がクタリと垂れていた。

 ショーンが2杯目を頼もうか、迷っていた時——

「──そういえば、あれからお部屋片付けた?」

「してない! 今忙しいんだよっ」

 急に紅葉が逆鱗に触れてしまった。

 猿の尻尾がビンッと毛羽立つ。一触即発の気配が漂う。

「なんだよ、そんな目で僕を見るな! 僕に説教するな!」

「……いいから毎晩ダラダラお茶飲んでないで、掃除してこいよ」

「しかも、深夜までクダ巻くし。お茶で」

 しかし幼馴染の扱いは、冷えたスープよりも冷たかった。


「僕に説教するなあ────うわぁあああああ!」


 ついに沸点を超えたショーンは頭を抱えて机に突っ伏し、スープポットにドボンッ! と顔を突っこんだ。

「……あーあ、何やってんだ」

「……きっと疲れてるんだよ……ずっと休みがないもんね」

 顔を突っこんだまま『ア゙ア゙ア゙ア゙ッ』と叫び続ける親友の背中を、ふたりは交互に優しくさすった。


 アルバになって3年目。

 毎日毎日、下宿でケガ人の手当てをし、

 夜は酒場で酔っ払いの喧騒を聴き、

 浴びるようにお茶を飲む。

「…………気がくるいそう……。」

 びちゃびちゃのクリームスープを顔から垂れ流し、

 若きアルバ、ショーン・ターナーは、そろそろ精神に限界が来ていた。


挿絵(By みてみん)

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