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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第8章【Botticelli】ボティッチェリ
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3 アーサーの行方

「とりあえずここから出ましょう」

 砂犬族の新米警備員マルセルは、マドカの散らかしたゴミを片付けて別れの挨拶をし、紅葉とともにその場を後にした。

 マドカはあのまま突っ伏してベンチに寝ている。

 紅葉は、隣人として一応心配したものの、「いつもああなんで、大丈夫ですよ」と、彼がマドカの部下らしく頼もしいことを言ってくれた。

「それで、匂いで探すなんてできるの? マルセル君」

「はい。アーサーさんの香りは嗅ぎ知っているので……紙とインクの染み込んだ、森狐族の匂いです。あと、ミントコーヒーとレモンビールと……オレンジの香りもよくしてます」

 紅葉は、昨日飲んだミントコーヒーの味をフッと思い出した。



 市場から出た2人は、中央通りの車道を渡り、市場向かいにあるサウザス出版社の前へ到着した。2時間前と同じように、玄関のガーゴイルが迎えてくれる。

 マルセルは石像の前に立ち、クン、と鼻を動かした。

「……新聞社には、帰ってないみたいですね」

「外にいるのに分かるんだ……!」

 紅葉がいくら鼻をひくつかせても、市場から漂う生鮮食品の匂いしか感じない。

「市場や貧民街はすごい臭いなんで、探すのはちょっと無理なんですよ」

 マルセルが東区の方面に右手をかざした。手を挙げたまま、少しずつ体の向きを北へ変えていく。

「でも、北区か西区にいるのなら……あっと」

 彼が、北区の通りのある一点をキュッと見つめた。今まで低くしなだれていた、尻尾と耳がピンと立っている。


 そこは……紅葉もよく知る店だ。

 店の前には、土栗鼠族の小さな子供──フレヤとボルツが遊んでいる。

「えっ……『鍛冶屋トール』……なんで?」

 学校で友達を作れなかった紅葉にとって、あの店にはショーン以外で唯一の、紅葉の友人がいる。

「……あそこです。紅葉さん」

 マルセルが、ゆっくりその店を指差した。

「あのお店に、アーサーさんがいます」





「では、オスカーさん。レストラン『ボティッチェリ』にある甲冑は、あなたの制作したものでお間違いないですね?」

「………ああ、そうだ」

 鍛冶屋トールの応接室は、望まぬ訪問者によって、ただならぬ気配に包まれていた。

 母のエマは唇をへの字に曲げて、対面にいる新聞記者を固く見つめている。

 リュカは、なぜ息子の自分が呼ばれたか分からないまま、父オスカーの後ろに立っていた。

「……正確には、部下たちと共同で作ったが…………私の作といえるだろう」

「あの甲冑は、大きな戦斧を持っていますが、あれも貴方の作ですか?」

「……そうだ」

「実際に切れますか?──例えば、ワニの尻尾などは」

「…………どういう意味だね……?」

 オスカーは静かに腕を組み、ソファに座っている。

 エマは夫の真後ろで、般若のような形相でソファの革地を掴んでいた。

 リュカは大量の汗が背中に流れるのを感じながら、動向を見守っている。



 一昨日の夜7時、鍛冶屋一家は、とあるレストランへ食事に行った。

 レストラン『ボティッチェリ』。

 東区では珍しい、本格的な高級料理を出すレストランである。

 シェフは元々、西区のレストラン『デル・コッサ』の副料理長で、昼は一品ランチ、夜はコース料理を提供している。

 場所は、市場から南東の裏手にある。オレンジ色で三角屋根の2階建ての建物だ。1階は通常のテーブル席が、2階には豪華な個室がある。

 一流鍛冶師オスカー・マルクルンドは、この店に飾る甲冑像を頼まれた縁があり、一家はいつも2階個室へと通される。


『お久しぶりです、オスカー先生。いやあ、お子さんも大きくなって』

 出迎えてくれたのは、砂鼠(すなねず)族のジャン・コスタンティーノ。

 彼は『ボティッチェリ』のオーナー兼ウエイターだ。

『……急に来てすまなかった。いつも予約でいっぱいなんだろう?……』

『いえいえ、気にしないでくださいませ。いつでもお待ちしていますので』

 ジャンは鼻をヒクヒクさせて、両手に着けた白手袋で先導しながら、一家を個室へと案内した。


『あれ……どうしたんすか、これ』

 創業当時から、個室の奥に設置されている「斧を持つ戦士の甲冑像」──もちろん鍛冶屋トールで製作したものだ──が、どういう訳か、階段を上がってすぐの個室ドアの手前に置かれていた。いつもは店の守り神のように部屋の奥で佇む甲冑像が、今日はなぜか廊下で来訪客を威圧している。

『………なぜここに置いておく……危ないじゃないか』

『ああ、スミマセン。少し床が痛んでおりまして! 修理までご迷惑をおかけいたします。お子さまもご注意くださいね』

 そうか。ならしょうがない。

 オスカーたちは納得し、すぐに忘れて美味しい夕食をいただいた。

 夜8時には食べ終わって、店を出て……新聞によると、その日の夜9時から、同じ個室で町長たちが会食をした。


「僕の調べだと、あの日の夜『ボティッチェリ』の2階個室を使ったのは、あなたたち鍛冶屋一家と町長一派の2組だけだ」

 新聞記者アーサー・フェルジナンドが、青インクが染み込んだ2本指を、ビシッと突き出した。

「何か、変わったことはありませんでしたか?」





 紅葉は激しい怒りが湧いてきた。

 ブワリと体熱が上がり、血液が逆流する覚えがした。

 アーサーは、きっとリュカ目当てで、あの鍛冶屋にいる。

 つまり、リュカの親友である、ショーンを調べているに違いなかった。サウザス唯一のアルバである、ショーンの手がかりを探っている。

 何か重大な情報を知ってるはずなのに、自分だけコソコソ情報を得ようとしている。町長も無事か分からない。犯人の見当もついていない。ショーンも、紅葉も、事件の当事者になりかけ、今も危険に晒されているのに。新聞社の仲間にも何も教えず、誰にも知らせずに自分だけが。

 それがどれだけ周囲に迷惑をかけているのか、いったい彼は理解しているのだろうか──!


「…………紅葉さん?」

 怒りに赤く燃えた紅葉は、薄幸そうなマルセルのショボくれた瞳を見て……シュンと冷水がかけられた気がした。

「ご、ごめんね…………マルセル君」

「……なんで謝るんですか?」

「えっと、ほら、急に怖い顔しちゃったでしょ?……びっくりしたよね」

 冷静になってみれば、紅葉はアーサーを怒る資格も、そんな立場でもない。急に制御できない怒りが沸き起こってしまって、自分でも少し驚いた。……やっぱり事件の影響で、精神的に参っているのかもしれない。

「気にしないでください……マドカさんの方が何倍も怖いですよ」

 ふふ……と柔和に微笑むマルセルを見て、紅葉はだいぶ心が落ち着いた。彼はこう見えて意外と、気骨ある人間なのかもしれない。


(そう、冷静に。落ち着いて! 私もマルセル君を見習わないと!)

 バチン! と己の頰を叩き、紅葉は新たに気合いを入れ直した。

 体をキュッと向き直し、鍛冶屋トールに視線を送る。

「ありがとう、マルセル君。次に会えたらお礼するね、じゃあまた後で!」

 マルセルは小さく右手と尻尾を振って、紅葉を送り出した。

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