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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第8章【Botticelli】ボティッチェリ
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2 マルセルちゃん

 紅葉は、市場の屋台から鶏肉とネギの串焼き、鯖の缶詰、ライムサイダーを買い、マドカと部下の人がいる席についた。

「見てええ、この子もみじチュアあん! 前にゆったでしょお、下宿の子よ! 太鼓隊してんの!」

「……はじめまして」

 紅葉は、部下らしき人物に向けて頭を下げた。酔っ払いはビール瓶を振り回し、お互いを紹介させる。

「んでこの子はー、はいっ! マルセルちゃあん!」

「こ、こんにちは」

 ゲッソリと頬のこけたマルセルが、ぺこん、と小さく顔を下げた。彼は青年……というより少年に近い。あどけなさが残る風貌をしていた。



「マルセル・サマーヘイズと申します」

「カレはねー同じ警備の子なのお、趣味はぁ〜ジョギングらって、仲良くしてね!」

 マドカは自己紹介者の何倍も大きな声で叫んで、机を叩いた。

「ええと……マルセルさんも夜勤なんですか?」

「いえ。僕は夜行性じゃないんで……砂犬(すないぬ)族です」

 細い体躯で、毛艶もあまり良くない彼は、砂漠で何時間も突っ立っていたかのような、貧相な姿をしていた。

「そうなんだ……」

 紅葉は自分の民族を言おうか戸惑っていたら、

「僕は、紅葉さんのこと知っています」と、彼の方から申し出てくれた。


「学校も一緒に通ってました。学年は僕が3つ下です。……紅葉さんはすぐ卒業しちゃいましたけど」

「わっ、そうなんだ!……ごめん、覚えてなくて、ごめんね」

「いえ、直接お話したことは無かったので……」

 紅葉は、本当の年齢は不明だが、便宜上ショーンと同い年として学校へ通っていた。12歳の途中から入学し14歳で卒業した。事件のことは学校中の生徒が知っていて、終始、遠巻きに見られ……結局、学校で親しい友人はできなかった。

「へぇー、しょっか。ふたりは同じ時期に学校行ってたんだー」

 御年28歳のマドカは6本目のレモンビールをグビッと飲んだ。



「紅葉さんが入学した時は、てっきり僕ら下級生と一緒に、授業受けると思ってました。そしたら普通に上級生の授業受けてて……ビックリでした」

「えっ、そう見えてたの……?」

 下級生から見た自分の知らぬ過去を伝えられ、紅葉は顔が赤くなった。

「……すみません。記憶を失ってるって両親から聞いていたので」

「ううん、気にしないで。あ、そうそう私、学校から事前に教科書もらって、入院中にちょっとは勉強してたの!」

「そうでしたか……」

 うなだれて、ますます可哀想な顔になるマルセルに、紅葉は慌ててフォローした。


 紅葉は……自分に関する記憶はなかったけれど、教科書の内容は既にそこそこ知っていた。そのため勉強に関しては、そこまで労なく授業を受けられた。

「まあ、成績は良くなかったんだけどね、アハハ。太鼓ばっかやってたし」

「紅葉さんは今、太鼓隊なんですよね。ラタ・タッタの……凄いですよ」

 中途入学で友人もできず、太鼓の練習に夢中になっていたこともあり、学校での良い思い出はあまりない。まさか、今になって学生時代の話をするとは思わなかった。



「……列車事故のこと、ずっと心配してたんです。当時は話しかけられなかったけど」

「そ、そうなんだ。ありがとう…!」

 話したこともなかったのに、自分を心配してくれた人がいた。

 町長事件の真っ最中にこんな感動と出会えるなんて。

 ずっと暗澹たる思いで過ごしていた紅葉の周囲が、急に光が射して明るくなった気がした。

「マルセル君これからよろしくねっ。ラタ・タッタにも、いつでも遊びにきてね。食事もいっぱい奢るから!」

「ハイ、ありがとうございます」

「ちょっとお! もうこの子何度か連れてってるし、アタシらってちゃんと奢ってるあよ!!」

 バンバンバンと酔っぱらいが机を叩く。紹介したのは彼女本人なのに、ふたりが仲良くなればなるほど、マドカは不機嫌になっていった。

「マドカ先輩の連れてく店って、いつも『メロウムーン』じゃないですか……」

 マルセルが呆れて呟いた。


 ──安居酒屋『メロウムーン』。

 あの人の行きつけの店だ。

 紅葉は火が点いたように飛び上がった。

「ねえ、新聞記者のアーサー・フェルジナンドって知ってる⁉︎ 私その人を探してるの!」

 勢いよく叫んだ紅葉は、市場のテーブルをバンと叩き、鯖缶から汁が飛び散った。



「……アーサー? 知ってるわよォ〜もちろん。飲み仲間だもの」

「どこにいるか知ってる? 彼に会いたいの」

「会いたいぃ〜? やめときなさい。アイツめちゃくちゃエッチ下手なんだから」

 水曜で人混みもまばらな市場内。太陽が燦々と照らされる真っ昼間でも、夜行性民族にとってはテッペン回る時間だった。

「あ〜の仕事デキます! な感じでエッチ下手って、サギよねサギ! あっサギじゃなくてキツネだったかあ〜〜ガッハッハ!!」

「…………」

「………………」

 紅葉も、向かいのマルセルと同じくらいゲッソリやつれ、一気に頬がこけた気がした。


「そういう目的じゃなくて……そう、ショーンが探してるの。アルバとして、あの人に聞きたいことがあるって」

 説明も面倒だったので、ショーンに全責任をなすりつけた。

「ん〜なこと言われても居場所なんて知らないわよお、新聞社で待つしかないんじゃない? 今日中に帰ってくるかは分かんないけど〜」

「だよね……」

 新聞室長の口ぶりからは、1週間急に帰って来なくなっても不思議じゃない。

「自宅は貧民街の『ジュード』ってボロアパートの203号室よ。んで、その下がカレのバアちゃんち。ま、ほとんどいないし、自宅もいつ帰ってくるかは知らないけどねぇー」

「うわ、まって、待って。メモするから!」

 こっちもまさかの大収穫だ。結構な情報を得ることができた。



「アーサーさん、いつもその辺で寝てますもんね」

 幸の薄そうな顔のマルセルが、コップの底のレモンの切れ端を、ストローでくるくる回している。

「てゆーか、ショーンなら自分で探せば良いじゃない。なんかそういうベンリな呪文とかあるんでしょお〜? 知らないけど」

「ショーンは……忙しいから」

 紅葉は彼を言い訳に使ったのを誤魔化し……と同時に、何か……心に小さく引っかかるものがあった。なんだろう。


「そおだそーだ、マルセルちゃん。イヌの嗅覚で探せな〜い?」

「えっ」

 ——嗅覚で?

「んー、やってみます」

 マルセルは、事も無げに頷いた。

 紅葉にとって、事件を解くための希望の光は、もしやアーサーでなくマルセルなのか?

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