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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第7章【Ivy Vine】アイヴィー・ヴァイン
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6 マナ視認呪文 《ロストラッペ》

「アントン! いるか、アントン!!」

 向かったのは役場職員の男子寮だ。役所のすぐ裏手、公営庭園の隣の南西にある。

(ちなみに女子寮もあるが、男子禁制なので、マドカは嫌がって下宿暮らしだ)

「アントン起きろッ、起きて開けろ!」

 事件の疲労で深い眠りについていたアントンは、10数回目のショーンのノックで、ようやく起きてドアを開けた。

「うるさあい! いま何時だと思ってるんだ、昼の10時だぞお!」

「シッ、黙れ!」

 ショーンは、スルリと彼の部屋(ショーンの部屋よりさらに汚い)に入り、近くに誰もいないことを確認し……念のためぎゅっと唇をすぼませた。


「アントン、病院の書斎に入りたい」

「はあ、病院? じゃあ父さんに頼めよ」

 アントンは寝ぼけ眼でボリボリと腹を掻いていた。

「違う。ヴィクトル先生が寝てらっしゃるうちに入りたい。怪しまれないように」

「……え?」

「行けるか?」

 アントンは、冷や水をかけられたように、静かに目を丸くした。





 小1時間後、ショーンとアントンは病院を訪れた。

 アントンは忘れ物をしたと、受付から書斎の鍵を貸してもらった。

 鍵を開けた書斎は、つい2日前に訪れた時と何も変わっておらず、しんとした空気が流れていた。

 医学書でひしめき合う中、目当ての本——

星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム】が、ひっそりと左隅に収蔵されていた。

 

 普段から本の存在は知っていたが……まるで10年越しに対峙するようだった。

 ショーンは背表紙の上に指を置き……ゴスッと鈍い音を立てて、魔術書を本棚から抜き出した。

 アントンは事情をほとんど理解していなかったが、それでもドアの近くで、誰か人が来ないか見張ってくれた。

 ショーンは、恐る恐る古びた本のページをめくった。本の角はすべて擦り切れて、アルバでない者には不必要なほど、使い込まれた形跡がある。

「うわ、あ、あ……っ!」


《単純物体移動》


 その項目には、ショーンが見慣れた字体のメモが、青インクで所狭しと書き記され、多くの線と、数字と、簡単な鍵のような図が、ページの余白に小さくビッシリと書かれていた。



「────うわぁああァァああっ!!」

 ショーンは、腰を抜かして本棚の前に倒れてしまった。ショックで過呼吸になり、肩の力がずるずる抜ける。アントンが寄ってきて腰を起こした。

「アッ……あ、ああああ、ああっ………!」

「落ち着けよ、ショーン」

「なんで落ち着いてられるんだ! この本見ろよ、おまえは……おまえは息子なんだぞ……!!」

「いいから落ち着け、おまえはアルバ様だろ」

 アントンは大きな腕でショーンの肩をバシッと叩いた。

 だがショーンの動悸は止まらない。

「なんで…! なんでぇっ……!!」

 緊張で声がかすれ、声がどんどん小さくなった。アントンは冷静に、ショーンが捨てた本を手にとり、じっくりと書き込みを見つめている。


挿絵(By みてみん)


「………ふーっ」

「アントン……おまえ…」

「いいか、ショーン。これは父ちゃんの字じゃない」

 アントンは右手で本を持ち、左手でショーンの肩を支えながら、そう言った。

「えっ……」

「父ちゃんはこんな字じゃない。もっと、もっと……エレガントな字だ」

 エレガント。

 いつもなら笑って吹き出しているところだが、腰の抜けたショーンには、何のリアクションも取れなかった。

 ——ヴィクトルの字ではない?

「僕は…でも……この字を知ってる」

 小さい頃、この字をよく見かけた。小さい丸やかな文字の流れを、ショーンは確かに見覚えがあった。

「ボクも知ってる。これは…………ユビキタス先生の字だ」

 緑の電流が落ちる感覚を得た。

 遠い子供の頃の記憶。

 黒板にチョークで綴りが描かれる。


『 Ubiquitous (ユビキタス)』


 初めての授業で教わった。

 子供にとっては難しい綴りだ。

 みんなで一生懸命、その字を真似て、書きとった。

 ユビキタス先生は教室を周り、ひとりひとり褒めてくれた。

 子供の頃ずっと見ていた。黒板の──あの字。


「ショーン? 大丈夫か、ショー……」

 彼はすくっと静かに立ち上がった。アルバらしく。屹然と。

 病院の書斎から学校を見る。校舎は普段と何も変わらず、子供が中で勉強していた。教壇に立っているには、新任のリリア先生のようだった。1階には大教室、2階は校長室と特別教室。いずれも格子状の窓が嵌まっている。町長室の窓の鍵と、確か同じ形状をしていた。

 ショーンは窓辺に立ち、静かに呪文を唱えた。

 空中に残留したマナを見る呪文。



【宙に残るマナは馬の通った(わだち)のようだ。 《ロストラッペ》】



 マナの跡が、ゆっくりとショーンの【真鍮眼鏡】に浮かび上がる。

 学校中の……特に……校長室の窓鍵に、数日が経過したと思われる、消えかけの残留したマナがあった。

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