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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第7章【Ivy Vine】アイヴィー・ヴァイン
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4 フライパンを相棒に

 3月9日、水曜日(みずようび)。時刻は朝。

 疲れが全く取れてないショーンは、ひどい状態でキッチンに降りた。

 紅葉は既にしっかり着替えてて、静かにお茶を飲んでいた。深緑のタイカラーブラウスに、ベージュの刺繍入り革ベスト。チェック柄の灰色のショートパンツと、昨日よりちょっといい服を着て、髪にはしっかり芙蓉の角花飾りをつけている。

 彼女はなぜか財布の金を数えており、寝起きのショーンを見て、ティーポットからお茶を注いだ。


「ショーン。私、これから新聞社に行ってくるよ」

「……ああ」

「ほかに、何かすることある?」

 紅葉の瞳が、じっとショーンを見つめる。

「『する』って………何を?」

 ショーンがお茶をすすりながら紅葉に聴いた。寝ぼけた頭で飲むお茶は、何の味も感じない。

「だから事件を解決するのに。ほら、ショーンは動けないでしょ?」

 息巻く紅葉は、強く拳を握っていたが──怪訝なツラをしたままのショーンを見て、徐々に顔を曇らせた。



「……別に何もしなくていいよ」

「…………えっ……なんで?」

 変な、重い空気が、静かなキッチンに充満する。ショーンはなぜ、彼女がこんなに事件に突っ込んでくるのか、初めはピンときてなかったが……

(……そういえば、紅葉は、新聞社に自分の意志で行ったんだっけ……)

 ショーンと違い要請ではなく、自ら、情報を掴もうとしてる事に思い至った。

「じゃあ、新聞社行った後は……すぐ僕のとこに来て教えてくれ。たぶん僕は一日中役場にいるから。それ聞いて、今後どうするか考えよう」

「……うん」

「あんま危険なことするなよ」

「大丈夫だよ」

 紅葉は、古いフライパンを、キッチンの戸棚の奥から取り出した。

「これでよし!」

「それで何する気だ」

「用心棒だよっ。じゃあ行ってくるね!」


 フライパンと財布を手に元気よく紅葉が去っていき、ショーンはひとり取り残された。ミソサザイが遠くで鳴いている。だんだん目が覚めてきて、じんわりとお茶の味が判ってきた。

 なんで紅葉はあんなに必死なんだろう。窓の外には、一昨日と何一つ変わらない、のどかなサウザスの風景が広がっているのに。ショーンは宙に浮かんだ疑問をボンヤリと考える。

(────だって、彼女も事件の当事者じゃないか)

 その事実にようやく思い至り、ぞわぞわとした恐怖が尻尾の付け根に広がった。ひとりで行かせてしまった事をようやく後悔し始めたけど、警察でも名探偵でも帝国調査隊ですらない、ただのアルバのショーンには、何をどうすればいいのか分からなかった。





「アーサーは出かけています。どこへ行ったかは知らないわ」

 バチャンと処刑のような金属音を立てて、モイラが答えた。

 サウザス出版社2階の新聞室。室長のモイラは、紅葉に一瞥もくれず、黙々と手元のタイプライターを動かしていた。

「………その、心当たりとかは」

「彼はね、Sleuth(スルース)としては優秀かもしれないけど、Journalist(ジャーナリスト)としてはイマイチね」

 Sleuthってなんだろう。そう疑問に思ったけれど、眼鏡を鋭く光らせバチャバチャとキーを叩き続けるモイラの勢いに気圧され、何も聴けなかった。


「その右に積み上がってる一番上の記事を見て。赤でチェックしてあるから」

「これですか?」

 コリン駅長の特集記事だった。定年の引退記念に、彼の生い立ちとインタビューが複数行に渡って組まれており、日付は2週間前となっている。

「そこに、あなたの事件のことも書いてあるわ」

「………っ!」

 新聞の1段を丸々使い、確かに10年前の事件のことが書かれていた。少女が吊るされてるのを見て列車を急いで止めたことや、ショーンの両親が治療していたこと、動向を見守っていたことなどが書かれている。

「私はね、それがこの事件の、引き金になったんじゃないかと思っているのよ」

 バチン、とタイプライターのキャリッジを動かし、文章が改行された。

「モイラさん、これ持って行っていいですか?」

「1ドミーよ」

 バチン! とまたタイプが大きく鳴った。紅葉は財布から小銭を置いて、急いで新聞室を出て行った。



「……ああ、もう来てくれたのか。後でもいいのに」

 出版社社長のジョゼフは、1階の社長室のデスクで、目をショボショボさせて突っ伏していた。

「ええと、代金は203ドミー。グレスでもいいよ」

「ニヒャクサン……」

 泣きながら2グレスと3ドミーを彼に渡した。

「何か情報持ってきてくれたら買うからね」

 ジョゼフはニコニコと終始笑顔でホッとしたが、肝心のアーサーがいないのでは非常に困る。

「アーサーの居場所? サァねえ、あの子は神出鬼没だから」

「……そこをなんとか!」

「うーん、行きつけのお店なら知ってるよ。メロウムーンって居酒屋さ」

「『メロウムーン』……東区ですか?」

「そうそう。青空床屋の裏手に、黄色い屋根のお店があるだろう、あそこだよ。昼間は喫茶店で、夜は居酒屋をやっている。店主は青羆熊族のおじさんで、安くて旨くて評判の……ああでも今日は水曜日か。お休みだねえ」


 ──そうだった。

 紅葉は肩をガックリ落として出版社を後にした。

 得たものは、すっかり軽くなった財布と、2週間前の新聞記事と、アーサー行きつけの店名だけ。

 さて、これからどこへ行こうか。


挿絵(By みてみん)

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