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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第54章【Pendulum】ペンデュラム
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2 驚天動地

「まったく、なぜ勝手に入れたんだ!」

「ハッ、しかし、時計盤の調整とあらば仕方ありません」

 時計技師ダンデは下に残っていた警官の付き添いをうけ、3層までやってきたようだ。バルバロク警部補が部下を叱責する間、ショーンは藁にもすがる気持ちで、爺さんに駆けよった。

「んだ、ダンデさん、ちょうど良かった、貴方に聞きたいことがタップリあるんですが……!」

「おう、帝国魔術師サマからありがたいねえ。仕事のあと飲みでもいくかい?」

「っなにが魔術師ですか! 僕の眼鏡が盗まれたんですよ、そう、あの、アイツにッ!」

「ホウ、盗難なら警察に届けりゃいい。そこにたくさん居るじゃねえか」

 ふざけた爺さんは、ヒャッヒャヒャと肩を笑わせた。花火の件や、大富豪とソフラバー兄弟の関係、地下都市の秘密など、聞きたいことはノア岩盤ほどたくさんあったが……

「っ、今はメガネのことはいい! それよりも真円球です。時計技師ならご存知でしょう、真円球を下にさげれば、3層の床の一部が尖塔付近まで持ちあがる——そんな仕組みがあると。こっちは呪文で構造を調べたんだ、嘘とは言わせませんよ!」

 ここはダンデを直接問い詰めるしかない場面だった。ロビーは2人の様子を、絵本をかかえて静かに様子を見守っている。紅葉は家具をどけて絨毯を全部めくろうとしていた。

 ショーンは探偵よろしく右人差し指をビシッと突きつけた。


「そう。大富豪キアーヌシュが首を吊っていた謎の状況……飛翔可能な鳥族でなくても、床自体がせり上がるなら、どの民族でも犯行がたやすい。他殺の可能性が上がるんです! 塔の構造を知る人物はそう多くない。容疑者も絞りこめるはずだ! さあ、ダンデさん、どうですか!?」


 空気を切り裂いて発言をぶつける。時計技師ダンデ・ライトボルトはゆっくりと皺だらけの唇を開けた。これで真実の扉は大きく開く——はずだった。 


「さあ、あなたたちっ、出てゆきなさい! 新しい『守り人』の入居のお時間よぉーー!」


 大きく開いたのは時計塔の扉のほうだった。

 塔1層の出入り口から、塔3層の尖塔の窓まで震わせるほどの大発声が鳴り聞こえてきた。

「んな…………ん、だって?」

 砂糖菓子のように甘ったるく、でも少し喉奥でかすれるような老女の声。ルドモンド大陸の映画史をいろどる大女優にして、帝国魔術師ショーンの【真鍮眼鏡】を奪った張本人——

 花火が次の『守り人』を宣言してきた。


挿絵(By みてみん)


「見つけた!」

 バルバロク警部補が部下を叱責して、ショーンが時計技師ダンデにすがる……そんな混乱する現場にて。紅葉は冷静にベッドやチェストを持ちあげ、絨毯を動かしていた。

 案の定、床には、絨毯よりもひとまわり小さい円型の切れ目が見つかった。

 部屋として生活するには狭すぎるが、尖塔の窓から星を見るならばちょうど良い面積だろう。

 紅葉の脳内では、この円周は地下までまっすぐ続き、秘密の都市のトンネルにぴたりと繋がっていた。

「それよりも真円球です、時計技師ならよくご存知でしょう。真円球を下にさげれば、この3層の床が尖塔付近まで持ちあがる仕組みになっている事を!」

 ちょうど目の前で、ショーンが時計技師のダンデに、自身の推理を披露していた。

(真円球のスイッチ……それを動かしたら、ひょっとして地下都市のトンネルも上層にせり上がってきたりする?)

 地下都市のトンネルは7メートルほど地中に埋まっている。ちょうどこの床から尖塔部までの高さと同じくらいの距離だ。これが偶然なはずはない。

 紅葉は唇をきゅっと噛んだ。想像が花弁のように膨らむ。

(うまくいけば今日中にトンネルに突入できるかも。約250年かけて作られた『時計塔』の謎、そして大富豪キアーヌシュが抱えていた秘密がやっと明らかに——)

「さあ、あなたたちっ、出てゆきなさい! 新しい『守り人』の入居のお時間よぉーー!」

 突如として、大女優の大号令が時計塔内に鳴り響いた。

(花火——!? 嘘うそウソ、まずい、まずい!)

 まさか、こんなところで本人と邂逅するとは!

 紅葉はとっさに布バッグをつよく握りしめて引き寄せた。

 この中には、彼女の隠し金庫から奪った図本が入っている。先ほど直接フェアニスリーリーリッチとベゴ爺さんに見せてしまったことにも、後悔の波が押し寄せた。

 想像の花弁は暗闇のなかでスッと閉じ、代わりに警戒心と猜疑心の芽が、紅葉の心臓のなかに生えていた。



「さあさ、捜査はおしまい! 新しい守り人が時計塔に住むことになったわよーん。みな出てってちょうだい。さあ片づけて!」

 大女優・花火は、秘書や役人や銀行員の取りまき数名と、大量の引っこし業者をつれて、時計塔にやって来ていた。

 バルバロク警部補は混乱しながら階段を5段とばしで駆けおり、急いで1層へ降りていった。

「これは一体どういうことです。まだ捜査は終わってない、変死を遂げてから数日しか経ってないんですよ!」

「あら、警察のお方ね。聞いたわよ、先ほど犯人が見つかったって。出入りの清掃員ですってね、恐ろしいこと。ああでも気にしないで、わたくしは大丈夫よ。老い先みじかい身ですし、ノア地区の人々の安寧のために命を賭す覚悟はできてるわ」

 花火はペラペラと喋りながら、時計塔内の家具や小物をどんどん運び出させ、彼女好みのインテリアを搬入していた。

「あのぅー、ワシらは帰ってええんかの」

 座っていた椅子を業者に持っていかれ、螺旋階段に避難したベゴ爺さんが訴える。

 警部補は血潮が吹き出しそうな顔で、花火の側に仕えるノア役人をにらんだ。

「ハイっ、えー、ノアの『守り人』というお勤めは、一刻たりとも断絶せず、常に塔内へお籠もりあそばせし、民を見守りお導くお役目であるからして、えー、数日あけての入居はむしろ遅すぎると云えるものでして、」

 灰耳梟(はいみみづく)族の爺さん役人は、モゴモゴと勅令らしき文書をかかげて周囲に告げた。

「…………都市長はなんと?」

「ハッ、むろん我らが長ゲアハルト・シュナイダーも、花火氏の『守り人』就任には大賛成の大満足でして。お人柄、ご経歴、地区へのご貢献など、きわめて申し分ないと」

(ウソつけ!)

 階段奥にいたショーンは胸のなかで悪態をついた。

「というわけで、ノア都市民のために一刻もはやく着任したというわけなの。先代の死因も遺書も確定したし、葬儀の日取りも決定したわ。これ以上ここで働かなくていいのよ、警官サン。さあそこのみんなー、帰ってちょうだい。夕飯の時間よ」

 花火の付き添いである、朱犬族の銀行員エドウィン・リバレッヂが、一瞬だけショーンとロビーに目配せし、次の瞬間には金庫の設置に取りかかっていた。紅葉はロビーの背広に身を潜めつつ、エドウィンや花火の様子をうかがっていた。


「さあ、明日は新しい『守り人』の就任式よ! 各自、さっさと支度してちょうだい」


 パンパンと手を叩いて指揮する大女優様のご尊顔は、映画『帝都の花びら』のクライマックスで見せた、あの笑顔と同じであった。

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