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3 コルクの重み

 ビルの窓枠に手の跡がつき、壁の凹凸に無数の足跡がついていく。

「クソっ★★★しつこいな」

 飛翔する10対の翼に追いかけられ、陸上で最速民族のはずの雷豹族は苦戦を強いられていた。

「逃げられると思ったら大間違いよーーー2番と3番は旋回して東西から挟んでッ」

 ビネージュ警部はマルタリーグの名監督ばりに細かく指示だしをし、猟犬の瞳を光らせている。

「おい、もう止まった方がいい、死んじまうぜっ」

 掃除夫ノアの手ビレの羽毛に、ラン・ブッシュの体液がぐっしょりと染みこみ、都市の上空20メートルの位置から、ぽたぽたと赤い雫が垂れていた。

「うるさいッ★★」

 ランは無茶苦茶な脚力を発揮し、ビルの壁面をジャンプしながら駆け抜けていたが……飛翔班の翼を掻いくぐるうちに、刻々と体力を磨耗していた。途中でなんども靴裏が滑りかけ、そのたびにノアの体が宙に浮く。

「あわわ……俺だけでも離せっ、おいって!」

 しかし寸分の余裕もないランの脳内に、その願いが到達することはなかった。彼女の体毛は剣山のごとく尖り散らし、肉体と精神はすべて逃走することに割かれていた。

「今よ、撃てぇーっ」

 タァーン、タァーンと軽量の射撃音が、汚いビル街の狭間に響く。

「なんだ、ありゃ?」

「——コルク・ショット★」

 ルドモンド大陸の警察が所持する拳銃【Cork-shot】コルク・ショット。軽量なゴム弾の内部に、ルドモンドで最も重たい鉱石よりも、重たく感じる物質が仕込まれており、犯人の脚腰を奪っていく。

 通行人に当たらぬよう、ビネージュ警部はここぞというチャンスを狙い、わずかな縫い目を射抜くがごとく号令をかけた。空中の飛翔班と地上ギャリバー班による計7丁の拳銃が、逃走犯のもとへ放たれる。

「再度、撃てぇえーっ」

 だが絶体絶命のこの状況でも、ランの肢体は空中でしなやかに反り、全弾避けることに成功した!

「ざまあみ~☆」

 しかし首ねっこを掴まれていた掃除夫ノアは、可哀想に、身を反らすこともままならず、ゴム弾が左のふくらはぎに突き刺さってしまった。

「うあああああああァアアアアああああアア」

 即座に感じた、氷山の海底に引きずりこまれそうな重みに耐えかね、恐怖で体の芯から悲鳴をあげた。



 フェアニスリーリーリッチはふと嫌な気配を感じ、椅子をガタつかせて顔をあげた。

「ぬお、なんじゃい嬢ちゃん、小わっぱ時代の失敗でも思い出しちょったかい」

 ベゴ爺さんが心配の声をかけたが、フェアニスは落ち着かない様子で翼を震わせ、塔内をキョロキョロと見回している。

(上でなにか起き……いや、外ぉ?)

 7区付近で行われているカーチェイスの爆音など、時計塔に聞こえてくるはずもなかったが、猛禽類としての本能が、ノア都市上空にひろがる不穏な空気を察していた。

「……なーんでもない。オヤツ食べ忘れちゃっただけだしぃ」

 フェアニスはこれ以上あわてず騒がず、腕を組み、首をもとの位置に戻した。幸い、この場ではまだ州身分証を確認されていない。クロスボウの存在も警察にバレてない。

(あー、そういや大富豪のことを解決したら、ランのことも教えるって約束しちゃったんだっけ?)

 1層目に待機しているフェアニスの位置からも、アルバ様が呪文を唱える声が聞こえてきた。

(我が愛器フェルスフォーリンゲンちゃんも戻ってきたし、こうなってくると、トンズラも視野に入れなきゃねぇ~)



「うわああ、やばい、やばい! 脚がちぎれちまうって」

「騒ぐんじゃねえ★ 気のせいだっつーの、アタシの体感は変わんないんだからっ!」

 実際、ランの言い分のほうが正しかった。コルクショットの銃弾はあくまで人の神経伝達物質に偽りの情報を流すのみであり、本当に重い物質が撃ちこまれるわけではない。ただし撃ちこまれた本人にとって、えぐれるような重みは本物であった。

「無理だ、ムリムリ、あああああああっ!」

 掃除夫ノアの体全体が下へ引っぱられ、ランの体勢も大きく崩れた。

 空宙で2人の体が回転し、ドリンクスタンド『コウモリジュース』の鮮やかなピンクのパラソルが視界に入る。

 場所はトリンケェーテ7区を抜けた先のバウプレス5区。高層の雑居ビルがしだいに減り、低い高級ビルが並んでくる。見通しが良くなり、ラン・ブッシュに圧倒的に不利ななか——

「セ・ラ・シャンス! 撃てえっ」

 ビネージュ警部は機を逃さず、右手を鋭く振りおろして無慈悲に命じた。

 ついに【Cork-shot】の集中砲火が、彼らふたりの全身へと撃ちこまれた。



【真実は可視光線の外側にもある。 《セラ・カルダリア》】



 ショーンは熱探知の呪文を唱え、2層目の天井と3層目の床のあいだを視認しようとした……が、

「どうです、何か発見しましたか」

「鐘が8口ほどあるはずです、それと人間らしき影は見えますか」

 バルバロク警部補とロビーに背中越しに詰められるも、ショーンは固まり冷や汗をかいたままだった。

 そう。【星の魔術大綱】無しで諳んじられるゆえに忘れていた、この熱探知呪文 《セラ・カルダリア》は、結果を【真鍮眼鏡】に投影することを前提に作られていると。

「ええ……っと、いや、見えないですね。壁が厚すぎるせいかも、あはは」

(まずい——!!)

 《セラ・カルダリア》にかぎらず、投影型呪文の多くは【真鍮眼鏡】が必要不可欠だ。花火への怒りが今更ながら湧きつつも、別のごまかし、いや再提案を必死で考えていた。

(まずいぞ、ほかに内部を確認する呪文は……だめだ、あれもそれも真鍮眼鏡が無いと成功できないッ、どうしよう!)

 無言で焦っているショーンの心情を、言わずとも何となく理解した紅葉は、しばらく呆れて見守っていたが——

「——ッ」

 ふと強い激痛を感じ、声なき悲鳴をあげて首を押さえた。

 飢えた肉食動物の唾液まみれのキバを、勢いよく突きたてられたような痛みだった。

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