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6 ついに発見、しかし曇天

「……あった、やっと……見つけた」

 まっすぐ縦に地底へつづく洞窟……いや空洞が見つかった。ここが都市への入り口か。

 ショーンは忘れぬうちに座標呪文 《カルテシアン・コール》にて発見した位置を書きとめ、計算をはじめた。

「えーここから斜め60.2° 下で、8.8メートル離れた距離にある……まず直角三角形として求めよう。とりあえずcosの数値から……まず角度をラジアン変換して、テイラー級数に展開して……テイラーはキリないから4項で止めとくか」


 62.6° = 62.6×π/180 ≈ 1.092 radians

 cos(1.092) ≈ 1-(1.092^2)/2+(1.092^4)/24-(1.092^6)/720 ≈ 0.461

 a = 8.8×cos(62.6°) = 8.8×cos(1.092) ≈ 8.8×0.461 ≈ 4.05 m


「空洞はここから水平に約4.05メートル先の真下みたいだ。ベゴさん、これって『時計塔』のちょうど中心の距離ですかね?」

「うーぬ、そうっちゃな、塔の直径がだいたい11メートルんじゃから、ハッチ位置からしてど真ん中だっぺ」

「なるほど……ロビー! 君の予想どおりだ。あとは簡単にピタゴラスの定理で、下までの距離を出して……」

 

 b = sqrt(c^2 - a^2) = sqrt(8.8^2 - 4.05^2) ≈ 7.82 m


「よし、場所が分かった——空洞は塔中心部からおよそ7.8メートル直下にあるぞ!」

 ショーンは喜びで拳を握りしめたが、紅葉はまだ顔を曇らせていた。

「そんな下に? 見つからない訳だよ」

「うん、放棄するために埋めたのかも。《エコー・ダイブ》で調べたけど、ほかに空洞らしきものない。入り口のための入口も存在しないみたいだ」

「…………これからどうする、ショーン」

 発見できたは良かったけど、まさかこうなるとは思ってなかった。単純に到達するだけならイケるだろう。地下水道の壁をぶっ壊し、大穴を開けてよいのなら。


「器物破壊で逮捕されてもさすがに救えませんよ、サウザス町長の威光でもね」

 苦悩しているアルバ様に、ロビーは優しく慰めの言葉をかけた。

「お宝さがしは成功だっぺな、ほんじゃとっとと帰っちぇくれ」

 多大な協力と貢献をしてくれたベゴ爺さんは、シッシと厄介払いをかける。

「はー、もう終わりぃ? 呼び出されたのはなんだったの一体、最ぃ悪ぅ〜」

 フェアニスが自慢のクロスボウで肩をとんとん叩きながら、ブチブチと文句を垂れた。

「これからどうする? ショーン」

「……ッは」

 ショーンが息を詰まらせながら口を開けた瞬間、天井にあるハッチがぽっかり開き、人が出てきた。




「ッは、ハッ……なんなんだよ!」

 ペチペチと地面に水のような音をたて、銀片吟族の男がひとり、ノア都市を必死で走っていた。

「おう、ノアじゃねーか。どうしたい、大丈夫か?」

 道端のジューススタンドから、黒ずくめの若い店員たちに声をかけられた。黒い帽子に黒いエプロンの男性2人組、背中から羽が生えている。ふかふかの羽毛ではない艶やかな皮膜——コウモリのものだ。

「あ、ああ、えーと、だれだっけ」

 呂律の回らない声でノアは答えた。心臓がドキドキ波打っている。

「ほらこれ飲めよ、ウチの新商品だ」

「っッ、辛……」

 真っ赤なジュースを手渡され——嫌な予感がしたが、飲んでしまった。ツンとする刺激が鼻をつく。

「おいおい、嫌がらせすんなって!」

「あはは大丈夫、ダイジョーブ、こいつ記憶がもたないんだぜ、翌日にゃあぜんぶ忘れる! ニコニコ話しかけたら全部わすれて、笑って返事しやがるんだ!」

 ギャッハぁと下卑た笑いが降ってきた。急に理不尽に笑われ、小突かれて。掃除夫ノアは、普段なら血気盛んにやり返すところだったが……たった数分前に、殺意をもろに受けた傷は癒えず、ただ困惑して膝をついていた。




『それで、犯人は見つかったの? 副社長』

『その名で呼ぶなっつったろ。残念ながら分からん』

 皇暦4570年3月30日水曜日。

 州跨ぎの電話信号が、ラヴァ州ノア都市と帝都間でつながった。

 州内間の電信よりも破格の費用と保守管理がかかり、今はまだ一部の政府高官や一流企業の幹部しか使えぬが、数年後には最新技術として巷間にも広まるだろう。ギャリバーが広まったように。

『玄関前の警備に、離れたビルからの警備……各2人体制で見張りがいたが、不審な人物は誰も見てないそうだ』

『尖塔の窓から飛び去った、って線は考えられない?』

『夜とはいえ、常夜灯の明かりはついている。しかし誰も見ていない。死亡推定時刻は当日の深夜1時から2時頃。秘書キューカンバーの入室時刻は前日夜22時が最後、』

 彼は資料をめくり、氷の入ったジン酒を片手に、電信の鍵を叩いた。

『掃除夫が深夜0時に塔周辺を掃除。警備員立ち会いのもと、塔内に入りゴミ袋を収集していった。秘書とアルバと付き人が、発見直前の昼1時に入室している。出入りはその4人だけだ』

『そう、じゃあ、やっぱり……自殺……かな』

 帝都にいる電信相手が、鍵盤ごしに深くため息をつくのを感じた。

『犯人が存在するとして、出入りがあったとしたら地下室だな。そこしかない』




「これはこれは、サウザスのアルバ様」

「……っ! バルバロク・レーガン警部補、お久しぶりです……」

「名前を覚えていただけるなんて至極光栄……で、ここで何をしてらっしゃるんです?」

 つい先日、時計塔で出会ったノア警察のバルバロクは、なかで巨体をどう曲げたのか狭いハッチを通りぬけ、地下水道に降りてきた。

「えー、もちろん、大富豪の事件の謎を解きに……アルバとしての使命ですから!」

 ここは嘘はつかず、堂々と返事をした。

 ベゴ爺さんは、首を締め上げられたような顔で尻尾をふり、必死にロビーに酒瓶を押しつけていた。

「それはそれは素晴らしい行いですね」

 警部補は警戒をとかず、冷徹な瞳でこのパーティーを見定めていた。フェアニスリーリーリッチは静かに椅子の上で膝をたてながら、クロスボウを仕込んだ左脚に手をかけている。ショーンは冷や汗をかきつつ、微笑みながら質問した。


「捜査はあれから進みましたか?」

「ええ……犯人が存在するとしたら、この地下室から出入りした線が濃厚です。ですが、時計塔が放火された時に大勢ここから脱出したため、証拠を失ってしまいました」

 あの日、ラン・ブッシュが火炎瓶を投げ、禁術呪文 《ヴィトリオリック》にて現場を混乱させた。

「僕とショーン様はハッチを使ってませんよ、表で立派に敵と戦いましたからね」

 ロビーは押しつけられた酒を懐にしまいつつ、詰所の奥から補足を入れた。

「放火犯のほうは見つかりましたか? 大富豪と違って、そっちは明確に犯人がいるでしょう」

 その件は容疑者の名前ごと、昨日の鼻炎刑事デタ・モルガンにも伝えてあった。あの子を警察が先に捕まえたら、それはそれで不都合なのだが……さすがにショーン一行だけで追いきれないので、仕方ない。

「いえ、それも捜査中です。あの騒ぎにも関わらず、目撃者がいまだ現れませんので。しかし警察学校の出身が疑わしいとは……世間に知れたら大問題です、身内の恥ですね」

 バルバロク警部補は瞳を伏せて顔を振った。

「それよりバルバロクさん。地下室以外にもう1カ所、犯人が出入りしていそうな場所が『時計塔』に存在しています。特別に教えてあげてもいいですよ」

 ロビー・マームは懐へ酒瓶をしまう代わりに、子ども向けの絵本を取りだした。

 この場のリーダーであるアルバ様は、ポカンと口を開け、驚愕している。

(ロビー……まさかっ、地下都市のことを警察に言う気かっ?)


「僕たちを『時計塔』内に入れてください、事件を解決してさしあげましょう」


挿絵(By みてみん)

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