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3 地下へ

 3月30日、水曜日。

 金と歯車と台形の都市ノア。

 数日前に『時計塔』の守り人が亡くなったことも、そのせいで幹線道路に混乱が起き、大渋滞が巻き起こったことも、すっかり忘れたかのように元の落ちつき——いや、空虚な様相を取り戻していた。

 いまだ興奮のなかにある者といえば、警察、報道、株の動向が気になる投資家、銀行員、対応に追われる都市政府の人々。そして、我らがアルバ様御一行……


「それでは、行ってらっしゃいませ、ショーン様。この地下室はいったん外から施錠いたしますわ。お戻りの際は、ここの装置の電信鍵盤を押してくださいまし。受付につながりますから」

「はい……色々とお世話になり、ありがとうございます」

 多忙な身であるタバサ社長は、これから仕事に用事にパーティーがあるらしい。

「釣果を楽しみにしていますわ。とびきりのアイスウイスキーを用意しておきますわね」

 黒いリップを片方あげ、秘書ナツコとともに去っていった。(ナツコはせいせいした顔で尻を振っていた)


 ショーンはこの場にいる全員の顔を見た。

 サウザス町長から遣わされた役人ロビー・マーム、水道局員のベゴ・ブルカ爺さん、生意気な鳥族フェアニスリーリーリッチ、臨戦態勢の紅葉。

「じゃあ行こう。目的は大富豪の死、時計塔の秘密、ノアの大工事の謎を解くこと。そして秘密の地下都市を見つけ出すことだ。全部いっぺんに解けなくてもどれか一つでもいい、手がかりを見つけたい」

 ショーンは謙虚な声明にしたものの、内心は熱く、爆ぜるように燃えていた。なにせ、大女優・花火や、時計技師ダンデへの捜査をいったん脇に置いて地下に潜るのだ。

 自分の選択が間違いでなかったことを、何としても実証しなければならない。


「ヤレヤレ。水道局員が毎日のように潜っちょるのに、そんな簡単に見ちゅかるもんかい!」

 ベゴ爺さんがもっともな愚痴を垂れながら、慣れた手つきで地下へと潜っていった。ロビーも巨体をうんとこしょとひね。り、狭いマンホール内を下っていく。

「待って、フェアニス」

 紅葉が急に呼びとめ、フェアニスリーリーリッチにあるものを渡した——いや、返した。

 彼女が愛用する武器、銀のクロスボウだった。

「んえ、どういう風向きの変わりようー?」

「なにか遭うかもしれないでしょ……。誰かがなかに潜んでいるかも」

 紅葉は武器を持ってない。フェアニスに奪われ、素手のままだ。

「戦える人が少ない。ロビーは怪我したばかりだし、私も戦闘の心得があるわけじゃない。手数はあったほうがいいの。あんた——強いんでしょ」

 ショーンも真鍮眼鏡を持ってない。呪文の教科書である【星の魔術大綱】だけを携帯している。

「フン」

 フェアニスはトランクをパチンと開け、目にも止まらぬ速さで、左脚の太ももにクロスボウを吊りさげ、右脚の付け根に矢筒をつけ——

「懐かしぃー。ちょっと生き返った気がするわ」

 瞳を光らせて不敵に嗤った。空の王たる鷲の目だ。

 ショーンは穴の底から2人を急かして呼んだ。

 彼女は蒼鷲の翼をたたみ、マンホールに飛びこんだ。



 地下水道は、かつて潜ったクレイトの白銀三路の地下道より、さらに光量の低い道が続いていた。

 ドォン、ゴボゴボ、チョロチョロチョロと、種類のちがう水音があちこちのパイプから響いてくる。

「これがノアの全域に通ってるんですよね……。水道局員って、どれくらい中で作業しているんでしょうか。すれ違う確率は?」

「局員のほとんどが地上で働いちょる。下で点検周りは日に5人か7人くらいかの。時間帯もバラバラじぇ、遭う確率は低いっちゃっちゃ」

 意外と少なかった。紅葉がマンホールに落ちてすぐ、ベゴ爺さんに会えたのはかなり幸運だったようだ。

「ふいっちょ、お嬢ちゃん、さっきの都市の絵をもっかい見せちょくれ」

「あ、はい、どうぞ!」

「暗いな……見れます?」

 ショーンはつい癖で、自分の【真鍮眼鏡】のライトを付けようとして……『ない』ことに気づいて愕然とした。計算機としての眼鏡を失ったかわりに、呪文は自力でがんばろうと決意していたものの、一つひとつの不便さを実感し、おもわず顔をあげた。

「へーきじゃい。地下に長年もぐっちょるとな、かえって闇の目が効くようになるっちゃ」

 冥府王の妻ベルゼコワが好みそうな物いいだ。ベゴ爺さんは、仕事具の巻き尺をシュルシュルと紙にあて、でてきた数字をぶつぶつ呟いていた。

「ふんむ、ちょうど1:10000の縮尺になっちょる! この絵が実際の寸法とおなじにゃらば、こいつぁ時計塔の真下にあるはずじゃい」


 岩の表層にある地上都市と、岩盤内部の地下都市をつなぐ、光る道——


「そうですか、真下に……位置的に予想はしてたけど、ちゃんと寸法どおりですか……」

 つまり、誰かがつくった空想小説の挿絵ではなく、現実に実在している見取り図の可能性が上がったということか。

「うにゃ、すんぽー通りなのはノア岩盤のおっきさや、ぶっとい道の位置だけじゃい。建物やら動物なんかは、だいぶ大きめに描かれとるっちょ」

 絵の都合というやつか。正確な地図通りなら、ぜんぶ蟻より小さくなってしまう。

「……この絵は『時計塔』のシルエットがはっきり描かれてないですよね。ならば、塔が建設される前に描かれた可能性もあるのでは?」

 ロビー・マームが尻尾をはさんだ。確かに、長い四角柱のような建物が描かれているが、今のような四面の時計盤や、とんがった塔頂部はついてないようだ。

 懐から絵本『みんなで学ぶノア都市3 時計塔のれきし』を取りだす。


 皇暦1000年頃、ノア岩盤への定住がはじまり、最初の塔が作られた。

 皇暦3000年頃、長き戦争を経て、塔が現在の高さになった。

 皇歴4240年に、本格的な時計機構として、現在の塔が竣工された。

 そして今は、皇暦4570年——。


「戦争中に作られた地下都市……ってことか?」

「当時ってそんな技術力あったの?」

 ショーンと紅葉が疑問を口にしたものの、その問いはトンネルの壁に反響し、答えが返ることはなかった。

「いいから、さっさと時計塔まで行きなさいよ。こんなトコ、1秒だって長くいたくないんだってば!」

 フェアニスはバサバサと窮屈そうに羽を立て、雄鶏のごとく足蹴りしながら一行を追いたてた。

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