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1 ひびの入った甕のように

【Water】 水


[意味]

・水、水分

・飲料水、水道水

・湖、川、泉、海などの多量の水


[補足]

古英語「wæter (水)」に由来する。ロシア語の「voda (水)」とおなじ語源をもち、vodka、酒のウォッカに派生している。またラテン語「aqua vitae (命の水)」は蒸溜酒を意味し、ウイスキーの語源とする説がある。水が不衛生だった時代、発酵殺菌された酒は水代わりに飲まれ、生命をつなぐ飲み物だった。





「そんで? タバサのビューティーサロンで花火と出会って眼鏡を盗まれて、花火はカラーカ・ヴァゴンに乗って、盗んだ眼鏡をコウモリジュースの店員に渡したくさいのね? そんで時計技師のダンデって人が、やたらギャリバーにくわしくて、ギャリバー創始者のカーヴィン・ソフラバーにそっくりなのね? そんでカーヴィンは花火の最後の結婚相手だっていうのね? へぇー、そうなんだ」

 フェアニス・リーリーリッチは、髪をもじゃもじゃ掻きながら、夕飯のチーズ羊肉ソーセージバゲットをもしゃもしゃと噛んでいた。

「1日でけっこう情報入手できたと思うんだけど、もうすこし褒めてくれてもよくないか?」

「もちろん! あんたってアルバ様のメガネがないと、さらにマヌケ面ね。アルバ様」

 侮辱まじりの賛辞でたたえてくれた。


 地曜の夜の時計台まわりは、前日の火曜日と比べて、カップルより子供連れが多く、夜行性の子供たちがやかましくあたりを駆けずり周り、かえってカモフラージュになれた。

「……サロンオーナーのタバサ・ジュデにも接触できたよ。あのサロンには秘書やら警察やら、いろんな業種の重要人物とノア都市の情報があつまっている。大富豪の秘書キューカンバーが就任してから、キアーヌシュの人嫌いが加速したって話だ」

「へえ、あのタバサが? よくペラペラしゃべってくれたわね。顧客情報でしょ」

 フェアニスはジャリジャリと靴底を鳴らし、辺りをチラチラと警戒している。

「うん。色々と協力してくれることになった。アルバの呪文で、時計塔を爆破して欲しいらしい」

「ワァオ、刺激的ぃー」

 円形舞台の客席で勢いよく走りまわっていた洞穴熊族の少年が、ロビー・マームの肩にぶつかり、勢いよくふっとんでいった。

「サロンオーナーのタバサは、花火の正体を知りたがってて、大工事を中止したがってて、時計塔を憎んでいる。それで……」

「ちょっちょと待って! ショーン」

 紅葉がショーンの袖を引っぱり、時を制した。

 さすがにタバサのことまで喋りすぎたか?

「ごめん、もうちょっと伏せれば良かった——」

「違う‼︎」

 紅葉が肌を逆立て、臨戦体勢の姿勢をとった。なんだ、何が起きている?

「なあに、今さら気づいたの? さっきからずっといるじゃない。ま、オマヌケさんはまだ分かってないようだけどぉ~」

 フェアニスがトントンと靴の先を突き、時計台の裏へと眼光を寄せた。誰か見張りが——?


「チッ、これでオブザーブも終了か」

「あぁ、やだわ。これで知慧のランタンの灯がとだえてしまうというの! 冥府王に捧げる魂の混迷が!」

 洞穴熊族の兄妹にして、都市長ゲアハルトのお子様方、ジークハルトとペトラ・シュナイダー(あるいは冥府王の妻ベルゼコワ)が、そこに立っていた。


「嘘だ……ぜんぜん気づかなかった」

 いつものゴシック調でフリルまみれの服ではなく、飾り気のないシャツ、ボロボロの釣り下げズボン。ボリュームある髪は三つ編みでおさえ、穴熊族の大きな黒クマは、おしろいや大きな眼鏡で隠されていた。

「ダコタ州へボヤージュに行くときのよそおいですよ。あそこは治安がよくないもので」

「せっかく我々の屋敷をお宿にしてるというのに、貴方がたロクすっぽ動静を教えてくれないんですもの! わたくしたちだって、知る権利がありますわ」

 糾弾されたショーンはつるつるの頬をおさえ、何も引っかかりのない自分の顔をかきむしった。

 たしかに協力者が増えることは良いことだ。少人数で事件を追うのは限界がある。

 しかし! 情報の共有は注意が必要だ。あまりにも関係者が増えすぎると、ひびの入った甕のように、少しずつ水が漏れてしまい、中の水は濁っていってしまう。

「そ・れ・に! どういうことですの? そのお人、数日前に追跡したピザ屋の店員でしょう。なぜ偽名ではたらく曲者女と一緒にッ」

「そうですよ。なにゆえクロスボウを打ってきた危険人物とカジュアリーに過ごしてるんです?」

「どーすんのよ、コレ」

 ショーンは今すぐ、タバサのビューティーサロンの大きな猫脚つきバスタブに飛びこみたかった。



 暫しのち——

 ショーンが慌てながらシュナイダー兄妹の相手をしている間、紅葉はフェアニスに肩を寄せ、闇に溶けるように密談していた。

 ロビー・マームは円形舞台の客席からそれら人間模様を見下ろし、ポップコーンをつまんでいた。

「なあに、ヒソヒソと。楽で儲かる投資話?」

「明日、タバサのビューティーサロンの地下から、水道を調査することになったの。時計塔にも行く。あんた、あの時も地下水道にいたし、中は私たちより詳しいでしょ。一緒に来てよ」

「かんべんしてよ。ジョバンニ爺ィがいないってのに、フェアニスがあそこをうろついたら目立つでしょ。鳥は地下をコソコソ潜ったりしないのよ! フツーの水道局員がウロウロしてるっていうのに、見つかったらどう言い訳するつもり?」

 フェアニスはバゲットをかじかじしながら吐き-

捨てた。

 彼亡き今、紅葉の知る頼みの人物はひとりしかいない。

「ベゴ爺さんに頼もう。そうだ! 確か『スピーク・イージー』っていう怪しい酒場で飲んでるって……」

「ああ、アソコね。ノア都市の酒税ってべらぼうに高いから、こっそり別の店に化けて酒を出してる店があんのよ。2区の奥にあるわよ」

 彼とおなじ森狐族のベゴ・ブルカ。前に会った時は逃げられてしまったが——

「連れてって」

 紅葉はショーンとシュナイダー兄妹のほうをチラリと見て、ロビーに手を振った。

「行こう」

 漆黒の瞳には赤い炎が宿っている。

 フェアニス・リーリーリッチは肩をすくめて、紅葉と夜道に消えていった。

 サウザス町長の秘書、ロビー・マームは、地元出身のアルバ様が肩を丸めて言い訳するのを、ポップコーンの箱が空になるまで見守っていた。

 地曜日の夜が終わりに近づこうとしている。

 明日は3月30日、水に関する水曜日だ。

編集後記

大阪万博へ長期旅行にいっていたため、1カ月ほど休止しておりました。海外パビリオンの紹介がてら、その時の模様をずんだもん解説でyoutubeに投稿したので、活動報告のほうにURLをはっております。

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