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1 滑空は、空を飛ぶことといえるのか?

【Gliding】滑空


[意味]

・滑空。鳥やモモンガなどが羽ばたかずに空を降下すること。飛行機や滑空機(グライダー)などがエンジンを使わずにゆるい角度で降下すること。


[補足]

古英語「glidan (滑るように進む、滑る)」に由来する。鳥は、羽ばたいて飛翔し、上昇気流をとらえ、羽ばたかずに滑空することで効率よく長期間の飛行を可能にしている。人間が飛ぶことを楽しむリクリエーションの多くは『滑空』であり、飛翔ではない。





 3月29日地曜日、大富豪の死から2日目が、ショーンがノア地区を来訪してから5日目が経過していた。

 現在、ショーンはビューティーサロンにてタバサオーナーと対峙しており、紅葉は籠列車カラーカ・ヴァゴンにて大女優・花火を追いかけている。サウザス町長が遣わしたロビー・マームは、時計技師ダンデ・ラインボルトに聞きこみ調査をしており、そして、親切な銀片吟(ぎんぺんぎん)族の掃除夫ノアは——

「じゃあねー☆」

 【FSの組織】に所属している大悪人・ラン・ブッシュに、自宅ビルの17階から突き落とされようとしていた。


「うわあああ……ああああ……!」

「☆☆キャハッ」

 若い男の断末魔を聞いて、満足気にペロリと舌を出したランは、ベランダの向こうの肉片を見ようと覗きこんで……舌打ちした。

「なぁに★あれえ」

 掃除夫は、ペンギンのままの手ヒレを宙にうんと広げ、ペンギンのままの足ヒレで壁に爪をたて、重力に揚力で逆らっていた。

 ペンギンの羽は、短く密集しており、鱗のように硬く、体重に対して面積は小さく、飛翔するには向いてない——なのに、彼は風をつかむことに成功していた。

「は? 鳥になったつもりぃ★☆」

 ペンギン族の掃除夫ノアは、どういう手法か構造かは解らぬが、ズザザザザとすさまじい音を立て、優雅とはほど遠く、泥臭くも空を飛んでいた。

 滑空が、空を飛ぶことと同義であるならば。




「ふざけてる! 本当にふざけてる」

「お待ちになって、アルバ様、まだ話は終わってませんわよ」

「いいから僕は帰ります、荷物を返してくれ!」

 冗談じゃない。こんなことなら花火を追いかけて、眼鏡を取り戻しにいった方が100倍マシだった。

「いいからお部屋に戻って下さいまし、話を聞いて!」

「僕は帝国に仕える魔術師なんだ、犯罪の片棒をかつがせるならビネージュ警部にチクリますよっ」


 昨日、侵入と窃盗を犯した紅葉は、またグシュンと盛大にクシャミした。

(風邪引いちゃったかなー。ノア都市って工場の熱であったかいけど、風は上空で冷たいもんね)

 花火のヴァゴンを凝視し続けるも、相手はまだ動く気配はない。当所の目的だったサロンのビルは、はるか背後に去ってしまった。

(ショーン大丈夫かな。まあサロンでそんなに危険な目に遭うとは思えないけど……)


「ナツコ、入り口を閉鎖して、急いで‼︎」

「で、でもオーナー。そもそも彼を帰すつもりだったんじゃ…」

「考えが変わったのよ!」

 ショーンも急に気が変わった。入り口前で足をとめ、タバサオーナーのほうに体を向きなおした。

「タバサオーナー。いいでしょう、戻って続きを聞きましょう。そのかわり僕の捜査にも協力して下さい」

「え、ええ、もちろん。一体なにをすればよろしいのでしょうか?」

 タバサは、とつぜん踵を返し、自分の顔を見つめるショーンに肩を緩めた。


「サロンの利用者名簿を見せて下さい。僕は大富豪キアーマシュの事件の謎を解きたいんです。どうもこのサロンは事件の関係者が集まっている。誰が来ていて、どこが接触しているのか——それが知りたい」


 紆余曲折。花火に薬を濡られるわ、真鍮眼鏡を盗られるわ、時計塔の爆破を依頼されるわ、さんざんな目にあった挙句……

『サロンのことを調べたい』

 ショーンは当初の目的を達成できた。



(花火ってばいつまで乗ってるんだろう、もう7区になっちゃうよ!)

 花火が住む3区の自宅をとうに過ぎ、遠くまでゴトゴト来てしまっていた。

 彼女のような金持ちが、こんな工場と汚水が混じった区域に用があるとは考えにくい。怪しい。どこで降りるんだろう。あるいは誰かが乗ってくることも考えられる。

「やあ、クロックモルゲンのピッツアはいかが」

「いらない!!」

 先ほどから身を乗りだしているせいか、風巻(かざまき)の物売りたちがひっきりなしにやってきては、集中力を妨げる。飛翔可能な民族である販売人が、ヴァゴンからヴァゴンへ飛んでくるのだ。

 紅葉は、あのフェアニスリーリーリッチが勤めていたピザ屋店員を追っぱらった。

(ひょっとしてフェアニス、このへん飛んでたりしないかな? 偽名がバレたから、さすがにもう辞めさせられてるよね……)

 ふと気になって空中を見回した。他のヴァゴンにも物売りが飛んできて接客している。


 花火のヴァゴンにも、ちょうど背蝙蝠族の男がやってきた。今まであしらっていた花火が、珍しくなにかを購入したようだ。

 店員は一礼し、上機嫌で飛び去っていく。別のヴァゴンにいく感じではない。彼はヴァゴンの周回線路からはなれ、7区の奥へ消えていった。

 花火の籠は、何事もなかったように平和にゴトゴト動いている……これは……

「————ああああ!!」

(風巻の物売り——今のが、きっと取引だったんだ!)


 あの方法なら怪しまれずに済むうえに、誰にも聞かれる心配がない。

 そのとき花火の機体の窓がふいに動き、紅葉はあわてて身を隠した。

 かわいらしい老女優は、ひと仕事を終えた顔して、ヴァゴンから身を乗りだし、うるんだ瞳で夕陽を見つめ、ホットドッグをかじっていた。

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