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6 世界は目まぐるしく発展していく

 タバサとの会話が長引くにつれ、ショーンはいよいよ自分の【真鍮眼鏡】が遠くへいき、戻らないのを感じていた。いくら再発行できるとはいえ、自分がアルバの資格を得てようやく手にできた思い出の詰まった眼鏡の喪失は、体の一部をもぎ取られたような悲しみを感じる。けれど、おそらくこんな事の連続なのだろう。【帝国調査隊】という職業は。五体が無事でいることを、ひたすら目指すべきなのだ。

「それで、タバサオーナーにとって、ノアの大工事の不都合な点とは何なのですか?」

 ショーンは眼鏡のツルを直す代わりに、前髪をかきあげて、彼女に問うた。

「わたくしにとっての大工事の不都合——それはもちろんこのビルですわ。わたくしの全キャリアと人生をかけて作ったこの自社ビル……緻密な設計と綿密な打ち合わせの末、ようやく完成したこのビルですのよ。わたくしは後50年生きる予定ですけど、わたくしの目が黒いうちは、ビルを取り壊させたくないのです」

 タバサは胸を大きく広げ、鳥の羽のような服を広げてみせた。彼女の意見は分かる。分かるが……


挿絵(By みてみん)


「大工事、きっと多くの家やビルが取り壊しの対象になりますよね。他の持ち主からは文句や意見はないのですか?」

 これだけの規模なら反対組合などがありそうなものだが。

「……フン………それが………ないのです。ノアの都市民にとって大事なのは金と地位、建物に愛着のある者はほとんどおりませんの。己の美に対しての執着はあっても、物や住みかに関する美的感覚を持ち得えない人物ばかり、不思議なはなしでしょう」

「なるほど」

 考えてみれば、住みかに対する意識が強いなら、こんな岩盤の上に住もうと思わないのかもしれない。

 家建物に対する意識が高いであろう、森のそばに住むトレモロ地区の住民を思い浮かべながら、ショーンは納得した。

「ああそうそう、もうひとつ、機械に対する執着がありましたわね。ノア都市民は、文明機器の発達を評価しますわ。建物のスクラップビルドもいわば発展の一種、そのため歓迎なのかもしれませんね。それは美徳ですけれども……ねえ」

 ノア都市の人々は時計好きで歯車好きだ。家に執着して反対意見が飛びかいそうなサウザスやトレモロの民と違い、機械発達のためならば、居住地を問わない柔軟な思考の持ち主ということだろうか。



「タバサさんの懸念点は分かりました。でも、どうして僕に相談してきたのかがまだ分かりません。まさか、僕の呪文で彼の遺書を改竄しろとか言うんじゃないでしょうね?」

 身構えながらタバサに聞いた。アルバに対して他力本願だったトレモロ住民たちから、さんざん無理難題をふっかけられた教育の成果だ。

「ふふふっ、まさか。そんな無茶なことは言えませんわ。遺書につきましては、もう裁判所が目を通して認可してますのよ」

 ご冗談を。という顔でタバサが一笑する。ショーンはますます困惑し、自分がここにいる意味が分からなくなった。

「アルバ様は神殿を壊した過去がありますわよね、トレモロの。魔術師はあんな大きい建物を壊せるのでしたら、もっと小さなビルなど造作もないことでしょう?」

 タバサが書斎机の下から出してきた、半裸女性が表紙の雑誌で、ショーンはめまいが引き起こされた気がした。

 忘れもしない、今日の午前中、都市長秘書のオーレリアンが出してきたのと同じ女性。

「ーーーっ、僕が破壊したわけじゃありません! そんなゴシップ雑誌を信じるな!!」

 トレモロ住民のせいで、とんでもない疑惑の枷を背負ってしまった。『あれは町長の娘がやったんだ、町長の娘が神殿を破壊した!』そういって町中を駆け回りたい気分だった。もしや、ラヴァ州中に知れわたっているだろうか、冗談じゃない!

「……ご安心なさって。わたくしも本気で信じてはいませんわ。強大な力をお持ちの方は、何かと疑われるものですものね」

 タバサは、乱心寸前の若手魔術師の苦しみを察し、すぐにゴシップ雑誌をしまった。

「とにかく、わたくしは大工事を中止させたいのですわ。最悪中止にならなくてもいい。ただしビルの取り壊しはさけたいのです」

「はい…·····で、僕にできることは何でしょう。僕の力を欲しているから、交渉を持ちかけてるんですよね?」

 いいかげん疲れてしまった。タバサが求めていることが、いまだショーンには解っていない。

「ええ。アルバ様に頼みたいこと……たいしたことじゃありませんわ」


「時計塔を破壊して欲しいのです」



「時計塔には鐘が無かった。一体どこにあるんですか?」


 ロビー・マームが、じっと老技師ダンデーライボルトを見つめて尋ねた。

「時計技師である貴方は知っているでしょう、教えてください」

「フン、どこにあると思う? おめえさんの考えを知りたいね」

「2層の上方から音が聞こえたのは確かですから、あるとしたら2層と3層のあいだの床に収納されている……でしょうか」

 ダンデはパチパチを手を叩き、「ご明察」とニヤリと笑った。

「そうだな。鐘はあの床の中にある。さすがに毎日点検しないが、たまに床板を開けて掃除する」

「……そうですか。キアーヌシュの死と関係すると思いますか?」

「いいや、別に思わんね。ま、『守り人』は毎日毎時間あの鐘を聞いて狂わんか心配くらいはしてるぜい」

 ロビーは珍しく肩を寄せ、納得いかぬ顔を一瞬浮かべたが、すぐにいつもの無表情に戻した。

 多少の緊張がただよう空気のなか、ニーナ号が気まずそうに佇んでいる。

 ひと修理を終えたダンデ技師は、ポケットから残りのジンを取りだしてあおり、絵本の続きを読みはじめた。



「この助手の子、リルちゃんは知的そうで可愛いねい。さすが星白犀族、学者さんに多い民族だ」

「その絵本はノアの子供たちが広く読んでいるシリーズでしょう。ご存知ないのですか」

「いいや、オレぁあんまし勉強しなかったからなぁ、フフフ」

「単純に、ノアのご出身じゃないからじゃないですか?」

 ロビーが静かに尋ねた。ダンデは酒を飲み、微笑みながら動かない。


「あなたの風貌は照袋鼠(てるももんが)族に似ている。そして年齢もちょうど70代……あの兄弟と同じ年頃だ。ギャリバーに精通し、大富豪と死の直前まで懇意にしていた。不可解なのは、あちこちヒントをばらまいておきながら、自分の身分は隠そうとしているのかです。不思議な人ですね」

「オレから言わせりゃ、ルドモンド大陸の民族そのものが不思議のかたまりだがな。動物と人間が組み合わさって遺伝子を無視して生きている」


 夕暮れ時、あちこちからギャリバーの音が響いてくる。つい5年ほど前までは、聞かなかった光景だ。大陸は日々、目まぐるしく発展しており、ギャリバーもその一端を担っている。

「では、あのポスターの意味はなんですか、大女優・花火の正体はいったい何なんです」

「わりぃが、人んちの壁に女性をぶつけるような奴に伝える気はいっさいねえ。ニーナちゃんの持ち主にゃー、特別に教えちゃるがね。可愛がってるようだし」

「ぜんぜん可愛がってませんよ、雑です」

「ふん……そうかい」

 謎多き時計技師ダンデは薄笑いし、ひととおり読んだ絵本を返して、自宅へ戻っていき鍵を閉めた。

 残されたロビーはしばし扉を見つめていたが……

「ま、あとは貴方の飼い主にまかせましょう。そもそも僕の仕事じゃありませんしね」

 すぐに肩をすくめ、修理を終えたばかりの艶やかな少女とともに、帰宅することにした。

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