5 ミントコーヒーでインタビュー
時を今から数時間戻し、夕刻のサウザス出版社──
紅葉は、新聞室の片隅にある来客用のソファーに、ちょこんと座っていた。
出版社社長と新聞室長に、両側からジイッと見られ……居心地悪くミントコーヒーを啜っていた。
「あなたが10年前に、サウザス駅で…… “発見された” 紅葉さんね」
いかにも厳格そうな室長の女性が、先に口を開いた。
「ハイ……」
「あなたへのインタビューは、録音してもよろしいかしら?」
「は、はい…」
「止めて欲しかったら、いつでも言ってちょうだい」
紅葉はなぜか、インタビューされることになってしまった。
しかも、社長と室長じきじきに。
紅葉はただ「昔の新聞記事の閲覧をさせて欲しい」と、頼みに来ただけだったのに。コーヒーからは、爽やかな青いミントの香りが漂っている。
新聞室長のモイラ・ロングコートは、自転車のタイヤくらい大きな円形のカセットを取り出し、洋服ダンスほどの大きさの録音デッキに、ジャコッと入れてセットした。
「では皇暦4570年03月08日地曜日、18時12分。インタビューを始めます。
紅葉さん、まず、あなたはどうして、この新聞社にいらしたの?」
——始まった。
ゴクリと唾を飲みこみ、集中して質問に答え始めた。
「はい。10年前の事件について……記事の閲覧を頼みに来たんです」
「皇暦4560年10月12日に起きたサウザス駅の事件についてね。……ナタリー! 過去の号を持ってきてちょうだい。皇暦4560年の10月12日から全部と、11月01、03、07、23日。12月01、04、05、15日……翌年の61年03月30日、04月02、12、16日……」
事務員らしき女の子に、なんの資料もなく、そらでスラスラと過去号を告げていく。紅葉はあんぐりと口を開けた。
「彼女……モイラは、自分が室長に就任してからの新聞記事を、すべて記憶してるんだ」
出版社社長のジョゼフ・タイラーが、大きな瞳をウインクさせて、こっそり紅葉に耳打ちしてきた。
「失礼──でも、当時の記事が手元にあったほうが良いでしょう」
モイラは短く切り揃えられた髪をサラリと耳にかけ、紅葉へのインタビューを再開した。紅葉はサウザス新聞の優秀さを目の当たりにし、『下手なことは言えないぞ』と改めて背筋を正した。
「では、紅葉さん。どうして昔の事件を調べようと思ったのかしら?」
「……はい。今朝、町長さんの尻尾が、駅に吊された事件が起きました。……それが、私の身に起きた事件に似ていたからです」
「今朝の町長事件について、心当たりはあるかしら?」
「いいえ、ありません」
紅葉は、もっと気の利いた事を言いたかったが……これしか浮かばぬ答えを、ハッキリ伝えた。
「では何か、前兆のようなものを感じたことは?」
「いいえ、まったくないです」
「では、オーガスタス町長とお会いしたことは?」
「何度かご挨拶くらいは……直接ちゃんとお話しした事はありません」
紅葉は慎重に答えながら、ミントコーヒーを短くすすった。
「一度も? 事件について何か言われたことは?」
「いえ、特に……」
「あなたが10年前の事件の被害者だと、町長はご存知だったのかしら」
「はい。初めてお会いした時からご存知でした。興味はなさそうでしたが……」
「それはいつ、どこで?」
「確か退院してすぐ……9年前のラタ・タッタです」
ショーンの両親がラタ・タッタに住んでいた頃、オーガスタスはまだ銀行の頭取だった。彼はたびたび下宿を訪れては、酒場に聞こえるほどの大声で、営業活動を繰り広げていた。
『おお、この子が例の事件のですか! さすがアルバ様はご立派ですなあ!』
当時、紅葉は松葉杖を抱えながら挨拶したが……ゴマスリの材料に使われただけだった。
「町長は、ラタ・タッタにはよく行くの?」
「そうですね、年に数回ほど……でも私に用事があるわけでは」
オーガスタスは町長になっても、忘れた頃に襲来してきた。下宿のショーンにおべっかを使い、酒場の店員をアゴで使う。太鼓隊の演奏中でも大声で喋っているので、本当に嫌な客だ。
……だが、紅葉とはあまり関係ないだろう。それに、同じような目に遭ってる人は大勢いるはず。
「では、紅葉さんによる、個人的な町長への印象は何かある?」
「よく町長選に受かったなぁー……ごめんなさい、今のは無しで!」
昔の様子を思い浮かべていたら、つい本音が出てしまった。
「皆そう思っているわ」
気にしないで。と、モイラは録音デッキのツマミを、左に “チョイ”とひねった。
その時、事務員のナタリーが新聞室に入ってきて、自分の身長を遥かに越えた、山盛りの新聞記事をテーブルに積んだ。