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4 誰よりも魅力的なひと

『お久しぶりですねえ、ショーン様。いかがですかなノアの空気は。金と鐘の臭いが充満していて、さぞや心地いいことでしょう』

『ははは……そうですね、僕はリッチモンド家の皆さまと違って貧乏性ですので、ここでは苦労してます』

『イヤイヤイヤ! そんなご謙遜なさらず、いやいやガッハッハ!』

 何がそんな楽しいのか分からないが、町長オーガスタスのご機嫌をとることに成功した。

『でですね、町長。ノアの時計塔の整備技師に、連絡を取りたい人がいるんです。名前はダンデ・ラインボルト……技師は時計機構を秘密をまもる存在で、接触が難しいとのことです。また便宜を図っていただけますか』

『了解ですな。何、ノアにもサウザスの手の者がいますからね、ツテをたどりましょう』

『あまり時間がないんです。今日中に手配できますか?』

『ハッハッハ、何とかしましょう。ショーン様の御為ですからね!』

『ありがとうございます。僕らも時計塔付近で張っている予定です』

 サウザス人による首脳会談を終え、役所の電信室から出てきた。

 時刻は朝10時2分。

 あと14時間のうちに、時計技師ダンデと再会できるだろうか。



「ふーっ……」

 ショーンは改めて胸に手を当て、自分がやるべき目標を、脳裏の黒板に書き出してみた。


 まずは、大富豪キアーヌシュの死の謎を解決すること。

 それをフェアニスリーリーリッチに伝え、彼女の所属先を明らかにすること。

 さらに、ラン・ブッシュを捕まえること。

 ノアの大工事の謎、ゴブレッティの設計図の行方、

 そして【Faustusの組織】の全貌を追うこと……


 こんな所だろうか。頭のなかで白チョークの粉を払いつつ面をあげると、紅葉とぱっちり目が合った。

「ショーン、私、このあたりで聞き込み調査してくるよ。町長の返事なんて待ってられないし、大丈夫、お昼までには戻るから」

 朝は疲労の色が見えていた彼女だったが、今はやる気と活気に満ちた表情をしている。

「ああ、無茶するなよ。何かあったら闇雲につっこまず僕に連絡してくれ!」

「分かってる!」

 紅葉は亜麻色の布カバンを肩で揺らし、役場のどこかに消えていった。


「ロビー! は、僕の傍から離れる気ないんだっけ……」

「いちおう聞きましょう、何ですか?」

「うん、大富豪秘書のキューイ・キューカンバーのことが気がかりなんだ。極秘情報をたくさん持ってるだろうし、もし大富豪殺しの犯人が存在するとしたら、次に狙われる可能性も高い」

「ああ、あの秘書ですか……。さすがに警察かキンバリー社で保護してるんじゃないですかね、危険でしょうし。ま、危険な目に遭ってるところなんて想像できませんが」

 やかましい九官鳥族のカン高い声を思いだし、ショーンは首をすくめた。

 雇い主のキアーヌシュを、お爺ちゃんのように扱い、デッカーのファンであることもコッソリ教えてくれた。ビネージュ警部の弱みを指摘したり、何かと助け船を出してくれた。そう、行きつけの店は確か……



『タバサのビューティーサロン』


「ここか!」

 ショーンは、オレンジ色に塗りたくられたビルの玄関に立っていた。ロビー・マームを時計塔前の広場のベンチに残し、単身、2区にあるビューティーサロンの前に立ちすくんでいた。

 籠列車カラーカ・ヴァゴンの駅の目の前にあり、金持ちそうなマダムや、バッグを握りしめた若い女性、何で稼いでいるのか見当もつかないハイセンスな服を着た男たちが、ヴァゴンから降りて、次々と鮮やかなオレンジのビルへ食われていく。

 ビルの壁面には、4階分の高さブチ抜きで、女性の全身像が描かれており、銀色のおかっぱに極彩色のアイライナー、小麦色の肌に、ギラギラしたスパンコールドレス、クルンと丸まった可愛い尻尾……

 彼女こそ、ファッションプランナー タバサ・ジュデ。

 ノア都市でもっとも有名なサロン店のオーナーであり、桃白豚族きってのファッショニスタである。


「失礼、新規の方ですね、紹介状はありますか?」

「……いえ、紹介状が必要なんですか」

「ええ。入会には会員様のご紹介がないと。申し訳ありませんね」

「体験入店もないんですか」

「はい。当店は会員様同士のつながりというものを重視しておりますので」

 天井まで届くほど長いとんがり帽子をかぶった、虹猿族の受付嬢は、右頬の唇をゆがめて笑い、退店をうながした。


 ショーンは渋々、身分証である星の照明バッジを外して、彼女に裏面の刻印を見せた。

「すみません、先日、大富豪が亡くなった事件はご存知でしょう。僕はアルバなんです。【帝国調査隊】としてこのサロンを調査させてください。事件と関係があるかもしれないんです……!」

「おほほほほ、まあアルバ様ですって? 申し訳ありませんが、そのちいちゃなバッジでお通しするわけには参りませんわ。わたくしに真贋を見極める力などありませんので」

「本当にアルバなんです。【真鍮眼鏡】を持ってみてください。重くて持ち上げられないはずです、それで信じられるでしょう!?」

「いえいえ、ひと様のものは持てません。どうぞ紹介状をお持ちになってからおいで下さいまし。守衛、ちょっと来て!」

 トランシーバーを購入した『エイブ・ディ・カレッド社』の老店員相手のようにはうまくいかず、厄介客扱いされ、いよいよ追い出されようとしていた、その時——


「失礼、受付してもいいかしら? 予約してるの」

 別の客がひとり来店してきた。

 小柄な老女だった。

 白いスーツドレスに、黒いバッグ、サンシュユのような赤い唇。老いてもなお可愛らしさが残る顔立ちに、尻には雪よりも白い虎の尾っぽを覗かせている。


「は、はなび――ッ! ……さん」


挿絵(By みてみん)


 往年の大女優、花火がそこにいた。

「あらっ、まあまあ、こんなお若い方に気づかれるのはいつぶりかしら。あなた、お幾つ?」

「ぼ、僕、20になります……花火さんのことは、子供の頃に移動映画で拝見しました。とてもお美しくて、歌声も印象に残っていて……」

「まあ嬉しい! フフフ、よく見たらいいお顔してるじゃない。いいわ、特別にサインしてあげてもいいわよ」

 気をよくして腰に手をあて、無邪気な笑顔を浮かべている。皺も笑くぼに見えるような、故郷の少女を想わせる微笑みだった。

「サインして頂けるなら……紹介状を頂けませんか?……ぼく、このサロンに入りたいんです」

「まああ〜、やだやだ可愛いこと! ええもちろん、良くってよ。お名前は? そうショーン・ターナーくんって言うのね、ステキ!」

 耳を羽毛でくすぐられるような、真珠に砂糖をまぶしたような、甘ったるい声だ。

「花火様、なりません! 素性のしれない者をすぐ紹介だなんて、セキュリティの意味がございませんわ!」

「あら、いいじゃない、あたくしのファンなのよ。タバサにはよろしく伝えておいて」

 店員の悲鳴もなんのその、花火はガラスの万年筆を取りだし、サラサラと紹介状を作成した。

「で……すが……っ!」

「ねえ、よく見て。こんな可愛いらしい少年が怪しいとおもう? 騙されてもいいじゃない。フフフフッ」

 花火がひと声笑うたび、唇を開くたびに尻尾が震える。さすが天下をとった大女優だ。年をとってもこんなに魅力的だなんて……

「さあ一緒に行きましょう、ショーンくん。あたくし、ここはお得意さまなの。案内するわね」

 

 きっと誰もが惚れてしまう。


 ショーンはふらふらした足取りで、花火につれられ、サロンの奥へと誘われた。

 周りの壁はすべてドキツイ、パッションオレンジの壁紙なのに、彼女といるとふわふわ白い夢の国にいるようだった。




『紅葉さん、いったん都市長のお屋敷に戻ってきて下さい。サウザスの密偵から接触がありました。ダンデの自宅と、時計技師の詰所の住所をいただきましたよ』

『わ、もう来たの! よかった。ショーンは?』

『さあ、タバサのビューティーサロンに行ったきりです。さっきからトランシーバーの応答にも出ないんですよ』

『ええっ、サロン⁉︎ 何でそんなところに』

 ロビー・マームは、都市長宅で借りたトランシーバー機を、トントンと顎で叩いた。


『さては美女に引っかかったかもしれませんね』

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