3 夜警アントンの話
アントンはしばらくメソメソし、時々グシュンと持参の毛布で鼻をかんでいた。(おそらくショーン用の毛布だった)
「まあ……僕も拘束されてるようなもんだし、ただの事情聴取だって」
「………ヒック……グスッ、父ちゃんんん……」
「そうだ、夜警の聞き取り捜査はどうだったんだ。何か変なこと聴かれたか?」
「ボクは……昨日、裏棟の玄関の見張りだったんだ」
「えっ」
「町長たちが夜中に帰ってきて、鍵を開けてお通しした」
「ええっ」
──何てこった。何だってこんな……昨日会った知り合い達が、次から次へ事件に関係してくるんだろう。新聞の青インクの苦い味を思い出す。吐き気をグッとこらえながら、アントンの話を詳しく聴き始めた。
「昨日、ボクが裏玄関の警備だったとき、町長たちがベロベロに酔って帰ってきたんだ。夜11時くらいかな。夜は玄関扉が閉まっているから、警備員がお通しするんだ」
「それって記録とかつけてるのか?」
「ないよそんなの。でも交代して1時間は経ってたな」
「交代?」
「あー、役場の夜警はだいたい4人で回してるんだ」
夜警が昼の警備と大きく異なる点は、訪問者を通す役目がある事だ。
夜の役場は扉の鍵こそ閉めているが、夜行性民族に対応するために、細々と運営されている。結婚届や離婚届だって提出できるし、本も借りれるし裁判も起こせる。
夜間職員はだいたい30人で、警備は4人。夜警は、表棟・裏棟の巡回と、表玄関・裏玄関の見張りを3時間交代で行っている。
昨晩、アントンは夜10時から深夜1時まで裏玄関の担当だった。
「——待てよ、夜警って中庭や外周は見張ってないのか?」
「見張らないよ。何かあったら裏玄関や正玄関から駆けつけられるし」
何かあったじゃないか。
ショーンは思わず言いたくなったが、グッと黙って話の続きを促した。
「昨晩、町長は……そう、泣いてたな」
「泣いてた⁉︎」
もしや、何かあったのか? ショーンは思わず立ち上がったが、
「お前知らないのか。金鰐族は食事のとき涙を流すんだよ」
「へ、へー……?」
「つまり町長は、食事の後すぐに来た、って事だな」
「……なるほど」
ストンと、おとなしく椅子に腰掛けた。
いつも粗野で横暴なくせに、たまに鋭い見識を見せてくる。彼はこれでもサウザス勃興の父、ブライアン・ハリーハウゼンの子孫なのだ。
「ええと、町長も警護官も、みんな真っ赤でベロベロに酔っ払ってて、ものすごいチェリーワイン酒の匂いがしてた」
「……警護官もかよ」
それは罰則ものじゃないかと、ショーンが呆れていうと、サウザス警察長がものすごい怒ってたと、アントンが答えた。
紛らわしいが「警備員」と「警護官」は別物だ。
アントンやマドカら警備員はただの役場職員に過ぎないが、「警護官」はサウザス警察の刑事である。彼らは通称「ウォール・ロック」と呼ばれる要人警護専門のエリートだ。
「町長はいつも酔って夜中に帰ってくるのか?」
「まさか。残業はよくあるけど……深夜に役場へ戻ってくるのは珍しいよ。しかも酔っ払った宴会後だろ? 僕が見たのは初めてだなあ」
オーガスタスが町長になって今年で6年目だ。それで見るのは初めてという珍しい状況……ショーンは腕を組んで考え始めた。
「で、ちょうど持ち場を離れる直前に『町長が消えた!』ってトランシーバーが掛かってきたんだ。その後はみんなで大捜索さ。後からサウザス警察も駆けつけてきた」
「いつだ?」
「連絡は深夜1時だよ。警察が来たのはもうちょい後だけどぉ〜」
「アントンはどこを探してたんだ、次の担当場所か?」
「それがさあ、ホントは表棟の担当だったんだけど『そこで見張ってろ』って先輩に言われたんだ!」
アントンは、ズビッ! と毛布で鼻を噛んだ。
「だからずーっと裏玄関に立ってた。朝までだよ、酷くない? 立ちっぱなしって腰に悪いから参っちゃうよ」
「はあ……」
「だもんでボクは探してない。役場の様子もよく知らないんだ。あ、表棟はすぐに町民を追い出して、通行禁止にしたって聞いたなあ」
「追い出したって……犯人かもしれないじゃないかっ!」
「知らないよ。役場の職員はずっと家に帰れてないんだ! さっきまでここのベッドで寝てたんだぞぉ、窮屈だった!」
役場は、災害時に対応するため、簡易ベッドやシャワー、ふかふか毛布まで完備されている。アントンが持ってきた毛布は、既に鼻水でドロドロになっていた。
「……話を戻そう。お前はどれくらい裏棟の玄関にいたんだ?」
「えっとぉ、夜10時から朝7時までかな。ずーっと立ってたんだ、疲れたよ」
「その間、町長の姿は見てないよな」
「当たり前だろ。出入りした人は、みんな役人か、警察か、警備員の制服を着てた」
「じゃあ……町長が『制服を着て』、出ていった可能性は?」
「失礼な。ボクだってそれぐらいはチェックしてる! あんな太い鰐の尻尾をしてれば気づくよ。あの夜、金鰐族は、ぜったいに町長しか見なかったし、その町長は裏玄関から出ていかなかった!」
「…………そう」
「あ、違った。明け方に奥さんが来ていたな。奥さんも入れて2人だ。それしか見てない」
そろそろ涙が枯れてきたアントンは、最後にズビーッと思いきり鼻を噛んだ。
「フー……ッ」
いいかげん気が滅入りそうになったショーンは、会議室の窓を開けて新鮮な空気を取り入れた。すっきりとした夜風が心地いい。鉄格子越しに中庭を眺めると、皓々と光が漏れる町長室がここから見える。
「なあ、アントン。町長室って何で鉄格子が無いんだ?」
「知らないよ、無粋だからじゃないか」
「昔はあった気がするんだよなあ。僕が子供のころ見た記憶では」
「フン、ボクが就職した時から無かったぞお、7年前にはもう無かった」
「んー…そっか」
新聞記事の通りならば、オーガスタスは、町長室から消えたと思われる。
窓の外で、数名のラヴァ州警官が作業していた。
見慣れぬ制服の色の中で、ショーンの見覚えのある人物がひとり、町長室の外で、仁王立ちしている事に気づいた。
「……あれ?」
ショーンは、アルバが常に掛けている【真鍮眼鏡】を調整し、拡大モードにして、姿を捉えた。
“彼” は、真鍮眼鏡の調整で、ショーンが消費したマナを即座に察知し、2階の裏棟端にある、会議室の方をゆっくり見た。
──バチン! と、閃光が飛び散るような感覚に陥った。
まるで魔術師同士の決闘のように、ショーンの目と彼の目が、ぶつかりあった。