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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第45章【Old geezer】変な爺さん
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6 コーンコーヒーとベルガモットの葉巻

「そう……分かったわ」

 アルバ様から拒絶と否定の言葉をくらった、ノア警察のビネージュ警部は、黒ぶち模様の白い耳をくたっと垂らして、低い声で返事をした。ショーンは、たちまち自分が放ってしまった言葉の力をまざまざと感じ、罪悪感で胸が潰れそうになってしまった。

「では貴方からは、また日を改めて警察署で聞きましょう。担当者もちゃんと変えてね」

「あ、あの……」

「次、別の人を呼んで! いいえ、秘書のほうが先よ」

 警部は首を真横へ反らして、部下に命じた。ショーンの顔を再び見ることもなく……

 どうしよう、こんなはずじゃなかったのに。黒薔薇のトゲで心臓を締め付けられるかのようだ。

 ショーン・ターナーは猿の尻尾をだらりと下げ、螺旋階段をとぼとぼと下りていく。時計塔の4時の鐘が、特大音量で鼓膜を震わせていたが、鳴っていることに全く気づかないまま、警察から解放された。


『オーレリアン! 各区長に通達せよ、時計塔側の道を車輌閉鎖したまえ。とにかく人の流れを減らすのだ。交通警察は手が足りてない、各区役場の人員を駆り出せ』

『大尉、7区の中心街で別の暴動が発生したようだ、鎮圧準備と近隣住民の避難誘導をたのむ。ああ、今回を機に別の諍いが発生するかも知れん。警戒を!』

 都市長ゲアハルトの愛機【グリズリー】は、休憩することなく稼働し、時計塔内で最もよく働く人材となっていた。

「まあ、お兄さま。お父様ったら俄に忙しそうね。わたくしたちも何かお手伝いできることはないかしら。黒手袋がうずいてしまうわ」

「とはいえ、ボクたちが直接連絡できる機関など、学校くらいだろう。もうすぐ夜行性民族がウェイクアップする……無理して登校してこないか心配だな」

「それだ、ジークハルト! 『オーレリアン、各役場に通達だ、夜行性民族が通勤通学してこないよう、都市中のスピーカーから流せ。彼らが移動を始めたら交通網がますます混乱してしまう』」

 久々に父親の役に立てたジークハルトは、驚愕するように息を吐き、次にふんぞりかえって胸を反らせた。

 無職というのは、ほんの少し誰かの役に立っただけで、まるで全人類に貢献したかのように錯覚してしまうものだ。

 べルゼコワは焦って口をすぼませ「わたくしも何かないかしら」と、腰に手をあて考え始めた。

 と、その時、ショーン・ターナーがよろよろと螺旋階段から下りてきた。ノア警察からの尋問を……いや対決か? 彼が対決を終え、出てきたところを発見し、彼女は黒く塗られた唇をぱっと開花させた。


「アルバさま、今日のお役目は果たされましたのね! 我が屋敷にお泊まりになるのでしょう。是非、このわたくしがご案内しますわ」

「えっ、ああ、うん……ありがとう」

 アルバ様は心ここにあらず、虚ろな口調でベルゼコワにお礼を言った。

「まあ、お疲れですのね。ムリもないわ。このような恐慌を目撃したばかりですもの。こんな日は暖かなベッドに入って、熱いコーンコーヒーを飲み、無垢なる魂を冷麗たる泉に浸し、穢れを浄化すべきですわ」

「ま、待ってくれ、まだ捜査が…」

「——よし、修理が終わったぜい、じゃあまた明日な」

 ベルゼコワに帰宅を促され、ショーンが舌をもつれさせたその瞬間、時計技師のダンデが自分の役目を終えて、帰り際にショーンの背中越しに挨拶してきた。


「お、ひょっとしてアンタがあの有名なアルバさまってやつかい? ちょっくらこのおいぼれに顔を拝ませてくれよ、ひゃっひゃ」

 時計技師ダンデは人懐っこそうに笑い飛ばし、厚手の革手袋をわざわざ脱いで、ショーンに握手を求めてきた。ご尊顔を見せてくれといいつつ、彼の分厚い丸ゴーグルは、彼の顔から離れることはなかったが……

「は、はいそうです。サウザス出身のショーン・ターナー、アルバです。よろしく」

「おっと、サウザスか! ノアに来たばかりかい、ここは空気が薄いだろう、慣れるにゃ時間がかかるぜ」

 ダンデは気さくな親戚のおじさんのような笑みを浮かべ、ショーンの手に、何かを押しつけてきた。


 ガサッ、とした固い感触。


 破られた本のページのような、薄い紙製の物体だった。

「…いえ、体は……すぐ慣れました」

「そうかい、若いっていいねえ! オレも、もーちっと若かったら、あんたにサインでもねだるんだがねえ」

 クククと含んだ笑みを浮かべながら、【時の神 リビチス】に仕える男は、腰をかがめて、周りの警官たちに半ば呆れられながら、その場を去っていった。


「えーと、さっきの話の続きだけど……ベルゼコワ、改めてありがとう。もちろんジークハルトも助けてくれて。あとで都市長にも礼を言わないと」

 時計技師ダンデが去ったあと、ショーンは殊勝な表情を浮かべつつ、改めて兄妹たちの顔を見つめなおし、シュナイダー一家に感謝の意を述べた。(都市長ゲアハルトは螺旋階段を何度も上り下りし、窓越しに民衆を観察しながら指示出ししており、とても話しかけられる雰囲気ではなかった)

「いえ、アルバ様。礼には及びません、マターオフコースのことをしたまでです」

「ええ、ショーン様と紅葉さんはもう、わたくしの貴重な御友人ですもの!」

「そうだね」

 ショーンは柔和で健気な羊の顔と、ゆらゆら揺れる猿の尻尾からは、想像できないほど心臓が高鳴っており、時計塔にも負けないほどの轟音と振動が、羊猿族の体内で鳴り響いていた。

「……で、うちのロビー・マームの証言がまだだから、僕ももう少しここに居なくちゃならないんだ」

「まあ、部下思いですのね! それでは、わたくしはホテルに連絡を取って荷物を送れないか聞いてみましょう。5区の『デルピエロ』でしたわよね?」

「うん、じゃあお願いするね」


(この紙の切れ端、何て書いてあるんだろう? まだ確認はできない! 秘書のキューカンバーが証言中……ロビーだけなら横でこっそ……や、ダメだ、見つかったらどうする! 時計塔から出るまで、この紙は隠しておかないと!!!)


 ドッドッドッドッドッドッ。

 ショーンの心臓はこれ以上ないほど激動の音を立てていたが、素知らぬふりで、元の椅子に着席した。

「ロビー、君もシュナイダーさん家に世話になるんだろ?」

「ええもちろん。ノア地区に居る間は、あなたの傍を離れるわけにはいきませんしね。都市長のお屋敷のマグカップの柄がどんなものか、ちょうど気になってたところです」

「ははは、コーンコーヒーのね」

 そう和やかに冗談を談笑しながら、ショーンはベルトの裏地に押しこんだ、時計技師ダンデの切れっぱしのことだけ考えていた。




挿絵(By みてみん)


 3月27日銀曜日、時刻は夕方4時5分。

「フフ、負けたよ。嬢ちゃん——長くなる話だ、ゆっくり出来るところに行こうや」

「ダメ。今すぐ、この場で教えて」

 紅葉は一歩も行かせないとばかり、【鋼鉄の大槌】をカチャリと回した。

「そいつぁキツイな。老体に立ち話は腰にくるんでね」

「じゃあ、そこの詰所にいけばいい。椅子くらいあるでしょ」

 時計塔直下の、広めな地下空間のなかで、詰所の位置を首でしゃくった。

「……そうだな。一服するか」

 ジョバンニ爺さん——いや、フィリップ爺さんというべきか。彼は小型ハサミを取り出し、葉巻の先端をジャクッと切った。次にマッチを取り出し、湿気だらけの葉巻へ、ようやく火をつけ煙を出した。

 ヒタヒタヒタ……

 誰かの足音が、紅葉の背後に近づいてくる。

「ベゴさん、戻ってきたの?」

 この場にベゴ爺さんが戻るとまずい。紅葉の呼吸は一気に荒くなり、焦る心で振り返った。


「ぶっぶー、残念でしたー♪

 フェアニスリーリーリッチちゃんでぇーす」


 笑顔がとびきり可愛い少女、蒼鷲族のフェアニスが、暗い地下水道内で、頬にえくぼを浮かべてピースしていた。

「……な、んで」

 紅葉の息が一瞬止まった。瞳孔が大きくなり、鼓動は倍の速度になった。

「隙あり」

 1秒の不意をつかれた。老人に腕をグリッとひねられ、【鋼鉄の大槌】を取り落とした。

「痛ぁッ——!」

 2秒目には、右肩の関節をがっちり固められ、体が銅像のように動かない。

「悪いコはお寝んねしてな。嬢ちゃん」

 3秒後、フィリップ爺さんの手によって、紅葉の口腔内に、火が付いた葉巻がねじ込まれていた。

「————————っ………!」

 口を指で隙間なくふさがれ、ベルガモット風味の煙が、肺に深く入りこむ。ほろ苦くも甘い煙は、鬼人と化した紅葉の意識を奪い、暗い奈落の底まで昏倒させた。

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