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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第41章【Transceiver】トランシーバー
251/336

1 プロア街道とポーア街道

【Transceiver】トランシーバー


[意味]

・送信機と受信機が組み込まれた、近距離連絡用の携帯型無線通信機。


[補足]

「transmitter (送信機)」と「receiver (受信機)」による造語。1895年に、イタリア人のグリエルモ・マルコーニが、無線による通信機を発明して以降、多くの学者や企業家によって開発され、軍事産業を中心に発展していた。1940年代に、無線機の携帯化に成功し、アメリカのモトローラ社が販売した携帯型『ウォーキートーキー』は、現代のトランシーバーの基礎となった。ルドモンド大陸でも、多くのトランシーバーが開発されている。





「おや、支度にずいぶんかかったようですね。おかげでノア新聞の一面からゴシップ記事まで読んでしまいましたよ。都市長の息子さんが帝都の数学コンテストで金賞を取ったとか——さ、行き先はどうします?」

 3月26日金曜日、時刻は朝と昼のあいだの午前10時半。

 ホテル『デルピエロ』のロビーで待機していた、ロビー・マームと合流した。

「そうですね、まずはトランシーバーを買いに『エイブ・ディ・カレッド社』へ行こうかと、……ちょっと待ってください」

 ショーンは、ホテルの売店で、ノアの地図帖を3.5ドミーで購入した。

「ええと、『エイブ・ディ・カレッド』……載ってるかな? ダンロップ警部が南東部っていってたから、ホテルからそんなに離れてないはずだけど……」

 手帳サイズのポケット地図には、大まかなノアの縮図はもちろん、区画ごとに店名や道路名まで細かく掲載されている。

 人生で始めて、この手の地図本を購入したショーンは、慣れない手つきで探していた。


『エイブ・ディ エブリディ♪

 エイブ・ディ・カレッド〜

 毎日大切な人と連絡を取りたいなら

 エイブ・ディ・カレッド社へ!』


 ロビー・マームがその場で朗々とCMソングを歌い出した。彼の両親が太鼓隊ということもあり、なかなかの美声だ。

「あ、その曲、ラジオでたまに流れてますよね。そっか、あれがその会社なんだ」

「ええ。『カレッド社』はもともと電信機器の会社なんですよ。ですがヒューズワークスに電信機のシェアを奪われ、競争に負けっぱなしでね。近年ではトランシーバー機の製造販売に力をいれてますが、新興企業のベンビューイックに苦戦しているようで」

「へ〜、そうなんですか!」

 紅葉は彼を見直して、軽く拍手した。さすがオーガスタス町長の付き人をこなしてるだけはある。

「詳しいんですね。マームさんはカレッド社の場所をご存知なんですか?」

「いいえ、知るはずないでしょう。ノアの支店の場所なんて」

 ロビー・マームは鼻で笑った。

 また紅葉の顔が、ヒビ割れた石像のように変化した。彼女が【鋼鉄の大槌】を握りこむ前に、ショーンは豆粒よりも小さい『エイブ・ディ・カレッド』と書かれたインク文字を、なんとか地図帖から見つけ出した。



「ここのホテルから1区先です。えーと……」

 ホテル『デルピエロ』から出たショーンの瞳に、ノアの昼の太陽光が突き刺さった。

 元の大地から、標高の高い位置にあるためか、通常より白くて眩しい気がする。日焼けした皮をおそるおそる剝がすように、少しずつ慣らしながら目を開けた。

 隣をみると紅葉も瞳をしぱたたかせていたが、ロビー・マームだけはノアの特殊気候に慣れてるのか、平気な顔をして立っていた。

「……えー、と、確か、カレッド社はプロア街道を南に……」 

「どれどれ、なあんだ。ノア銀行の向かい側じゃないですか。案内しましょう」

 彼は颯爽と歩き出し、ショーンと紅葉は顔を見合わせ、おとなしくついていった。


 南北にながい楕円形をしたノア地区。

 地区の外周に沿って、南側の半円道路が『プロア街道』、北側の半円が『ポーア街道』と呼ばれている。街道には店が立ち並び、都市が形成されている。

 より繁栄しているのは南の『プロア街道』側だ。南には州鉄道の駅もあるし、何より駅前広場と役場、ノア都市1番のシンボルである時計塔が存在している。



「わ、角花飾りの『リンカネイ社』のお店がある! こんな時じゃなきゃ見てみたいのにー」

 プロア街道の道沿いは、ノアの大工事のためか、ほとんどの建物に鉄骨が覆い被さっており、そのぶん派手なポスター看板がかかっていた。

「うん……そうだね……」

 ショーンはなんとなく首をひねった。

 こんな立派な店舗が軒をつらねているのに、過ぎゆく住民の多くは、背を縮こませてトボトボと歩いている。活気のない白銀三路といった感じだ。

 たまにすれ違う、カツカツと闊歩する紳士や、しゃなりしゃなりと歩くマダムは、みな移動手段である籠列車『カラーカ・ヴァゴン』に乗りこんでいた。


 ノア名物『カラーカ・ヴァゴン』。

 楕円形の都市全周をレールで走る、小さな籠列車だ。その存在は古く、敷設は州鉄道よりも昔だ。

 4、5人乗りのカラーカと呼ばれる赤銅ワゴンが、停留所に次から次へとやってきて、プロア街道とポーア街道より、少し内側にある円周線路を走行している。

 昼夜止まることなくレール上を移動し続けるカラーカは、鉄道よりはるかに少ない燃料で済むのが魅力のひとつだ。小さい頃、ショーンは父から『奴隷労働者が、自転車を漕いで動かしている』と騙されて信じてしまった。

 カラーカ・ヴァゴンは、屋根がついていて雨でも濡れないし、遊園地にいる気分にも浸れて、恋人を口説くのにも使える。

 唯一の欠点は、やはりお金だろうか。1回乗るのに50ドミーかかる。

「あれも乗ってみたいなあ、ショーン」

「ダメ! 誰かに奢られるまでダメっ」

 金持ちしか乗れぬカラーカ・ヴァゴンは、人より物資を輸送するほうが多いそうだ。



 3人は、茶錆色をしたプロア街道をてくてく歩いた。

(……どうしてだろう。)

 ショーンの不安が大きくなった。

 ここはサウザスの中央通りやトレモロ通りよりも人が多い。なのに静かだ。

 労働者はみな暗く、くすんだ色のジャンパーと古いブーツを履いて、下を向いて歩いており、少数の金持ちは派手な帽子やコートを飾りたて、意気揚々とお喋りしながら歩いている。

 ごくまれに元気な労働者もいるのだが、彼らは制服から察するに、ノアの大工事で地区外からやって来た職人たちのようだった。

 今まで、ラヴァ州のどの地区でも、こんな感じではなかった。肉体労働者は力をみなぎらせ、昼間から酒をのみ、女たちはウワサ話をし、子供たちはオモチャを鳴らして、貧乏でも明るく暮らしていた。

(昼間こんなに静かなことって……ある?)

 昔、訪れたときには気づかなかった。

 昨日来た時も、深夜だから大人しいんだろうと思っていた。

 ノアという都市の異様な光景に、ショーンは思わず猿の尻尾を震わせた。


「なんでこんなに、暗っ……いえ、おとなしい人が多いんでしょう。ノア人の性格ですか? それとも大工事をやっているから?」

 思わずロビー・マームに質問してみた。

「ま、端的に言うと仕事がないからですね。ノアはかつて立派な工業都市でした。台形地には絶えず白煙が吹き、灰塵が舞っていた。近年、ノアのセキュリティに目をつけ、多くの金持ちが移住してきたのです。金持ち連中は空気汚染と騒音を嫌がり、工場は次々に閉鎖、 “下界” に移行していってます。クレイトとノアの間の空白地にね」

「そんなことが……⁉︎」

 夜中に目撃したノアの風景は、光と煙に支配された工業都市に見えたが——それも見納めで、数年後には無くなっているというのだろうか。

「ええ。税金も生活費も、金持ちに合わせてどんどん吊り上がってます。嗜好品も異常に高い。貧乏人は酒を買えず、都市はあっという間に美しく生まれ変わったのです」

 それは天国か、それとも悪夢か——。


「つらいですね……」

「はっはっは、なぜです? 州外からの富豪移住は大歓迎です。サウザスとしても儲かりますよ」

 ロビー・マームに貧乏人に対する情などあるはずなかった。さすがオーガスタス町長の付き人をこなしてるだけはある。

「そういえば、ギャリバーに乗ってる人も少ないね……。郵便局のギャリバーを見かけただけかも」

 紅葉は長い髪を揺らし、街道の前後を見渡した。

 ギャリバーは通行禁止と言われても、信じられるくらい誰も乗ってなかった。四輪自動車すらほとんど見ない。金持ちが乗る馬車だけが、時が止まったように粛々と動いていた。

「ええ。ギャリバー税もタップリ盗られますからね。サウザスだと1年分の所有税が、ノアじゃたったふた月分です。ま、舗装路を痛めますから致し方ないことですが。皮肉なことですね。ギャリバーと縁深い、大富豪キアーヌシュが住む都市だというのに」

 その名を聴いて、ピンと、張り詰めた空気がショーンと紅葉の間に流れる。

「さ、つきましたよ、『エイブ・ディ・カレッド社』。あ、先にノア銀行に寄ってもいいですよ」

 呑気な声で、ロビー・マームが道案内を終えた。

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