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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第4章【Gargoyle】ガーゴイル(サウザス町長吊り下げ事件 ②ミステリー編)
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2 死体検案室にて

 紅葉が役場の一室で突っ伏していた同時刻、ショーンは真っ白な無菌服を着せられ、警察署内の『死体検案室』にいた。

「ヴィクトル。この右側部にある古傷が、オーガスタスの過去の傷と同じものだと?」

「ああ、写真とも一致している。ベルナルド」

「ふむ、大きな傷だな。カルテでは家具にぶつかったとか」

「レストランでね、酔っていたのだろう」

 隣町から、監察医ベルナルド・ペンバートンが到着し、サウザス病院長ヴィクトルと、尻尾の検分に当たっていた。

 検案室の片隅には、優秀そうな職員たちがチェス駒のように並び、何やらカリカリと鉛筆で書きつけている。

 医師の会話に入ることも、職員の傍に行くことも、ショーンはできず、慣れない無菌服の大マスクをゴソゴソさせて、居心地悪く立っていた。



 本日、白い霧が立ちこめた早朝6時半。

 一番列車が、サウザスの駅舎に入る直前に、何か大きな物体と衝突した。

 それが目の前の銀テーブルに載せられた、金鰐族の巨大な尻尾である。列車にぶつかって吹っ飛んだブツは、立派な金の鱗があちこち剥がれ、原形はかろうじて留めているものの既に肉塊と化していた。

 尻尾の主は──現在、消息不明。

 金鰐族は、サウザスに町長一家を含めて何家族かいるが、病院のカルテから過去の怪我痕が一致したため、町長のものだと判断された。

 町長オーガスタス・リッチモンドは、現在行方がわからず警察が捜し回っている。


「尻尾は、斧のようなもので切り落とされたようだ……右横から、何度も切りつけた跡がある」

「切り落としたとは、人力でかね? 金鰐族の尾は恐ろしく頑丈だ」

「ああ。相当頑健な民族か……もしくは、相当怨みがあるか。途中まで叩き切っていたんだろうが……皮膚の具合を見るに、最終的に無理やりねじ切ったようだ」

 監察医のベルナルドが、じっくり尻尾の断面を注視している。病院長ヴィクトルは、監察の邪魔をしないよう、程よい距離感で立っていた。

「犯人はオーガスタスを腹這いにし、彼の右側に立ち、凶器を振り下ろし、そのままの体勢で数十回切りつけ、切断しきった……と思われる。犯人は右利きの可能性が高い」

「それは単独犯か、それとも複数犯かね」

「単独でも不可能じゃないが……失踪時間から考えるに、犯行は複数で行われた可能性が高いな。誰かが体を抑えに回ったのだろう」

 サウザスで最も医学権威のあるヴィクトルが、聞き役に回っているのは奇妙な光景だった。



 答え役の医師は、蟻食(ありくい)族の監察医、ベルナルド・ペンバートン。

 ラヴァ州東部を中心に、不審死の検案に当たる法医学者である。

 蟻食族の彼は、何かを発見するたび、長いピンクの舌を、マスクからチロンと出す癖がある。ショーンは最初見た時ギョッとしたが、周囲は慣れてるのか、何のアクションも取らず平然としていた。

 ——ともあれ、彼が、今はこの部屋のボスだ。

「斧とは、どのくらいの大きさの斧だろうか。薪割り用か、木こり用か」

「薪用の手斧よりは大ぶりだな。戦斧かもしれない」

「すると、普通の家にはあまり無いものか」

「だが、サウザスの武具屋にはたくさん売っているだろう。ま、斧と決まったわけではない。斧によく似た特大の剣や、包丁かもしれない……」

 ベルナルドはプロの目つきで冷静に状態を見抜いているが、彼が舌をチロチロするたび、ショーンは気分が落ちつかず、尻尾の付け根をムズムズさせた。尻尾は今、白衣の下に厳重に仕舞われている。早く出してパタパタさせたい。


「この背部中央の大きな裂傷と火傷は、列車の衝突時にできたものだろう」

「その後、吹っとび地面に叩きつけられた、と。左側部にそれらしき痕が残ってる」

「それと、尻尾の先端も少しちぎれてるな。これは列車に轢かれた時のものか?……うーむ」

 考察を重ねたベルナルドとヴィクトルは、尻尾の状態を見て、もし彼が生きて戻ったとしても、再び繋ぎ直せないと結論に至った。ショーンの両親なら元に戻せるかもしれないが、息子にそんな高度な魔術の腕はなかったし、繋ぎ直してやりたいという気力も、正直湧いてこなかった。



 肉眼での注視を終えた彼らは、背丈ほどもある大きな真鍮製の拡大鏡をゴロゴロ動かし、細い筒のレンズを覗いて、尻尾の様子を観察し始めた。

「鱗の間にほんのわずかに、木屑が混じっている。そして背部全体に5ミリ大の縄痕……縄の繊維は……麻だ」

 職員らは、必死にカリカリ書き取っている。

 急に探偵小説の推理シーンが始まったようで、ショーンは少しドキドキしてきた。

「全体の様子が見えてきたな。オーガスタスは腹這いになった下に、木の長板を敷かれ、その上から縄でぐるぐる巻きに拘束されていたようだ」

「抵抗の跡は?」

「それはもう思いきり。木屑のほかに土も混じっている。柔らかい黒土だ」

「──黒土?」


 ヴィクトルとショーンは目を見張った。

 サウザスは赤土の大地。黒土は、園芸あるいは農業用に、別所から輸入されてきた土だ。

 といっても、西区のお屋敷、学校の校庭、東区の農場……酒場ラタ・タッタにある小さな畑でさえ、黒土は多くの場所で使われている。これで場所の特定になるかどうかは……。

「むろん赤土も混じっている。だが縄痕の周辺に多く残っているのは、黒土だ」

「抵抗時に入りこんだか?」

「底部の状態を詳しくみよう。君たち、回して」

 監察医ベルナルドはくるりと指を振った。

 周囲に待機していた職員たちが、尻尾を数名がかりで持ち上げている。ベルナルドとヴィクトルがいったん机から離れた。質問するチャンスはここしかない。


「あの、これは………… 10年前の事件と関係ありますか?」


 オーガスタスの尻尾の治療を断念した今、ショーンがここにいる意味はあまり無かったが、どうしてもこれを訊いておきたかった。

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