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2 アタシ、これが大好きなんだ

「ふぁあああ〜、何とかなった」

 深夜2時に食べるマカロンはなんと甘美な味だろう。ショーンは、アンナが貢ぎ物で持ってきたジョンブリアン社の菓子箱を、すべて食べ尽くす勢いで喉に押しこめた。

「お疲れ、ショーン。……だいぶ危ない橋を渡ってたね」

 紅葉は少々浮かない顔で、透董茶の出涸らしを啜っている。

「あんなこと言われちゃー、しょうがないだろ。大丈夫だよ、あれくらい」

 モグムシャと呑気にマカロンを胃におさめ、隣のクッキー箱をむんずと掴んだ。

「ショーンがこのままどんどん嘘つきになったら、どうしよう」

「はぁー? そもそも最初に嘘ついたのは紅葉だろ。僕だって必死に取り繕ってるんだよ!」

 ショーンは野リスのように目いっぱいお菓子を頬張り、テーブルをどんと叩いた。『設計図の盗難にユビキタスが関わってる』だなんて、言いだしたのは紅葉のほうだ。

「私はいいの……悪いことはぜんぶ私がやるよ。ショーンはアルバ様なんだから」


 とっくに帰ったはずのラルク刑事は、ドアの外から聞き耳を立てていた。





「おっはようございまーす、あれ、皆さんお元気ないですねっ?」

 3月21日火曜日、午前8時半。

 ショーン御一行の5分の3が、ヌボーッと生気のない顔で立っていた。

「寝不足なんだよ。色々あって」

「アタシも、連日のアルバ様のお守りで疲れてるの」

 エミリア刑事まで青い顔をしていた。

「も〜、今日はいっちばん気難しい木炭職人が相手ですよっ、気合い入れていかないと!」

「それなんだけど、何か対策はあるかな? テオドール」

「分かりません。金や物では釣られませんから、誠意をもって対応するしかないでしょう」

 テオドールはお手上げだというように首を振った。

「誠意ねえ……物じゃないとはいえ、菓子折りくらいは持っていこうかな」

「じゃあ、ジョンブリアン菓子店に行く? 宿屋から近いみたいだし」

 以前、アンナから店の場所を聞いていた紅葉は、南東の方角をクイっと指差した。

「待って。お菓子なら地元の店を利用してちょうだい。風船ガムも補充したいし」

 一同はエミリア刑事の推薦に従い、まずは地元のお菓子屋さんへと出立した。



「なんか思い出すなあ……サウザスの貧民街……」

「何ですって?」

「いえ別に!」

 3人は路地裏の裏の裏をグネグネと曲がり、ゴミゴミした界隈に足を進めていた。(テオドールとマチルダは、道端の駐車場でギャリバーと留守番している)

 皺とツギハギだらけの洗濯物といい、ドブと酒と煙草の臭いといい、趣はかなりサウザスの貧民街と似ているが、トレモロは太鼓の音がない。

 その代わり、手作りの木工おもちゃと木工道具があちこちに転がっており、軒下や柱に吊るされた木の端材やドングリのビーズが面白かった。風に揺れるたび、軽い木の音があちこちでカラコロ鳴っている。

「そんなに警戒しないでよ、アルバ様。汚いとこだけど、売ってるモノは良いんだから」

「怪しい葉っぱとか売ってないよね?」

「売ってるわよ。もちろん」

 そんな楽しい会話を挟みつつ、お目当ての店に到着した。

 なんでも菓子屋『グッドテイル』。

 文鸚鵡(あやおうむ)族のシロタ一家が経営するこの店は、自家製品ではなく、仕入れたお菓子を売る店だった。もちろん、ジョンブリアン社の製品を除く——



「アロナ店長、お久しぶり。アレちょうだい、アレ」

「まーま、エミリアちゃん、もっと来てちょうだいよー」

 モコモコしたトサカに丸眼鏡のおばちゃん、文鸚鵡族のアロナ・シロタは、編み物の手を止めてこちらを向いた。

「アラ、お連れさんもいるのね。容疑者かしら、フフフ」

「違います」

 誠に遺憾の顔をしながらショーンは答えた。

 菓子屋『グッドテイル』は、子供に「おもちゃ屋さんだよ」といえば簡単に誤魔化せそうなくらい、冒険心の詰まった商品と、好奇心くすぐられる内装でガチャガチャしていた。壁紙は変色して年季が入っていたが、商品は埃を被ることなく手入れされ、缶も箱もピカピカに光っている。木材の町トレモロの茶色、茶色、茶色に慣れていたショーンの目には、原色の赤色、黄色、青色がチカチカ刺さった。


「あっ、見てみてショーン。『ポケットにも運転を、みんなのギャリバーチョコ』があるよ! 欲しいなあ〜」

 紅葉がはしゃいでショーンの腕をひっぱった。

「このチョコ、あんまり美味しくないよ」

「いいの! カードがあればいいの!」

 この『ギャリバーチョコ』は、色んなフレーバーが入ったチョコ袋だ。

 様々な車種のギャリバーや、キャンペーンアイドル『デッカー』の絵カードが1枚、ランダムで封入されている。カードは200種類近くあるらしいが、チョコフレーバーも200種に感じるくらい味が安定していない。4年前に発売されてから、これまた爆発的にルドモンド大陸で流行っており、カード狙いの盗難事件まで起きているほどだ。

「箱買いできるから、奥から出すよ」とアロナ店長が笑った。



「へぇー、けっこう僕も知らないお菓子がたくさんあるなぁ」

「何買おうか迷っちゃう。全部美味しそうに見えるよね」

 菓子屋『グッドテイル』の店内は、サウザスでも馴染みの菓子のほか、州外の珍しいスナックに、帝都のフルーツケーキ詰め合わせ、グミにキャンディ、マシュマロ、ゼリー、ジュースなど、土産屋くらい多様な品であふれていた。

 ショーンと紅葉がキョロキョロと物色する間に、エミリア刑事はいつものアレ、風船ガムを1カートン買っていた。

「おっ、これがエミリア刑事のガムか……」

「買ってくかい?」


 それはガムの棚コーナーで、一番目立つ位置に配置されていた。

 札には『風船のようにキュートなボディー アライグマ・ソフィアの風船ガム』と描かれている。

『〜12歳のアライグマの女の子・ソフィアが作った、ラキララ社のとくべつな風船ガム〜 いつまでも舌に残る鮮やかな色、ソフィアのように甘い匂い、風船のようにベトつく味! 味・色・匂いの10年保証!』

 フレーバー別に並んでいる風船ガムの菓子缶には、ソフィアと思わしきアライグマの少女 (民族ではなく、動物のアライグマの顔だ)が描かれ、味に合わせた色の風船を持っていた。


「実洗熊族のソフィアが発明した風船ガムさ、よそと一番違うのが味落ち、色落ちのしなさだね! ほとんどの風船ガムって噛むと白くなって、味もすぐ無くなっちゃうでしょう。このガムは違うよ! いつまでも色がそのまま。試食するかい?」

 アロナ店長から、プレーン味のガムをもらった。ショーンが青色、紅葉が赤色だ。確かに味が濃い。ツンとして甘ったるい、ミルク、ミント、シナモンの良いところだけを抽出したような味と香りが漂う。ぷくーっと膨らませた時の色も鮮やかで、ちゃんと本物の風船みたいだ。

「本当はもっとながーく味を保つ方法もあったみたいなんだけど、それだと買ってくれなくなっちゃうでしょう。だから味が保つのは15分」

「それでも充分だよ、すごく美味しい。アタシ、これが大好きなんだ」

 エミリアが、屈託ない少女のように笑った。

「美味しいねー。ふふ、ベロに色が移ってる」

 紅葉が子供のようにベロを出して、紅葉のように赤くなった舌を見せてきた。

「多めに買っていこうかな。テオドールとマチルダの分も」

 ショーンはガムの棚から、5色入りのプレーン味、白色のミルクバター味、水色のミントバニラ味、ピンク色のイチゴパプリカ味、虹色のランダム味を選んで、カウンターにドサっと置いた。


挿絵(By みてみん)


 ショーンとエミリアは大量の『ソフィアの風船ガム』を手に抱え、紅葉も『ギャリバーチョコ』をボックス買いし、3人ともホクホクで菓子屋『グッドテイル』を後にした。

「もー遅いですよ〜っ、待ちくたびれちゃったじゃないですか!」

 駐車場で留守番していたマチルダが、すっかりむくれて抗議してきた。

「ごめんごめん、代わりにガム買ってきたから。あげるよ」

「皆さんお元気そうですね。朝は具合悪そうだったのに」

「うん! すっかり治っちゃった。お菓子のチカラってすごいよね」

 テオドールが、ギャリバー後部の荷物入れを開けて、お菓子を収納してくれた。

「たくさんお買い物したんですね。木炭職人の贈り物は何にされたんですか?」

「…………」

  

「——ちょっと待って! 菓子折り忘れてた!」

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