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4 憧れの校長先生

「どうしたのだ。病院では静かにしろ、アントン」

「聞いてよ父ちゃあん! ガラスで腕切っちゃってさあ!」

「…………ゲェ……」

 院長の息子、アントン・ハリーハウゼン。

 小柄なヴィクトルの2倍はありそうな巨躯の彼は、ドスドスと足を踏みならし、我がもの顔で書斎へ乱入してきた。

「ちゃっちゃと治したいから、ショーンんとこ行ったらいないんだもん──って、うっそおショーンいるじゃん、ズル休みじゃん!」

 アントンがショーンを見つけ、ワアワアと大げさに叫んだ。両腕をブンブン元気に振り回している。ケガしたようには到底見えないが、何やら右腕に、血が染みついた包帯を巻いていた。


「黙れ、病院で騒ぐな。大熊野郎」

「クマぁ? ハッ、アナグマは熊じゃなくてイタチの仲間なんだぞぉ。ショーンはバッカだなぁ〜!」

「うるさいッ! それぐらい知ってるわ!」

 神経質で紳士然としたヴィクトルと、粗野で喧騒としたアントン。

 性格も見た目も180度違うが、立派な実の親子である。院長の妻ドリー曰く、どちらも洞穴熊族らしい特徴のようだ。

 アントンはショーンの2つ歳上で、幼少期学校でいばり散らしてた彼に、ショーンはずいぶん迷惑を被った。当然、彼が治療に来ても治したくは、ない。

「僕はお前が来ても、絶対にケガなんか見ないからな!」

「あぁ? いけないんだぞお、どんなクズでも平等に見るのが、医者とアルバのやることだろお!」

「自覚あるなら、ケガを治す前にクズを直せ! バーカ!」

 子供同士の醜い喧嘩が始まって、ヴィクトルは深いため息をついた。



 ──トットットン。

 その時、水を打ったように、静かなノック音が書斎に響いた。

「…………ずいぶんにぎやかだね、良いことだ」

 学校の校長ユビキタスが、ゆっくりと入ってきた。

「ユビキタスか、ちょっと待っててくれ、アントンが怪我をした」

「ああ、いいよ。私は少し早めに来たから」

 新しい来訪者はゆったりと静かに微笑み、スノーホワイトの長ローブの、左袖をひらりと振った。

 病院長ヴィクトルは、書斎の隣にある診療室へ息子アントンを連れて行き、書斎にはふたりだけが残った。


挿絵(By みてみん)


「先生……」

「ショーンもいるとは、今日は良い日だ」

 子供に戻ってしまったショーンは、恩師の顔を見たとたん、クシャリと目尻の奥を深めた。


「……久しぶりだね、ショーン。元気かい」

「はい、お久しぶりです、校長先生」

 小柄で柔和な顔をした彼の名は、ユビキタス・ストゥルソン。

 灰銀の髪をきっちり撫でつけ、黒いリボンで結んでいる。教職者らしいローブを着こみ、犀の鼻角には、おしゃれな丸眼鏡をかけている。星白犀(ほししろさい)族だ。

 彼は長年、サウザス学校で教職を務め、ショーンやリュカ、ついでにアントンも、彼から教えを受けていた。授業はとても丁寧で、指導は慈愛に満ちており、昼も夜も教壇に立ち、多くの生徒を導いた。

 サウザスの若者たちは、彼から教養、礼儀、人を愛することの全てを教わったといっても過言ではない。


「先生、お体は大丈夫ですか……まさか、ご病気では?」

 ショーンは怪訝な顔で膝を曲げ、小柄なユビキタスに伺った。

「いやいや大した事じゃない。この歳になれば、皆どこかしら悪くするものだ」

 校長は、肩を軽く回して、おどけて見せた。

「そうなんですか……?」

「そうそう、友人に会いに来てるのと同じだよ」

 ユビキタスは、病院長ヴィクトルと同い歳で、旧来の親友だ。生徒がケガや病気で病院に連れていかれる際、彼らが学識ある “大人な会話” をしているのを、生徒たちは陰でこっそり憧れていた。

挿絵(By みてみん)


「私のことより、立派になったねショーン。活躍は聞いてるよ。たまには学校へ遊びに来てくれないか。みんなアルバ様のお話を聴きたいと思う」

「えっ、僕は……話せるような話なんか無いですよ」

 ショーンは、額に皺を寄せて首を振ったが、ユビキタスは謙遜と受けとったのか、いやいやそんな。と微笑んだ。

「アルバは誰にでもなれるものじゃない。生徒たちも喜ぶよ」

「いえ、先生こそ。町長もされてたなんて……すごいですよ」

 彼はなんと第55代町長オーガスタスの1代前に、町長を務めた人物でもある。


「ハッハ、とんでもない。私は所詮しがない学校教師。政務など向いてなかった」

 ユビキタスは、苦笑いをしつつ皺が刻まれた手を振った。

「でも、先生は町議も務めてらっしゃったじゃないですか」

「いやいや、今から思えば、あれはままごとの延長だった」

 彼は約20年間、学校教師を務めながら、町議会に参加していた。そして、当時の町長が高齢で引退宣言した年に、ユビキタスは教師を退く決意を固めて、町長選に名乗りをあげたのだ。

「そんな事ないです。先生の仰っていた、町の政治や歴史のお話はとても勉強になりました。今でも為になってます」

「ハハ、それは良かった。それで終わっておけば良かったのだけどねぇ」

 町の多くの人間が、聡明で優しいユビキタスを支持し、

 彼は第54代町長に当選した。


「結局、私の描いた理念は理想郷でしかなかったんだ。現町長のような実務感覚に欠けていた」

「………そんなこと、ないです……よ」

「そうだとも! オーガスタスなんて忌々しい!」

 バン! と大きな音を立て、ヴィクトルが顔を怒りで震わせながら、治療室から飛びでてきた。

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