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6 晩餐会の意味

「母に代わりまして申し訳ありませんわ、イシュマシュクル様。ただいまお食事を温め直しておりますので、どうかご寛大な心でお許しくださいまし」

「すみません、僕のせいで開始時刻が遅くなりました。イ、イシュ……ク?」

「フン!」

 慌ててアンナとショーンが謝罪したが、長身の男は変わらず不機嫌な顔を浮かべていた。

 歳は50代後半だろうか。立派な巻鹿族のツノで、より背の高さが強調されている。ショーンが着ている白銀ローブより、はるかに分厚い布でできた黒紫のローブを着こみ、腕と首には重そうな円環の装身具を身につけていた。

「アルバ様、ご紹介しますわ。彼の名はイシュマシュクル。トレモロの図書館長と神官長を兼任している方よ」

「高名なアルバ様とお聞きしてますが、以後気をつけて頂きたいものですな!」

 ショーンの想像する図書館長とも神官長とも、おおよそ似つかぬ男・イシュマシュクルは、尊大に腕組みしていた。

「——さあ、みんなで晩餐会を始めましょう!」

 ヴィーナス町長は両手をパパンと叩き、幼児の集団をあやすかのように食堂室へいざなった。




「それでは乾杯!」

 サファイアブルーのドレスを纏ったヴィーナス町長が、林檎ワインを掲げた。トレモロ町長の胸章をつけた豊満な乳房を見せつけ、開始の合図を行う。

 さんざんな幕開けだった晩餐会は、美味しい料理に、ムードのあるレコード音楽、揺らめくロウソクの炎で、始まってみると好調だった。みずみずしい野菜や果物のアラカルト、珍しい木の実のスープに、香ばしい木の芽のグリルと、草食民族が大好きなものの取り合わせで、一品ごとに舌鼓を打った。……紅葉だけはかなり渋い顔をしていたが。

 当たり障りのない世間話がいったん終わり、「ショーン様。例のサウザス事件について、詳しく教えてくださらない?」とヴィーナス町長が口火を切った。

(あっ……僕はこのために呼ばれたのか!)

 親切にしてくれたのも、高い服を貸してくれたのも、ただ懇親を深めるためではないのだ。晩餐会は、食事をするだけの場ではない。トレモロ地区を治めるヴィーナス・ワンダーベルが、まっすぐショーンの瞳を見つめている。

 事件前の3月7日火曜日、銀行でオーガスタス町長のランチの誘いを、ショーンは無下に断ってしまった。あのときレストランに出向いて話を聞き、何がしかの情報を得ていれば……流れは変わっていたのだろうか。

 ショーンは静かにワインを飲み干し、あの日の光景をまぶたに思い出しながら、語り始めた——



「そうですね……僕は3月6日の銀曜日、普段と変わらぬ日常を過ごしていました……友人から市場の話を聞いて、」

 7日の火曜日に休みをとって外出し、郵便局、銀行、市場、病院を回った。図らずもそこで会ったのは事件関係者たちで……それから約1週間、自身とサウザスに起こった忌まわしい出来事を順ぐりに話していった。

 8日の地曜日に、サウザス町長オーガスタスの尻尾が、駅で吊るされて発見された。そこから州警察の捜査が入り、前町長ユビキタスへの容疑が深まる。警護官の逃走に、囚人の護送計画、魔術師による強襲、ショーンがコンベイやクレイトにいる間にも、サウザスでは真犯人を突き止めるべく捜査が進み、真相を握る新聞記者への殺人と放火、そして列車の爆破事件へ——

 盛り上がりそうな部分は盛り上げ、なるべく組織の件はボカし、途中で紅葉にも補足してもらい、なんとか12日の金曜日、自身がオーガスタス町長と再会する所まで話し終えた。

 ヴィーナスは熱いレンゲウイスキーを飲みながら淡々と拝聴し、アンナは青ざめながらハラハラと聞き入り、何かツッコまれないか警戒していたイシュマシュクルは、唇を70度にひん曲げながらも、黙ってショーンの話を聴いていた。

 この事件がきっかけで、うだつの上がらぬ治癒師だったショーンは、帝国調査隊になることを決した。10年前のかわいそうな少女・紅葉も、ショーンの片腕として戦うことを誓った。

 アーサー記者や、ペーター刑事、マドカやマルセル、アントンにリュカに、クラウディオにペイルマン……協力者を挙げればキリがない。そしてオーガスタスは町長として、最後までサウザスの秘宝を守り切った……!

「——以上が、サウザスと僕たちに起きた出来事です」

「素晴らしいわ」

 その場にいる全員がパチパチと拍手した。静かな湖に立つさざ波のように。



「お疲れさまです、ショーン様。紅葉さんも」

 微笑みながらアンナが讃えた。ヴィーナスは白手袋を右に向け、ショーンの反対の席へと話しかける。

「お若いけれど、たいへんなことを成し遂げたわ。ねえイシュマシュクルさん」

「ふヌヌ……グッ。なるほど、神官長として神の名のもとに讃えようではありませんか」

 尊大に拍手している。やはり事前に文句でもつけていたのだろうか。彼がここにいる理由は特に明かされないまま、最後のデザートが運ばれてきた。

 アンナは隣席のショーンに酒を注ぎ、

「……甘いものがお好きとお聞きしまして、いかがでしょう、ショーン様」

「ああ、はい、ありがとうございます……」

「小生も甘いものは好きでしてね!」

 アンナは含みを持たせて微笑んでみたが、イシュマシュクルに妨害された。ショーンの菓子皿だけ、妙に量が多く盛られていたが、ショーン自身は疲労困憊で気づかず、紅葉だけがめざとく横目でうかがっていた。

「ふぅ、ステキなお食事会だったこと。本当はアルバ様に、こちらトレモロ町のお話も聞いて頂きたかったけれども……今日はお疲れのようですから、またの機会にね」

「ええ……もちろんです。ヴィーナスさん」

 ショーンとしても、町長にお願いしたいことがあった。彼女から紹介状をもらえないと、帝国調査隊としてラヴァ州外で活動ができない。考えることが多すぎて、なんのケーキの味もしない。フォークを持つ手が震えたまま、最後の気力をふり絞って、仕事の用件を彼女に伝えた。

「……僕は明日以降も、森で捜査を続けます。もう少し情報が集まりましたらご報告いたしますので——その時にでも」

「お待ちしてるわ」

 ヴィーナスは優雅に両手を広げ、晩餐会を終了した。



「ショーン様、本日はお疲れさまです。お土産をどうぞ」

「……あ、ああ。ありがとう」

 帰り際アンナから、ジョンブリアン菓子店のクッキー缶を貰った。いつもなら小躍りする所だが、疲れていたので尻尾を揺らす程度にとどまった。

「お召し物は洗濯に出しております。今日はそちらを着てお帰りくださいまし。明日の夜、宿カルカジオに交換に参りますわ」

「助かるよ」

「おやすみなさい」

 ショーンと紅葉は頭を下げ、お召し物に似合わぬサッチェル鞄と鋼鉄の大槌を抱え、ワンダーベル邸を後にした。

「はーーーーー終わった……」

 今日は怒涛の一日だった。早朝からエミリア刑事の講習を受け、レイクウッド社への挨拶、ルクウィドの森で現場検証、狩人集落への聞き込み調査、着慣れぬ高級服と湾曲した建物、ヴィーナス町長の晩餐会、神官長イシュマシュクルとの邂逅のおかげで、どっと疲れが降ってくる。

 道ばたをフラフラ歩いていたら、大量の子供を連れたギャリバー集団が珍走していた。鼻たれ男児や、金切り声の少女たちが、タバコを吸う若者ドライバーの背に引っつき、みんなでサウザスの子守唄を歌っている……。

「あれ、ライラック夫人の子ども達じゃない?」

「——っ忘れてたあ!!」

 ついに容量を超えたショーンは通りの真ん中にしゃがみこみ、堰を切ったようにクッキー缶をバカッと開け、その場でムシャムシャと怒涛のように貪った。

「もうやだ! 小生もおやだっ!!!」

 紅葉は黙ってショーンの尻尾を引きずりながら、宿屋カルカジオへ歩を進めた。背中は立派に大きく開いていた。

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